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年を経るごとに輝きを増す高齢者を増やす方法を模索

多様な課題解決に地域ラボで挑むヴィンテージ・ソサエティ

2017年11月27日 12時00分更新

 高齢化が進み、日本は「人生100年時代」を迎えつつある。この時代をどう生き抜くべきか、官民の関係者が集まり課題解決の道筋を見つけようと模索している。「人生100年 ヴィンテージ・ソサエティ・ラボ」では、その取り組みの一端が発表され、現場を知る人たちのパネルディスカッションも行なわれた。そこから見えてきたのは、高齢化という一言ではくくれない多様な課題と、それを解決しつつ街を活性化していこうとする人たちの姿だった。

キッズデザインの高齢者版研究から始まったヴィンテージ・ソサエティ

 セッションの冒頭にコーディネーターである浅野大介氏は、「ヴィンテージとは単に古いだけではなく、年を経るごとに価値が上がっていくものです。そんな人がいっぱい住んでいる社会にしたい」と、セッションタイトルに込められた想いが語られた。浅野氏は経済産業省 大臣官房政策審議室の企画官を務めており、ヴィンテージ・ソサエティづくりを推進している人物だ。

 「ヴィンテージ世代市場は2025年に108兆円規模になると見込まれていますが、いまだに業種横断的な取り組みや社会システムデザインがなされていません。ヴィンテージ・ソサエティはそれを補う、オープンイノベーションの場です」(浅野氏)

経済産業省 大臣官房政策審議室 企画官 浅野大介氏

 一連の取り組みの始まりは、製品事故対策のためのデータ収集だった。

 産業技術総合研究所を中心に、高齢者が実際に製品を使っている状況を収めた画像データ・アーカイブを作成が行なわれたが、カメラを置かせてもらえる福祉施設がなかなか見つからないという壁に突き当たった。そこで出会ったのが社会福祉法人伸こう福祉会であり、協力を得て貴重な動作画像データを得ることができた。

 その過程で介護施設の現状を知った浅野氏らは、製品事故防止という目的に留まらず、自立支援や効率性といった課題にも取り組むべきと考え、ヴィンテージ・ソサエティという場に行き着いたのだった。収集したデータを施設でも活用できると気づいた伸こう福祉会の協力も大きかった。

 ヴィンテージ・ソサエティには、フューチャー・セッションというアイディアを出し合う場がある。いわばアイデアソンのようなものとも言えるが、そのときの満足だけでは終わらせず、各自が課題を持ち帰るという点が大きく異なる。ワンショットのイベントではなく、仮説、検証、実施のサイクルの一環としてフューチャー・セッションが位置付けられているからだ。

 「フューチャー・セッションから持ち帰った課題について、それぞれの企業、研究機関、NPO法人や行政機関が解決策を考えます。それを、各地にあるリビング・ラボで実証します」(浅野氏)

フィールドに根ざした各ラボとメーカーが学び合い、課題解決の苗床を作る

 現在リビング・ラボは川崎、鶴岡、所沢・狭山の3エリアに展開されている。それぞれ単独の施設ではなく、たとえば川崎ラボでは介護施設と公営団地が手を取り合って高齢者支援の方法を模索している。それぞれのフィールドで得られた知見を3つのラボが学び合い、支援策のヒントとなる「苗床」を作ることを目指していると浅野氏は説明した。

 そのうちのひとつ、川崎リビング・ラボでどのようなことが行なわれているのか紹介してくれたのは、株式会社ロフトワークのディレクター 神野真美氏と、社会福祉法人伸こう福祉会の副理事長 林義仁氏だ。

 「ロフトワークでは、デザインリサーチの手法で現在の高齢者の実際の生活を調べています。現場に入っていって、数週間から数ヵ月かけて地元の方々や高齢者と交流しながらの長期調査から、浮かび上がったことがいくつかあります」(神野氏)

株式会社ロフトワーク ディレクター 神野真美氏

 最も大きな気づきは、高齢者自身は65歳での定年退職を早すぎると感じていることだったと語る神野氏。多くの高齢者はまだ働く意欲を持っており、仕事を通じた自己実現と、その先に遊びや学びを求めているという。中には、50歳で起業して失敗し、学ぶことからやり直している高齢者や、韓流ドラマを好きになったことをきっかけに韓国語を学んでいる高齢者もいて、まだ新しいことを学ぶ姿勢を持つ人が少なくないと神野氏は現場で感じたそうだ。

 元気に自立して暮らす高齢者に対して、福祉施設に暮らす高齢者はどのように考えているのだろうか。それを語ったのが伸こう福祉会の林氏だ。伸こう福祉会は川崎リビング・ラボの一翼を担っており、施設に入居している高齢者へのインタビューも重ねてきた。

 「やりたいことはありますかと入居者に聞くと、仕事に未練があるという人が多いんです。それを実現するために解決できたらいいと思うことはたくさんあり努力もしていますが、まだ解決できないままのこともたくさんあります」(林氏)

社会福祉法人伸こう福祉会 副理事長 林義仁氏

 製品事故防止の取り組みに参加してくれたメーカーの力も借りて知恵を出し合っているものの、課題解決への道筋を見つけるのは容易ではないと浅野氏も言う。

 「高齢者向けのベッドや車椅子、それぞれの製品はどんどん進化しているのだけど、どれも自力ではできないことを前提にして生活を支援するものに留まっています。車椅子生活から、自分の足で歩ける生活へ。QoL(Quality of Life)を上げていくという発想でのR&Dが行なわれていないと感じますね」(浅野氏)

 協力メーカーのひとつである株式会社ウチダシステムズ 福祉施設営業部長の山本朗弘氏は浅野氏の話を受け、高齢者のQoLを維持するために「途切れないヴィンテージな暮らし」を提供できるようにならなければならないと語る。

