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~電子チケット技術と特許の動向~

本田圭佑も注目 「次世代電子チケット」はライブ・エンターテイメントビジネスをどう変えるのか

2020年03月04日 09時00分更新

スタートアップと知財の距離を近づける取り組みを特許庁とコラボしているASCIIと、Tech企業をIP(知的財産)で支援するIPTech特許業務法人による本連載では、Techビジネスプレーヤーが知るべき知財のポイントをお届けします。

 近年のエンターテイメント業界では「体験の価値」に注目が集まっており、音楽業界におけるライブ・エンターテイメント市場は、その規模が過去10年で2倍になったという報告もあります。それに伴い、電子チケットやバーチャル空間におけるイベント開催など、ライブイベントにまつわるテクノロジーも多数開発されています。

 スポーツの分野では、2020年夏に開催となる東京五輪のチケットにまつわる様々な課題が露呈しています。開催場所が東京から札幌に変更となったマラソンでは、チケットの販売方法に違いのあった男子・女子マラソンで異なる返金方法を導入しています。また申し込みが殺到した1次抽選に続く2次抽選の結果が1月に発表されましたが、販売対象140万枚のうち50万枚のチケットが売れ残る結果となり、空席を埋めるために様々な取り組みがされているようです。

 このような状況から、本稿では最近話題になっている「電子チケット」に関するサービス技術と特許について見ていきたいと思います。

■電子チケットの「“もぎり”UI」特許

 プロサッカー選手の本田圭佑氏が手がける個人ファンド・KSK Angel Fund LLCから出資を受けた事でも注目を集める、playground株式会社のコミュニケーション型電子チケット発行サービス『Quick Ticket』。本サービスではいくつかの興味深い特許を出願しています。

 最初に注目したいのが、電子チケットのもぎりに関するUIを権利化した特許第6404504号です。複数の按部(凸部)のあるスタンプでスマホのチケット画面にタッチすることで、簡単に電子チケットの入場処理を行なうものです。

特許第6404504号の図3。もぎり用のスタンプでチケットが表示された画面の複数個所を同時にタッチすることで入場処理が行なわれる。

 チケット購入者の操作ではなく、チケットに対応した複数の凸部のパターンを有しているスタンプをスマホの画面にタッチさせることをトリガーにすることにより、チケット購入者が自身の誤操作で入場済み扱いになってしまうトラブルを防ぐ効果があります。また、イベント運営側の目線で考えると、従来の紙のチケットで行なわれている入場時のもぎり作業に近いオペレーションで入場処理を行なうことができるため、紙チケットとの併用時などに、運用の負担を軽減することができます。ライブ会場に入場する際のベースとなるUIを保護する内容になっていると言えます。

 また、国際出願が行なわれているWO2018/074504は、入場時のもぎり操作を行なった際、指定席の番号をその場で決定・表示する技術です。

WO2018/074504の図8。もぎり操作でUSEDスタンプが押されるとともに、指定席の情報が表示

 特許の公開公報には「興行主が優先的に割り当てたい席(テレビ中継で映りやすい座席など)に、空席が出ないように割り当てられる」といった実施例が提示されており、紙のチケットでは難しい電子チケットならではの活用方法と言えます。

■不当なチケット転売に、技術で対抗する

 電子チケットの機能として重要なのが、会場への入場機能に加えてチケットの流通機能です。

 適切なユーザーに適切な価格で届くこと、その上で興行主やアーティスト・プロスポーツ選手の収益が最適化されることを目指して、ライブ・エンターテイメント業界では転売対策やダイナミックプライシングなど、様々な技術が導入され始めています。興行主によっては、仮にチケットが高額で販売できるだけの需要があるとしても、若年層など、これから新たにファンになりえる層にとってまったく手が出ない価格帯となってしまうことを望まないことも考えられます。転売対策の技術は、ライブ・エンターテイメント業界において重要なテーマとなっています。

 上述したplayground社は、チケットの転売に関する特許も出願しています(特開2018-128779)。この特許には、ユーザーごとに取引履歴やチケットの入場履歴等を元にした評価スコアを算出し、評価の低いユーザーによる取引を制限するといった内容が書かれています。

 また、評価の低いユーザーが所有した履歴のあるチケットを(取引時点ではなく)事後的に無効化する機能も提案されています。これは紙では難しい電子チケットならではの機能といえますが、取引時だけごまかして売り抜ければOKと考えている転売業者への牽制効果を意図したものと考えられます。

