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布を染め、刺繍をして……すべては「乙嫁語り」の愛ゆえに

コスプレイヤー衣装自作に6年、本格的すぎてヤバイ

2017年03月07日 11時20分更新

 コスプレイヤーときくと、キャラクターの衣装を身にまとったキレイなお姉さんというイメージが浮かぶかもしれませんが、衣装制作から手掛けるとなると、職人の作業のように、地味に思える工程も多くなるようです。今回は、コスプレの衣装制作に情熱をたっぷり注いで、自作の範疇を超えているのではないかというレベルの、とあるお姉さんのお話です。

衣装制作に6年を費したコスプレイヤー・祭さん

 森薫先生の人気漫画「乙嫁語り」は、中央アジアと呼ばれる諸地域の、ある民族の若妻“アミル”を描いた読みごたえのあるラブ・ストーリー。見どころのひとつは民族衣装や工芸品の精緻な描写。森薫先生は背景、衣装のリアリティーさに定評があり、乙嫁語りではタペストリーひとつとっても文様の描写がとても細かく、表現への情熱に息を飲んでしまいます。

「乙嫁語り」の衣装を手縫いで再現したコスプレイヤーの祭さん。

 そんな乙嫁語りのコスプレをしたいと自作に励んだコスプレイヤー・祭さんは、アミルが着ている衣装を手縫いで再現しました。2009年に着手してから完成したのは2015年。衣装作成に約6年を費やしています。

 そんなに? と驚くかもしれませんが、少し考えると、容易ではないと想像できます。アミルが作中で着ている衣装は民族衣装。現代の日本で着られているような洋服を作るのとはちょっと違うのですよね。

 祭さんは、乙嫁語りの原作はもちろん、中央アジアの文献を独自に研究。布や糸を集め、細かい刺繍を施し、時には布を自分で染め、風合いやクオリティーを再現しています

作品の世界観を再現した写真撮影を自身で敢行。ウズベキスタンやモンゴルでロケしています。作品は写真集にして2016年の冬コミケで頒布しました。

 記者は、お手製の衣装実物を目にしましたが、まるで民族衣装そのもののようで、コスプレでここまでやるのかと思う完成度でした……(うっとり)!

 祭さんは衣装作成のために中央アジアの文化を研究し、1月7日にポーラ美術館が開催した「トルクメンの装身具の魅力」というイベントでは、中央アジアの文化を研究するポーラ文化研究所の村田孝子研究員と対談しました。コスプレイヤーとしての活動が、美術館に招かれるまで多くの人に認められるってすごい話ですよね。

 祭さんはあくまでひとりのコスプレイヤー。いったい何が彼女をそこまで突き動かしたのでしょうか? お会いする機会があったので尋ねてみました。

納得いくものをつくったら6年かかった

――衣装の制作に6年間かかったとききました。実物を見ると本当に細かい刺繍が施されていますね。美術館で展示されている民族衣装のように見えます!

祭さん:ありがとうございます。森薫先生の前作「エマ」が大好きで、乙嫁語りも連載がスタートすると同時に読み始めました。1話を読んですぐに、「ああ、いいな。よし、布を買いに行こう」と。衣装は作り始めてから、途中で忙しくなってストップしていた時期もありました。いつまでに作ろう、と決めていたわけではないので、納得いくまでやっていったら、できあがった時には6年が経っていました。

作中に描かれた細かい文様を忠実に再現したということ。一部、絵でわからなかったところは自分でアレンジを加えたということです。

裾の部分は何重にも刺繍が施されているため、触ると厚みがありました。「刺繍はきっと、美しいだけではなくて補強の意味があるのですね」と、祭さん。

――日中は普通に、会社にお勤めしているのですよね

祭さん:はい。9時から19時くらいまで働いています。毎日家に帰ってから2、3時間作業をする、という日課でした。刺繍は単純作業なので、仕事を忘れられて楽しいです。

――衣装制作で特に大変だったところは?

