TVCMにタグ付けをする試みも
Societasとは別のアプローチとして次に紹介されたのは、「CREATIVE GENOME」プロジェクト。AOI TYO Holdings Pathfinder室 HIサイエンティスト・エグゼクティブプロデューサーの佐々木淳氏。
「テレビの歴史と同じくらい古くからCMを作ってきて、今はVRやスマホなど新しいメディアに向けたコンテンツづくりに取り組んでいます。その中で出てきた疑問がありました。20世紀は映像の世紀と言われますが、果たして21世紀も同じように映像が中心になるのでしょうか」(佐々木氏)
21世紀という大きな枠組みで次のコミュニケーションを模索するために、自分たちのやるべきことをリフレームする必要を感じたと佐々木氏は言う。そもそもCM制作のミッションとは、広告主が伝えたいメッセージを、受け手側に伝わりやすいように映像化することにある。15秒や30秒の動画で視聴者の気分を高揚させたり楽しませたりして、ブランドや製品に対する態度変容をうながすことができれば成功だ。これを佐々木氏は「広告主のストーリーを映像に翻訳すること」と定義した。
「CMの技法を翻訳の技法として取り出し、ストーリーテリングや翻訳によって態度変容を促すにはどうすべきなのかをもう一度考え直すことにしました」(佐々木氏)
佐々木氏がそう考え始めたのは2012年頃、データ分析がすでに注目され始めていた。CMや広告の世界にも好感度調査の結果や視聴率など、数値データ化できるものはあるが、それよりも自分たちのストーリーテリングの手法に真摯に向かい合える指標を探すべきではないか。そう考えるようになっていった。
「ウェブやITの世界でエンゲージメントを高めるために、Cookieなどで足取りを追う手法がありますが、狙ったターゲットを狩りに行くアフォーダンス自体が20世紀らしいとも考えていました。21世紀の手法は、どうあるべきなのか。それを考えているうちに、ストーリーやコンテンツのデータ化がなされていないと気づきました」(佐々木氏)
クライアントがいて、ユーザーがいて、コンテンツがその仲介者となりユーザーの態度変容をうながしていく。これまでユーザーの類型化ばかりに気を取られ、コンテンツの分析や分類は十分に行なわれてこなかったと佐々木氏は指摘するのだ。
といっても、コンテンツの類型化は容易ではない。それぞれに表現手法は違い、単純に数値化できるものではないからだ。それでも「もやっとした気分を言語化、概念化すること」ができれば、ユーザーの世界観とコンテンツを組み合わせてもっとエモーショナルなエンゲージメントが可能になるはずだと佐々木氏は信じた。
「調べてみたら、動画配信サービスのNETFLIXや音楽配信サービスのPANDORAはコンテンツ側にタグを振っているのです。PANDORAはMusic Genomeプロジェクトとして、音楽に詳しい人が、人力で1曲に400ものタグをつけています」(佐々木氏)
こうした先達を参考に、佐々木氏らはCMコンテンツのタグ付けを始めている。当面の対象としているのは、広告業界のコンテストであるACC(一般社団法人全日本シーエム放送連盟)のアワードにノミネートされたCM。効果があったとされる優良コンテンツでなければ高い精度のデータを得られないからだ。
「1000本のCMにタグ付けすることを目指しています。それぞれのCMに25個のタグをつけ、どういう映像や音でどういう態度変容が起こるのかがデータ化されるはずです」(佐々木氏)
こうして作られたデータから、CMでは「何が伝わったか、それによって態度変容をうながすことができたか」の関連性が解明されようとしている。
これまでは受け手に感じさせる表現を探し出すのは勘と経験に頼ってきたが、コンテンツでの関連性がデータ化されれば、伝えたいメッセージから逆算して使える表現の類型を求められるようになる。十分なデータがそろい機械学習できるほどになれば、AIが表現案を提案できるようになる可能性もあるという。
「面白いのは、私たちが研究していたこれらの結果と、まったく別の場所で研究されていたSocietasを付き合わせてみたら、答えはだいたい重なっていたということです。こうしたことからも、私たちがやってきたことは間違っていなかったと感じました」(佐々木氏)
クリエイティブとは結局のところ、ゼロからイチを生み出す作業ではなく、過去の類型をどれだけうまく引用するかという作業に過ぎないと佐々木氏は言う。腕のいいクリエイターとは、多くのパターンを知っており、それらを組み合わせて引用するのがうまい。しかし類型化が進みAIが提案するようになれば、人間が思いつかない新しいCM表現が生まれる可能性があるのではないか、佐々木氏は未来をそう夢見ているようだ。
「AIはCMを見てもそれが伝える内容を理解できません。グルーピングはできるけれど、それぞれのグループが持つ意味を見出し、ラベル付けすることができないからです。概念の抽象化も、かなり先にならなければ実現しないでしょう。ということは、AIを表現世界で活かすためにはAIと補完関係にあるHIを再認識し、活用しなければならないのです」(佐々木氏)
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