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FinTechと並び存在感を見せる産業の最前線を聞いた

HealthTech市場はなぜ成長を続けるのか?

2017年12月25日 07時00分更新

ヘルステック市場は何故成長を続けるのか?

 この2、3年、世界ではあらゆる産業に「Tech」が冠され、日本でも身近な言葉となりつつある。順調に市場拡大しているTech産業もあれば、伸びが鈍化している産業もある中で、海外を中心に存在感を増しているのがHealthTech産業だ。HealthTechスタートアップへのベンチャー投資総額は2017年に過去最高額となり、第三四半期までで47億ドルが投資された。(Rock Health調べ)

 「当初、医療+インターネットと考えられていたHealthTech産業ですが、現在ではバイオテクノロジーなどのより多くのテクノロジーを含んだ、より大きなカテゴリーの産業となりました。その結果、投資額の増加、新しいプレイヤーの登場など、興味深い動きが次々に起こっています」と指摘するのは500 Startupsの吉澤美弥子氏。HealthTech産業動向を追いかけてきた同氏から見て、その最前線はどのような動きを見せているのだろうか。改めて聞いてみた。

500 Startupsの吉澤美弥子氏。慶應義塾大学看護医療学部卒業。在学中に海外のヘルステック(デジタルヘルス)企業に関して取り上げるオンラインメディア、HealthTechNewsを立ち上げ、2016年M Stageに売却。外資系証券会社の株式リサーチ部で、TMT市場に関わる調査アシスタントなどを経て、500 Startups Japanに参画。500ではファンドと投資先のマーケティングやPRを支援するほか、資金投資先の獲得も行なう。2017年9月には米国の非営利団体HealthTech Womenの日本支部を立ち上げ、ヘルステックに関心のある医療従事者・コマーシャル人材・テクノロジー人材の交流やコラボレーションを支援している

Techは情報通信技術だけでなく、バイオなど領域も拡大

 「様々な◯◯Techがある中で、FinTechとHealthTechの2つは、ほかのTech産業よりも大きな規模に成長を続けていくのではないでしょうか。なぜなら金融と医療に関しては、さまざまなタッチポイントがあり、ほかの業界と比べて複雑なお金の流れがあるからです」

 HealthTech分野で多数の記事の執筆、取材などを行ない、現在はスタートアップ企業への投資を行なう500 Startups Japanに所属する吉澤美弥子氏はこう語る。

500 Startups Japan

 「米国では数年前からこのHealthTechバブルが終焉するのではないかという指摘も上がるようになり、実際にそれまで右肩上がりで成長していたHealthTechスタートアップへのベンチャー投資額が、2015年に前年を下回りました。これは当時オバマ大統領の任期の終わりが見え、現在の米大統領となっているドナルド・トランプ氏も選挙公約でオバマケア撤廃を唱えるなど医療施策が変わることが予測されたため、その点を考慮して投資が停滞したと言われています。

 ですがヘルスケアという領域は一口にHealthTechといっても、本当にさまざまな領域に細分化されるので、たとえ何らかの要因で一部のHealthTech領域に影響があったとしても、一気にHealthTech全体が落ち込むということはないでしょう。ちなみに、その後2017年に入るとベンチャー投資額の規模は持ち直し、2017年第3四半期までの9ヵ月間で前年2016年1年間を上回る過去最高額となりました。

 まだまだ政策などの変化に対する懸念している印象はありますが、米国の投資家が米国外に投資するケースや、中国などの投資家が米国企業に投資するケースも増えており、米国だけではなくほかの地域の盛り上がりも期待できるでしょう」

 米国市場で投資されたベンチャー投資額は、2015年は46億ドル、2016年は43億ドルだったが、2017年は上半期だけで35億ドルと通期では2015年よりも大幅に増加する見通しだ。

 ちなみに、グロービス・キャピタル・パートナーズ プリンシパルの福島智史氏がヘルスケア関連イベントで語ったところでは、日本での投資規模はこの200分の1程度となるのではないかと試算されているという。

 それではなぜ、HealthTechは世界でこれほど大きな成長を見せているのか。吉澤氏は理由の1つに、HealthTechの顧客層の多様性にあると指摘する。

 「HealthTechは、ほかのTech産業と比べ、お金を支払う顧客の機関や個人の種類が多いという特徴があります。たとえば、HealthTech同様大きな市場であるAdTechを見てみると、その業界に関わるプレイヤーがシンプルだったりします。広告の出稿者(デマンドサイド)、広告枠を持つ媒体(サプライサイド)、そしてその仲介をする業者と広告配信先のユーザーというシンプルな構成員で市場が構成されています。そのため、技術的には高度でもお金の流れそのものは非常にわかりやすいです。