祭さん:刺繍はもちろんですが、型紙も全部自分で起こしたので、仮布でまず作ってみてイメージと違うと作り直す、というのを何回も繰り返したところです。中央アジアの民族衣装なので型も独特なんです。布や糸はちょうどいい色のものがないと染めていました。業務用の寸胴みたいなのを買ってきて、庭でジャバジャバ染料に浸して。まるで、魔女みたいですよね(笑)。腕輪は彫金教室に通ってシルバーで作りました。イヤリングとペンダントトップだけは自分で作っても、どうしても思っているレベルにならなかったので、プロの方に3Dプリンターで型を起こして、作ってもらいました。

服作りはほとんど独学

――布や糸を自分で染めて……! 信じられないほどのこだわりようですね。服作りの専門的な知識はあったのですか?

祭さん:専門的な学校には通ったりはしていないです。コスプレを始めるようになってから衣装を作るようになったので、ほとんど独学ですがもともと細かい作業は好きなので服作りはとても楽しいです。

――コスプレイヤーさんは服飾が好きな方が多いとききます。

祭さん:そうですね。コスプレイヤーにもいろいろタイプがあって、かわいい衣装を着て自分を表現するのが好きな人、衣装をつくるのが好きな人。私の場合は、衣装を着ることで作品の世界に近づきたくてやっています。最近は市販されているコスプレ衣装も多いのですが、少し昔はなかったので作るしかなかったんです。

――衣装制作が大変そうだと、作る前から億劫になりませんか?

祭さん:いえ、そういうのはなくて、私は制作の時間も楽しいので好きです。作りながら、アミルの民族の服の色や刺繍にこんな意味があるのかもしれないとか、作品について想像が膨らみます。

すべては「乙嫁語り」への愛ゆえ……

――製作費にどれくらいかかったのでしょうか?

祭さん:計算したことなかったのですが、例えばブーツはモンゴルで買っているし、旅費を入れるとサクッと3桁(100万円)はかかったはずです。更に、糸もたくさん買っているので……。考えるのが怖いです。

――制作にかけた時間も考えると……

祭さん:もし、同じものを仕事として作ってくれと言われたとするなら、かかりきりでも1年以上は作業するはずなので、今の年収以上の金額をもらわないとできませんね(笑)。

――変な言い方ですが、「もとを取る」なんて考えたら、とてもできませんよね

祭さん:金銭面で言うとまったくとれませんし、もとをとろうと思っていません。衣装を着て写真集を販売しましたが、それはあとからついて来たことで、それで儲けるつもりはないです。私もそうですし、コスプレイヤーの大多数は作品が好きだから、あくまで自分のためにコスプレをしているのではと思います。

――作家の森薫先生にお会いしたことはありますか?

祭さん:いえいえ、お会いしたことはありません。おそれ多いです。森薫先生は神のような存在。ちなみに、今回の衣装も私が好きで勝手に作った二次創作のものなので、ポーラ美術館さんのトークイベントに出る時には美術館さんから出版社さんの許可を取っていただきました。許可がおりてうれしいというより、まず「許してもらえたんだ」という安堵感が大きかったです。

――心から乙嫁語りが好きなのですね

祭さん:差し出がましいですが、「コスプレイヤーが6年もかけて衣装をつくるほど虜になった作品ってなんだろう」と、乙嫁語りに興味をもってもらった人もいたと聞いたので、それが何よりうれしかったです。私は乙嫁語りを人にオススメしたいあまり、1巻を自腹で買って知人にプレゼントしたりしていました。1巻を読んでもらえればハマる人は絶対にハマります。素晴らしい作品に出会えてよかった。森薫先生と同じ時代に生きられたことに感謝しています。


 ただただ好きな作品の世界に浸りたい、という愛にあふれたガチコスプレイヤーの祭さん。6年かけて自作した衣装をまとってアジアで撮影したという写真集もただいま再販予約を受け付けているそうです。興味のある人は祭さんのTwitterをチェックしてみましょう。

訂正とお詫び:表現を一部改めました(3月9日)


ナベコ

寅年生まれ、腹ぺこ肉食女子。特技は酒癖が悪いことで、のび太君同様どこでも寝られる。30歳になったので写経をしてみて心安らかになりたい。Facebookやってます!

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