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海外のどこで日本のマンガは読まれているのか?

2019年02月22日 09時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

米国のエンタメ産業は、自動車や食品産業よりも大きい

日本の漫画作品のWikipediaでの「他言語ページ」の一覧。言語の多い順(1)

 ある理由で、日本のコンテンツが海外のどこで読まれているのか? 鑑賞されているのか調べてみた。各国のコミックスやDVDやBDの売り上げランキングも発表されているはずだが、Web配信など流通ルートは複雑になってきていて全体像は見えない。そこで、1つの目安としてWikipediaのどの言語でそのマンガやアニメ作品の項目が立っているかを調べることにした。

 たとえば、吾妻ひでおの『失踪日記』は、Wikipediaでは、日本語、英語、フランス語、ロシア語、タガログ語でページが作られている。この結果は、吾妻ひでお作品が、英語圏、フランス、ロシアの日本マンガの少しマニアックな層には伝わっているが、中国などアジア圏にはそれほど広がっていないなどと推定してよいと思う。要するに、定量的ではないが掴みの情報が得られる。

フランス版『失踪日記』(右端=パリのヨドバシカメラことFnacモンパルナス店にて)

 集計対象は、Wikipediaの「日本の漫画作品一覧」でリンクの貼られている(つまり、日本語でWIkipediaの項目の立てられている)作品である。その集計結果が、冒頭の表。以下は、それに続く部分である。

日本の漫画作品のWikipediaでの「他言語ページ」の一覧。言語の多い順(2)

 縦軸は、他言語でページが作られているものが多い作品の順である。横軸は、言語ごとにこちらは作品のページの数の多い言語順になっている。「中国語」については簡体字、繁体字についてWikipediaが特殊な処理を行っているので詳しくはそちらを参照していただきたい。また、表でオレンジ色はアジア圏の言語で項目ページがあること、紫はそれ以外の地域で項目ページで作品があることで塗分けた。

 実は、これとほぼ同じことを2011年にやって「Wikipediaでわかる日本コンテンツの“クールジャパン度”(続)」と題して紹介したことがある。要するにそのときのプログラムが残っていたのでとりあえずマンガに関してやってみたわけなのだが、正確には少し内容が異なっている(前回は日本語ページがあれば海外作品も集計対象にしたことやそれと関連して作品一覧のとり方が違っている=日本のマンガ作品については同じ集計をやったと考えてよいが)。

 2011年12月には、他言語ページの最も多かったマンガ作品は『NARUTO -ナルト-』の70言語だった。忍者強し! ところが、今回の2019年2月は『ドラゴンボール』の96言語だった(ナルトは88言語)。

 『ドラゴンボール』は、2011年の47言語から2019年には96言語と7年のあいだに約2倍も他言語ページが作られている。「アルピタン語」、「ソマリ語」、「ジュデズモ語」、「フィジー・ヒンディー語」など、ふだん多くの日本人には馴染みのない言語でもページが作られている。次は、上の表の続きである。

日本の漫画作品のWikipediaでの「他言語ページ」が作られているかの一覧。言語の多い順(3)

 言語圏によって、日本のマンガの翻訳出版が積極的に行われている地域、ユーザー(読者)主導で広がっている地域、コア層にリーチしている地域などおおまかな区分けができそうだ。表には数字が書かれていないが、各言語ごとに日本の漫画作品のページの数は次のようになっている(後述するがあくまで概算)。

英語 1508
中国語 1205
タガログ語 1135
イタリア語 991
フランス語 913
スペイン語 756
ロシア語 710
韓国語 679
ドイツ語 568
ポルトガル語 495
タイ語 333
インドネシア語 295
ポーランド語 267
ベトナム語 263
アラビア語 235
カタルーニャ語 194
スウェーデン語 194
マレー語 167
ウクライナ語 157
フィンランド語 155
オランダ語 139
ペルシア語 128
トルコ語 110
ハンガリー語 99
チェコ語 77
デンマーク語 76
シンプル英語 76
ノルウェー語(ブークモール) 74
ヘブライ語 64
ビン南語 64

 ここで言語として飛躍しているのは「タガログ語」(フィリピンでは英語とともに公用語)である。2011年にも韓国語(当時のWikipediaの表記では朝鮮語)に次いで11番目に日本のマンガ作品の項目ページを多く収録していたが、今回は、英語、中国語に続く一大マンガ作品項目収録言語となった。

 ほかにも言語で収録マンガ作品ページを伸ばしているのが「アラビア」語だ。2011年には21番目だったが、今回は、ベトナム語に次いで235作品のページがある。それぞれの言語圏ごとに受け入れられている作品に違いがあるわけだが、アラビア語の場合、『ラブひな』はあるが『NANA』や『あずまんが大王』はないといった具合だ。

コンテンツの大航海時代に日本のマンガはどこに行くのか?