 その一方で、HealthTech市場のお金の流れは非常に複雑です。医療費を負担しているのは誰か考えてみても、その支出元の一部である健康保険の財源もその保険の形態によって異なりますが、さまざまなプレイヤーが関わってきます。そのため、HealthTechの顧客には医療機関、保険者、医療機器・製薬メーカー、一般企業、教育研究機関、政府機関、消費者など多様なプレイヤーが存在します。

 お金の流れだけに関わらず、データに関しても関係機関が非常に多くなります。たとえば単にヘルスデバイスひとつとっても、非常に大きな可能性があります。なぜなら消費者のヘルスデータを管理したいと考えるのは、消費者本人だけでなく、彼らが加入している健康保険者や雇い主もデータを活用できるでしょう。さらに、そのヘルスデータが十分に治療に利用できるようなものであれば、医療現場での活用も期待されます。ヘルスケアデータが単なる個人のセルフケアレベルではなく、さまざまなシーンでの活用が可能になることで市場は拡大していると思います」

 このように、最近では産業規模が拡大している傾向にあるという。

 「私自身は2012年ごろからHealthTechを追いかけるようになり、最初はインターネット×ヘルスケア観点で、ウェブサイトやメディアアプリのようなサービスを中心に見ていました。つまりHealthTechをインターネット技術×ヘルスケアとして捉えていたのです。しかし最近では、バイオテクノロジーやメディカルテクノロジーとも言えるような領域も増え、それらもHealthTechとして紹介されることも多くなっています。実際に私が『HealthtTech News』で取り上げている企業も、最近ではゲノムデータの活用やAI創薬の会社といったものも増えています。

 HealthTechは、当初はインターネット×ヘルスケアを指すものだと思われていました。しかし、2016年現在、Techとはインターネットではなく、すべてのテクノロジー、バイオテクノロジーなどを含んだものとなりました」と語る。

看護の勉強から一転しHealthTechを伝える立場へ

 吉澤氏自身も、HealthTechが急速に市場拡大していく姿を目の当たりにして、当初考えていた進路を大きく変更している。

 「元々、慶応大学の看護学部で看護師になるための勉強をしていました。その中で日本やイギリスの医療現場へ実習に行き、目の当たりにした医療現場の多様な問題とその構造的な原因に興味を持ったのです。実際に普及しているインターネット技術などはまだまだ導入されておらず、さまざまな不効率があると感じました。

 そんな中たまたま大学のキャンパスで開催されていたスタートアップ関連イベントに参加し、シリコンバレーに存在するハイテク企業の急成長の話を聞き、ヘルスケアや医療の業界にもそのような最先端のテクノロジーの恩恵がないのかと興味を持ったのです」

 いくつかのスタートアップ企業や投資家とかかわるうちに、海外HealthTech産業が大きく変化していることを目の当たりにするようになる。

 そこで2013年、HealthTech業界の動向を発信するブログを起ち上げ、自ら医療産業がテクノロジーによってどう変化していくのかを伝える立場となっていった。2013年、自らファウンダーとなって、医学部と理工学部の友人と「HealthTechNews」を起ち上げた。

HealthTechNews

 「現在もですが、西海岸の医療IT業界に特化した情報を日本語で発信する専門のサイトはなく、ほかにはない情報を提供することができました。そのおかげでヘルステックというテーマで成長していきました」

 サイトで取り上げる記事は、当初は一般消費者も面白いと思うようなキャッチなーな技術や会社について取り上げていたが、サイトを続けていくうちに、「自分が3年後に見て、その会社が成長しているだろうと思える会社だけを取り上げて書いていこう」と考えるようになった。

 2016年にはさらなる転身をはかり、HealthTechNewsを離れ、世界で1900社以上に投資しているベンチャーキャピタル500 Startupsの日本ファンドに参画する。

 「米国のHealthTech産業は、激しい競争を行なっています。熾烈な争いを繰り広げるスタートアップに、大きな成功を収めたIT企業や医療関連の大企業が投資しています。こうした動きをテクノロジーごとに区切る、疾患別に区切るといった部分的な見方をすることも可能です。しかし、区切って考えることに終始してしまうと、見えなくなってしまうことがあります。常に区切って考えるよりも、『裏側では何が起こっているのか?』を考え、ストーリーとして見る方が、正しい全体図を見ることができるのではないかと思っています。その上で、どの分野に参入するべきなのか、どう対処していくのかを考えるべきだと思います」

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