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Windows MRの「VR」でコンピューターがカンブリア大爆発をはじめるかもしれない

2017年10月17日 09時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

テクノロジーの連鎖反応の中でVRが数億人のPCユーザーに届けられる意味

 00年代に入ってネットを起点にさまざまなことが起こった。たとえば、ドットコムが巨大プラットフォーム化してクラウドコンピューティングが生まれ、これが、ビッグデータという概念を生み出す。スティーブ・ジョブズが「ネットがポケットに入った」と表現したスマートフォンが登場して、センサー技術や高性能で低消費電力なCPUやチップを発展させることになる。そうした技術が下地になってVRやドローンが生み出された。

 小型のデバイスとネットの組み合わせはIoTという言葉を生み出し、それがビッグデータを加速させる。それはまた、ディープラーニングなどの人工知能のために大量のデータを提供しつつある。VR(仮想現実)と人工知能は一見無関係のように見えるが、空間認識(エリアラーニング)と組み合わさることでMR(複合現実)を実現した。上の図の右側のように、ネットで生まれた技術や要件が今度は組み合わせ問題になりはじめているのがいまだといえる。

 そんな中で、我々はコンピューターの大きな進化を目撃しようとしていると思う。もちろん、スマートフォンもそうした進化の1つだったわけだが、それは、グラフィカルユーザーインターフェイスとモバイルインターネットの到達点というべきものだった。それに対して、いまコンピューターが向かっているのは、“空間”と“身体”のようだ。

 2016年は「VR元年」といわれてOculus RiftやHTC Vive、PlayStationVRなどの製品が登場した。しかし、あの特殊なヘッドセットを被って虚空をあおぐようなしぐさは、どうにもお茶の間やオフィスには似合わないように見える。だから、VRは、まだマニアや一部の職業の人たちのものだろうという見方をする人も少なくないようだ。

 ところが、こうしたVRに対する認識(?)が一気に払拭される可能性が出てきている。理由は、ただ1つ、マイクロソフトの「Windows MR」の登場によるものだ。

Windows Mixed Reality Hedset。前側にセンシング用のカメラがあり部屋の中を安全に動きまわりながら使える。VRヘッドセットは1度でも付けた人にしか分からない。私は、Oculusの初代でリコーTHETAの全天球画像を見たときの驚きは忘れられない。それは、撮影時に舞い戻るタイムマシンのような体験だった。

 Windows MRとは、10月17日(火)のWindows 10のアップデートで本格的に提供されるVR/ARプラットフォーム「Windows Mixed Reality」のことである。それに合わせて、主要PCメーカーからそのためのヘッドセットが一斉に発売となる。なぜ、この新しいOSとデバイスが大きなインパクトを持ちうるのかといえば、以下の図に書いた。やや安っぽい言い方になってしまったが、「はやい!」「やすい!」「うまい!」と、いままでのVR環境にくらべてなにかとよいことが目立つ。

[はやい!] USBとHDMIを繋げばすぐ使える
       Oculus Rift やHTC Viveではキャプチャーセンサーなどの設置が必要
[やすい!] 一般的なノートPCなどでも動作する
       専用システムではGPU搭載のゲーミングマシン等が必要
[うまい!] VR空間の中を歩ける/ハネ上げ式のHMD/SteamVRも使える
       もちろんマイクロソフトが用意したOSレベルの環境もある

 ひとことでいえば、Windows MRでは、いまどきの少しまともなPCを使っているなら、必要に応じて“周辺機器”を買い足する感覚ではじめられるのだ(実際に導入する際にはマイクロソフトの提示するガイドラインを参照のこと)。

 もちろん、“スマホ装着”型の「Gooogleカードボード」や「ハコスコ」なら、もっと気軽にできるというかもしれない。しかし、それらはどちらかというと首を回して眺めることのできる360度ディスプレイに近いものだ。たとえば、VR空間の中を歩いたりハンドコントローラなどで立体物を操作するようなことはできない。要するに、10万円以上の専用システムと数千円のスマホ型との間のいちばん肝心な部分が、スコンと抜けていたのがVRの世界だったのだ。