 チケット転売における取引内容の評価とそれに伴うチケット取引や利用の制御、また、徐々に導入が進んでいるダイナミックプライシングなど、さまざまなテクノロジーを活用することで、興行主やアーティスト・プロスポーツ選手の収益最適化と、ユーザーの得られる体験価値の最適化がより一層進んでいくことが期待されます。

■ユーザー体験を向上させる「コミュニケーション型電子チケット」

 ここまでは、ユーザーがライブ・エンターテイメントを楽しむ前段となる、「電子チケットによる入場」の局面、さらに前段となる、「チケットの流通」の局面について、特許を軸として技術を見てきました。

 ライブ・エンターテイメントにおけるユーザーの体験は、時系列として、(1)ライブの前にライブ中の体験を予期して楽しみに待つこと、(2)ライブ中の体験を楽しむこと、(3)ライブが終わったあとにライブ中の体験を振り返り、再びライブに参加したくなること、の各段階があると整理できます。

 これらの一連の体験のうち、「チケットによる入場」は、興行主がこれら(2)ライブ中の体験を、チケットを購入したユーザーに提供するうえで必須となるものといえます。この局面の技術を起点とし、特許を獲得しつつ、ユーザーの体験のあらゆる局面へと技術開発をしていくことで、興行主・ユーザーに対し、より大きな価値を提供していくことができると考えられます。

 そして、ライブ・エンターテイメントにおいて、ユーザーの体験の中心となるのは、ライブ中の体験となることは間違いないでしょう。そこで、Quick Ticketがキャッチコピーとしている「コミュニケーション型電子チケット」というキーワードについても、その内容を紹介します。

 Quick Ticketのウェブサイトでは、電子チケットとLINEを連動させてイベント中やイベント終了後にユーザーとコミュニケーションを取る機能が紹介されており、参加型企画を実施する、イベント終了後にSNSシェア用の素材を配布する、グッズを案内する、などの形でイベントに参加するユーザーの体験を向上させる施策が提案されています。

 コミュニケーションに関する一部機能はHPに特許出願中との記載があります。入場・流通とチケットに求められる基本機能に続いて、ライブ中の体験についても、同社が押し出している「コミュニケーションによるユーザー体験の向上」に関わる機能の特許化も今後進められると考えられます。

■「電子チケット」にまつわる特許動向

 本稿では、playground社が出願した3件の特許と、今後権利化が進められるであろう「電子チケットを介したコミュニケーション機能」について紹介しました。最後に、他社も交えた電子チケットに関する特許の動向についてお話したいと思います。

 1件目に紹介した電子チケットのもぎりUIに関する特許(第6404504号)は、2019年4月に電子スタンプ技術『Digishot』を提供する株式会社コトから特許異議申立を受けています。この申立ては、その後、「特許を取り消すべき理由を発見しない」と判断がなされました。

特許第6404504号発明「電子チケットシステムおよびプログラム」の特許異議申立事件について
http://tokkyo.shinketsu.jp/originaltext/pt/1353205.html

 コト社は、ゲームボーイなどの開発に携わった故・横井軍平氏によって設立された会社で、JTBが提供する電子チケットサービス『PassMe!』などに電子スタンプ技術を提供する、いわばplayground社の競合企業です

 特許異議申立は、制度上、何人でも手続をすることができるため、多くの場合、ダミーの会社や法律事務所などの代理人名義で行なわれますが、今回(“敢えて”と言ってよいと思いますが)コト社の名前で手続きが行われています。また、コト社は、電子スタンプに関連する特許を10件程度出願しており、既に登録になった特許も存在しています。

 両社の間で具体的な権利行使が行なわれるかはともかく、今後ますますライブ・エンターテイメントにおけるユーザーの体験のあらゆる局面において技術開発が行なわれていき、新しい体験がもたらされていくでしょう。両社の特許活動はもちろん、電子チケットを起点とするライブ・エンターテイメントを支える技術について、今後も注目していきたいと思います。

特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」では、必ず知るべき各種基礎知識やお得な制度情報などの各種情報を発信している

■関連サイト

著者紹介:IPTech特許業務法人

著者近影 安高史朗

2018年設立。IT系/スタートアップに特化した新しい特許事務所。(執筆:佐竹星爾弁理士)

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