 デカデカと表をのせておいて言い訳がましいが、この集計結果をみるときにはいくつかの留意点がある。もともと、どんなデータも偏りはあるものだが(たとえばマンガの販売部数は回し読み率を含んでいない)、Wikipediaゆえの理由がいくつかあるからだ。

 1.誰か1人でもファンがいたらその言語のページは作ることができる。

 2.マンガとアニメ、ゲームなどでページが共通の場合、別の場合などが混在している。

 3.ページの有無だけでは読者の多さや、旧作でいまは読まれていないかなどまでは分からない。

 4.Wikipedian(Wikipeidaの執筆者・編集者)は男性の比率が高い、地域差もある。

 集計作業は、Wikipediaの記事データベースにある多言語リンクのsql形式ファイルをダウンロード。日本語の作品ページのpageid(ページ固有のID)から作品名・言語名に置き換えて一覧にした。ただし、この結果をもとに若干の手作業を行わざるをえなかった(『スパイダーマン』は日本の漫画作品一覧に入っているが池上遼一作品よりマーヴェル・コミックの意味と考えられるなど)。ここの判断はむずかしく見落としもあるかもしれない(お気づきの点があればお知らせいただきたい)。

 それでは、このWikipediaの他言語リンクの集計に意味がないのかというと、そうではないと思っている。Wikipediaでページが作られているということは、いわばマーケティング用語的に「マインドシェア」が高いということだ。読者自身によるラブコールともいえる。つまり、そこを叩くと返ってくるものがあると考えてよい。

 2011年の記事でもそれに触れているが、『ハリウッド/巨大メディアの世界戦略』(滝元晋著、日本経済新聞社)によると、米国のエンターテインメント産業は、自動車や食品を超える規模である。しかも、輸出比率が高い。これは歴史的なもので、大恐慌時代には米国のGDPの数パーセントを『ちびっこ大将』など黄金期だった子役タレントが稼ぎ出していたという指摘もある。

 コンテンツを産業資源ととらえたときの潜在的な価値は、日本は米国などに比べて低く見積もられがちだと思う。

2009年にパリのジャパンエキスポに向かう途中の電車でモロッコの青年に日本語で話かけられた。「フランスにマンガ雑誌がないのはおかしい。将来創刊したい」と言っていた。ただし、2011年、2019年の集計ともWikipediaの日本マンガ作品に関してはイタリア語がフランス語のページ数をうわまわる。

 米国でその源泉の1つとなっているハリウッドは「供給力」が凄いといわれる。そのバランスは、前回のコラムで書いたようにNetflixなどによって少しずつ崩されはじめてはいる。ヨーロッパやアジア各国の作品を、いままではディズニーやハリウッド作品しか上映されなかったような地域でも鑑賞できるようになってきているからだ。海外の映像配信は、日本のアニメの売り上げにも大きく貢献するようにもなった。

 コンテンツと消費者の出会い方は、ソーシャルメディアや協調フィルタリング的なアルゴリズムによっても起きている。英国でYouTubeの音楽映像を見ているユーザーの“関連動画”に庄野真代などのジャパニーズポップスがひょっこり表示される。音楽関係者によると、日本の70年代、80年代の楽曲が海外で聴かれるようになってきているそうだ。

 ここのところ耳にするのは、中国語圏の「華文ミステリー」の人気や「SF」の盛り上がりだ。テレビ番組 『九州・海上牧雲記』や大ヒット春節映画の『流浪地球』などが話題になっているが、これらが日本も含めてどんどん輸出されるようになることが想像できる。ネットでファン層が形成され、『九州・海上牧雲記』のようにDVDやBD、地上波放送はなくても配信でみることができる(DATVで提供中)。中国のAIやハイテク分野の広がりに近い感覚ではないかと思う。

 2008年にアスキー総研を作ったときに「コンテンツとデジタル」がお題だといわれた。この2つは、互いに影響しあいながらいま次なるステージを迎えていると思う。ネットデジタルでは、誰もが予感していたことがすぐには形にならないことがままある。しかし、それは時期がきて現実のものになることが少なくないのだ。ネットによって、地球規模のコンテンツの大航海時代ともいうべき時期がきている。

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。アスキー入社前には80年代を代表するサブカル誌の1つ『東京おとなクラブ』を主宰。現在は、ネット・スマートフォン時代のライフスタイルについて調査・コンサルティングを行っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『ソーシャルネイティブの時代』など。趣味は、神保町から秋葉原にあるもの・香港・台湾、文房具作り。

Twitter:@hortense667
Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667


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