 「私たちは福祉施設を、少し離れた場所から見続けてきました。そこで感じるのは、自宅や地域での暮らしと、福祉施設での暮らしとの間にある大きな落差です。自宅では元気で自立した暮らしが前提となり、福祉施設では色々なことが自分ではできない暮らしが前提となっています」(山本氏)

株式会社ウチダシステムズ 福祉施設営業部長 山本朗弘氏

 自力での暮らしから福祉施設での暮らしへと移行する際に生じる大きな落差。これを埋めるためには、地域と福祉施設の双方が歩みより、徐々に移行できるようにすべきというのが山本氏の「途切れないヴィンテージな暮らし」という考えだ。

 また、違う視点から福祉施設で暮らす高齢者の行動を観察する産業技術総合研究所 人工知能研究センターの西田佳史氏は、「メーカーもより良い製品づくりに努力しているが、現場に入れずリアルなデータが手に入らない」という課題を抱えていると述べた。

 「製品事故防止の取り組みは、子供向け製品の安全性を高めるキッズデザインの思想をベースに始まりました。このときによくわかったのが、子供の行動パターンは年齢で区切れますが、高齢者の行動パターンは年齢では区切れないということです」(西田氏)

 では高齢者の行動パターンは何によって切り分けていけばいいのか。さまざまなデータを収集した結果見えてきたのは、認知機能のレベルや運動機能のレベルによりグルーピングできそうだということ。認知機能が変化した場合に道具をどう使えるのか、運動機能が変化した場合に生じる危険はどこにあるのか、この知見をメーカーが活かせば製品を改善できるのではないかと西田氏は考える。

産業技術総合研究所 人工知能研究センター 西田佳史氏

 「問題が分かればメーカーの人は対応できるだけの技術力を持っています。問いがわからないから解がわからない、というのが現状なのだと思います」(西田氏)

鶴岡では温泉旅館と、所沢・狭山では大学と協働で課題を探る

 続いて語られたのは、山形県の湯野浜温泉をフィールドとしている鶴岡リビング・ラボ。エリアの温泉旅館は二分されており、来客が少ない旅館は廃業が相次ぎ、逆に人気を集めている旅館は人手不足にあえいでいるという。こうした状況で高齢者の労働意欲をうまく活用できないかと模索している鶴岡リビング・ラボの一員が、アール・アンド・ディー・アイ・スクエア株式会社の本木陽一氏だ。

 「人手不足の中、元気な人が地元にはたくさんいるのになぜ自分の旅館で働いてくれないのか。それを聞いてまわったところ、親の介護や畑仕事などさまざまな用事があり、短時間しか働けないと言うのです。でもこれは、実は旅館の労働体系とマッチしていました」(本木氏)

アール・アンド・ディー・アイ・スクエア株式会社 本木陽一氏

 旅館は朝忙しく昼には一度手が空き、そしてまた夕方忙しくなるという繰り返しだ。忙しい時間帯だけ働いてくれればいいので、短時間しか働けないという高齢者を雇用しやすい環境だったのだ。労働意欲はあるが働くのを諦めていた地元の高齢者と、労働力を求めていた旅館とが歩み寄り、お互いのことを知ったからこそ生まれた解決策である。さらに、高齢者がよく知る地元の食文化を取り入れて社員食堂を充実させ、それを宿泊者に提供する食事メニューにも反映させているという。

 「もうひとつ温泉旅館としては、温泉に入って健康になるという裏付けを欲しがっていました。そこで協力してくれたのが鶴岡にある慶応大学の研究所や地元のベンチャー企業です」(本木氏)

 地元にあるにも関わらずうまく結びついていなかった研究所やベンチャーと温泉が結びつき、世界でも類を見ない先端研究に取り組み始めたのだ。ゲノム解析の先にあるメタボローム(代謝)などと個人の行動を結びつけ、ヒューマノーム解析のオープンデータベースを作るのが目標だという。データが十分に集まれば、サイレントキラーと言われる痛みを発しない病気の早期発見に結びつくとも期待されている。

 「これらの情報はオープンにした方が人が集まりやすく研究が加速します。オープンデータベースにすること自体に意味があるのです」(本木氏)

ヒューマノーム解析のオープンデータベース構築プロジェクトが鶴岡で動き出している

 最後に所沢・狭山リビング・ラボにおける活動が浅野氏から紹介された。狭山では閉鎖した東京家政大学のキャンパスを再生し、学ぶ場所、遊ぶ場所、働く場所、支える場所が混在する地域へと狭山を変貌させようとしている。この取り組みは狭山だけではなく、所沢をはじめ西武線延々のまちを巻き込んで拡大中だという。

 「元気な高齢者はたくさんいて、学ぶ意欲も持っています。しかし学ぶだけでは面白くないので、学んだ成果を何かに活かしたいと考えるはずです。だから、学んだ先の、働くということを考えなければなりません」(浅野氏)

 これらのリビング・ラボにおける取り組みは、高齢化というテーマ以外に関連性はない。成果を横展開するのではなく、あえて地域ごとに課題設定をして、その地域ならではの解決策を見出していくためだ。今後こうした地域を増やしていけば、多様な課題に対する解が見えてくるだろう。「これから5年で100ラボにまで増やしたい」と浅野氏は言う。重要なのは、課題を設定できる地域づくりだという。

 「課題を設定して、知らない人たちと知恵を出し合うこと。今までの経緯も、捨てられるものは捨てていく。そうして次の一歩につなげて行きたいと考えています。我こそはと思う人は、ぜひ勝手に立ち上げてください」(浅野氏)

 そう聴衆に呼びかけ、セッションは結ばれた。

(提供:No Maps)

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