近年、ラジオの価値が見直されている。災害時など、インターネットやテレビが使えない状況でも情報を入手できる。しかも非常に省電力で、乾電池や手回し発電でも充分なほど。スマートフォンアプリで聴けるようになったこともあり、最近改めてラジオを聴き始めたという知人もいる。そんなラジオだが、放送局側は人手不足であえいでいるとのこと。コストと人手をかけずにできるだけ長時間放送したい、そんな思いからエフエム和歌山ではクラウドを活用した放送システムを構築、活用している。
人手不足が音楽ばかり放送するコミュニティFMを生む
BANANA FMの愛称で親しまれているエフエム和歌山。全国に300局以上あるという、コミュニティFMのひとつだ。コミュニティFMとは、市町村単位の限られたエリアでのみ放送される小規模なFM放送局のこと。県域放送局ではカバーできない地元生活に密着した情報を提供できるのが強みだ。
同じような小規模ラジオ放送局に、臨時災害FM局がある。2011年の東日本大震災では、被災半年後から東北に50局以上が開局した。2018年の西日本豪雨災害時にも3局が立ち上がり、被災者に向けた放送を行なった。これらの臨時災害FM局は必要に応じてボランティアなどが立ち上げ、不要になれば閉鎖される。
これらのラジオ局が抱えている課題のひとつが人手不足だと、エフエム和歌山 クロスメディア局長の山口 誠二さんは言う。2017年のとある調査によれば、従業員不足ランキングの3位にラジオ局が挙がっていた。全国放送を行うラジオ局を含めてもこうした状況にあるわけで、小規模なコミュニティFMに至っては人材不足はさらに深刻だ。
また、コミュニティFMや臨時災害FMならではの課題もある。地方にはプロのアナウンサーが少数しかいないため、さまざまな番組を放送したくても、アナウンサーを確保できなければ番組を作ることもできない。早朝や深夜のニュース、天気予報は労力がかかる割に高い聴取率を見込めず、やりたがる人もいないしスポンサーもつかない。臨時災害FMではプロのアナウンサーに来てもらうなど望むべくもなく、放送局運営の経験などない大学生や主婦がボランティアで運営することが多いという。また普段から放送している訳ではないので、放送周波数や放送時間帯の周知からはじめなければならず、番組づくり以外の部分に多大な労力が求められる。
「ラジオ局は深刻な人手不足、運用コスト不足に見舞われています。人手とコストがかからないのであれば、もっといろいろな番組を放送したいけれど、そうもいかない。コミュニティFMが音楽ばかり流しているのも、人手不足が背景にあります」(山口さん)
ニュースや天気予報を放送するためには、原稿を作成し、アナウンサーに下読みしてもらい、放送時間に実際に読み上げてもらうというステップが必要になる。これらの準備をしている間は他の番組を放送する余力がないため、音楽が流れることになるという訳だ。
人が足りなければPollyに読んでもらえばいいじゃない
人手不足という状況のもと、山口さんが目を付けたのが機械音声による読み上げだ。しかし従来型の音声合成システムにはいくつかの大きなハードルがあった。読みを手動で学ばせなければならないことと、価格の高さである。実際、山口さんは過去にも機械音声による読み上げシステムを検討したことがあったが、月額数万円のコスト負担はコミュニティFMには大きく、断念せざるを得なかったという。
「今ではクラウドで音声読み上げサービスを使える時代になりました。機械学習なので手動で読みを学習させる作業は不要だし、コストも低く抑えられます。細かい調整という点では従来型の音声合成システムに軍配が上がりますが、機械学習で勝手に進化してくれるので、細かい調整自体が不要なんです」(山口さん)
AWSを含めて3社の音声読み上げサービスを試用、比較したという山口さん。選んだのはAmazon Pollyだった。決め手となったのは、機械らしくない声の質感、音色の良さだという。
「ラジオなので、声の質に一番こだわりました。逆に、漢字交じりの文章をどれだけ正しく読めるか、などは選定基準としてほとんど重視していません。機械学習サービスはどんどん進化していくものなので、現時点での評価だけを基準にしても意味がないからです」(山口さん)
従来型の音声合成システムを使ってシステムを構築している放送局もある。原稿読み上げの調整に1時間程度の労力をかけて、放送時間に臨む。それだけの手間をかけるなら人間が読んだ方が早いのでは、という山口さんの疑問に放送局の担当者は、読み間違いがない機械音声の優秀さを説いたという。しかし山口さんのアプローチは正反対だ。
「確かに人間は読み間違うときがあります。Amazon Pollyも漢字の読み間違いがあります。どちらも、間違うときは間違うんです。だったら、人手やコストがかからない方が優秀だと私は考えています」(山口さん)
通常放送用「ONTIME PLAYER」と災害放送用「Da Capo」を独自開発
山口さんは実際に構築した放送システムのデモンストレーションも行なった。エフエム和歌山で開発したシステムは2つ。通常放送用のONTIME PLAYERと、災害包装用のDa Capoだ。ONTIME PLAYERはニュース、天気予報、音楽番組、占いを時間通りに自動放送するシステム。ニュースや天気予報の原稿は、通信社や新聞社、天気予報会社からメタデータを取得し、自動生成する。放送時間さえセットしておけば、ディレクターさえ不要の完全無人生放送が実現する。
もう一方のDa Capoは、原稿の自動生成機能を持たない。入力された原稿を多言語で繰り返し読み上げ続けるだけだ。最後の原稿を読んだら、また最初の原稿から繰り返し。まさにDa Capoというシステム名が機能を表している。さらに、類似災害発生時に過去の原稿を参照できるよう、原稿アーカイブの機能も備える。
「災害時こそ自動で原稿を生成すれば素早い情報提供ができると考える人もいるかもしれませんが、災害時は得てして情報が錯綜しているものです。特にオンラインの情報は、公的機関の発表でさえ鵜呑みにできません。本当に重要な情報は役所や避難所のホワイトボードや掲示板にあり、電話やFAXでそれらの情報を入手して人間が原稿を書くのがもっとも確実なのです」(山口さん)
2017年9月の台風18号、10月の台風21号、22号の際、実際に災害報道でDa Capoが活躍した。台風18号の際は市内で最大4400軒の停電が発生。時間と共に変化する停電地区をすべて放送した。刻々と変わる似たような情報を、延々繰り返し読み上げるのは人間には難しい。しかしAmazon Pollyはいやがることなく、何度でも繰り返し読み上げて続けてくれる。台風21号は衆議院選挙と重なったため災害報道が手薄になる局が多かった中、エフエム和歌山では1人で災害報道を実施、残りの人員を選挙報道に割り当てることで、災害報道と選挙報道を両立させて見せた。
「クラウド上にシステムを構築していて助かった事例もあります。2018年7月の西日本豪雨のとき、道路状況が悪く私は放送局に出向くことができませんでした。しかし放送局近くに住むスタッフ2名が放送局に行き、災害報道に切り替えることができました。Da CapoはWebブラウザ上で動作するので、私が自宅で原稿を書き、スタッフがそれを放送することで午前4時から8時まで、災害報道を続けることができました」(山口さん)
何時間も延々と原稿を読み続ける、放送局に行けなくても原稿を読み上げさせられるなどというのは、従来の放送局ではできなかったことだ。山口さんがこのセッションのタイトルを「AIアナウンサーによるラジオの再発明」としたのは、決して大げさな表現ではなかった。
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