 「PCとは何か?」といえば、“人間とコンピューターがコラボレーションして仕事をするための装置”である。世界中のそれぞれクリエイティブな仕事をする数億人のPCユーザーが、新しいVRの使い方を試行するチャンスがあることの意味は大きい。もちろん、専用システムやゲームコンソールは性能的には優れた部分も多い。しかし、これを黙って眺めているということはないだろう。

VRで人とコンピューターは同じ空間を共有する同列のものになる

 たとえば、フロッピーディスクは、ちょうど音楽におけるカセットテープのように必要性の分かりやすい発明である。それに対して、机の上を子供のおもちゃのように転がすマウスは、突然変異的な発明のように見える。ところが、脳科学の研究では「コサインチューニング」といって、人間の手を動かす神経細胞のパルスは、いわゆる数学的な極座標の分布になっているそうだ。マウスで画面上のポインタを動かすのは、割りとふに落ちた話なのかもしれない。

 そして、VRについて考えていると、マウスやGUIも“仮想現実の一種”なのではないかと思えてくる。A・K・デュードニーの『プラニバース/二次元生物との遭遇』(野崎昭弘・市川洋介訳、工作舎)という二次元世界があるとしたらどんなメカニズムかを機械から社会システムまで考察した本があるのだが、その発想でいけば、マウスは二次元の画面の上を操作するVRヘッドセットやハンドコントローラの役割に近いものではないか。

 おしなべてユーザーインターフェイスというのはVR的なものなのだ。つまり、できるだけ“ライブ”のものでありたいということだ。

私の編集部でも『眠れぬ夜のグーゴル』(田中利幸訳・アスキー)を出版させてもらったA・K・デュードニーの知的冒険。

 マイクロソフトは、いかにも同社らしくVR/ARによって「コラボラティブ・コンピューティング」をめざすという。ちょうどSkypeで地球の裏側の人たちとも会議ができるように、空間共有をした会議は考えられる。今回のWindows MRは、少なくともHololensを使わない限りは「複合現実」は難しいが、同じオフィスにいるようにPCの画面をみながら(?)打ち合わせするようなことは可能だろう。

 すでに国内企業でもVR技術を使って共同作業を行ったり、多人数で協調したり、イベントを楽しんだりするシステムを開発している会社がある。そこでは、脱言語、脱音声、そのための時間を必要としない気配をふくめたやりとりが可能だ。そしてもう1つ興味深いのは、人と人が空間を共有するときには、すでに人と機械も空間を共有しているということだ。こんなことは、コンピューターの歴史の中でいちどもなかった。

 コンピューターが人のほんのちょっとした所作を読んで、先回りするようなこともあるだろう。これはもはやユーザーインターフェイスであると同時に、人と機械が同化したような状況である。だとするとコンピューターは、これからどう変化しはじめるのだろう?

 最初に掲げた図にあるように、今後は、さらにさまざまな技術とアイデアとニーズがぶつかりあって新しい概念を生み出す。個人的にいま興味を持っているのは、人工知能ではじまった自動運転の先にあるだろう「無人自動車」だ。人の座るシートのない車も一般的になる。そのときに、人はVRによって車に乗車(!)しているかもしれない。そうしたことも当たり前になる時代に、人の経験というのはどんな意味を持つようになるのか? もはや体と意識が分離した状態ではないか?

 などという話をしていたら、ある人に「ベルクソンの『時間と自由』を読んだら?」と言われた。もはやコンピューターは哲学的な領域に入ってきている。


 先日、ひさしぶりに株式会社エクシヴィの近藤義仁社長にお会いしてきた。今年4月、Oculus Japanの立ち上げに携わり、VR/AR分野をリードする同氏を招いて「VR/ARビジネスと開発技法の最前線2017」と題してセミナーを開催した。非常に好評をいただいたこのセミナーのPart.2を、11月12日(日)に再びやっていただくためだ。今回も、多くの海外事例と最新の技術、実際の開発でつちかわれたノウハウを紹介いただく予定だ。ご興味のある方は以下からお申込みいただきたい。

【参考リンク】

Windows MR(https://developer.microsoft.com/ja-jp/windows/mixed-reality
株式会社エクシヴィ(http://www.xvi.co.jp/


遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。著書に『ソーシャルネイティブの時代』、『ジャネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著、アスキー新書)、『NHK ITホワイトボックス 世界一やさしいネット力養成講座』(講談社)など。

Twitter:@hortense667
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