第330回
変えるべきはシステムではなく業務と組織だった
最新版はどれだ!?が日常的だった業務をkintoneに置き換え、ヒーローになった情シスが陥った落とし穴
2026年09月10日 15時30分更新
設立50周年を迎えた、南の島の自然や歴史、文化の継承を使命とする財団は4つの課題を抱えていた。その課題をkintoneで解決し、業務フローを改善した総務課の課長補佐はヒーローになれたと思っていたが、実は自分自身が最大のボトルネックになっていた。
kintone hive 2026 fukuokaの5番手として登壇したのは、沖縄美ら海水族館や首里城公園などを管理運営している「沖縄美ら島財団」の神里直さん。プレゼンでは、アナログ業務などの4つの課題をkintoneに置き換えたために一人情シス状態に陥り、それを克服するために研修を合宿形式で実施し、アプリ作成者と情シスを増やした事例について語られた。
判子のスタンプラリーとExcelの属人化に追われ、ノーコードのkintoneに解決を託した
沖縄美ら島財団は今年7月、50周年を迎えた。「美らなる島の輝きを御万人(うまんちゅ)へ」という経営理念のもと、沖縄の豊かな自然や歴史、文化を未来につなぐことを使命とし、沖縄美ら海水族館や首里城公園などの管理運営を行っている。
単なる施設運営にとどまらず、独自に研究所を持ち、研究や教育、地域連携などさまざまな事業を展開しているのが強みだ。神里さんは総務課の課長補佐として、総務業務と情報システム業務を見ている。セッションの冒頭では、夏の夜の水族館を楽しめる催しと、今年の秋に完成予定の首里城正殿の宣伝も忘れなかった。
その神里さんが掲げたテーマは「変えるべきはシステムではなく業務プロセスと組織文化だった」というもの。
「Excelをkintone化したり、多機能なツールを導入したり。当時の私たちは、これで業務効率化や改善ができると思っていました。しかし逆に、業務が回らなくなったんです」(神里さん)
長年の運用で培われた業務フローや経験豊富な職員、慎重な意思決定プロセス、多くの関係機関との連携。これらは組織の強みでもあるが、業務改革を進めるうえでは高い壁になっていたという。「昔からこうやっている」が最強の理由になり、本業の専門性が高すぎてデジタルは別世界だと見なされ、決裁フローも煩雑だったためだ。
課題は4つあった。1つ目はアナログ業務。さまざまな申請様式を入力して印刷し、押印して回覧する、判子のスタンプラリー状態だった。承認状況も可視化されず、オフィスには紙資料の山になっていた。
2つ目はデータのサイロ化で、業務データはExcel中心で管理され、似た名前のファイルが各部署に点在していた。最新版はどれか、どの数字が正しいのか、そんな会話が日常になっていた。
3つ目は属人化で、担当者がExcelファイルにマクロや複雑な関数を設定し、そのロジックを知っているのは本人だけだった。担当者が休むと業務が止まる状態が各部署で起きていたのだ。
そして4つ目が、制度や慣習、専門性が複雑に絡む構造的な壁だった。一般的なSaaSでは複雑な会計処理や業務フローに対応しきれず、スクラッチ開発は高コストで長期化し、ベンダー依存も課題になる。
悩んだ末にたどり着いたのがkintoneだった。もともとサイボウズ Officeのカスタムアプリ機能で簡易的な業務管理をしていたため、ノーコードでアプリを作ることに抵抗感がなかったことも後押しした。
JavaScriptで紙の業務フローを完全再現した末に、自分が最大のボトルネックになった
導入後にまず着手したのが、多くの職員が使う物品購入や旅費申請のアプリだ。年間およそ3000件の申請があり、使用する紙は1万5000枚にのぼっていた。ここから変えようとしたが、現実は甘くなかった。標準機能だけでは、これまでの業務フローを完全には再現できなかったのだ。現場からは、前の紙のほうが良かった、使いづらい、何が良くなったのか、と批判が集まった。
そこで神里さんが決意したのが、JavaScriptによるカスタマイズだった。日中は情報システム業務をこなし、残業で開発を進める日々が続く。深夜までの残業を重ね、1年かけて従来と同じ業務フローを再現したアプリを作り上げた。現場の評価は一変し、今までと同じように使える、むしろ便利になった、他の業務もアプリ化してほしい、と称賛が寄せられた。
ところが、その成功は長くは続かなかった。複雑にカスタマイズしたアプリは、軽微な仕様変更や不具合修正であっても対応できるのが自分だけという、完全な属人化を招いていた。しかもkintoneはすでに業務の中核になっていたため、少しでも不具合が出ると、動かない、早く直してほしい、と各部署から一斉に問い合わせが届く。当時は一人情シス体制で、自分が直さなければ業務が止まるというプレッシャーのなか、ついに限界を迎えた。
「ヒーローになれたと思っていたら、気づけば自分が最大のボトルネックになっていました。そこで一度立ち止まって考えたんです。複雑すぎる業務フロー、それを前提としたルール、それを支える属人化した運用。これらをそのままアプリ化しようとしたアプローチが問題で、本質的な課題はシステムではなく、業務と組織だったと気づきました」(神里さん)
業務と組織そのものを作り変え、JavaScriptカスタマイズを禁止した
そこから神里さんは、既存業務を再現するのではなく、業務や組織そのものを変える方向に舵を切る。最初に行ったのが、バックオフィス部門を巻き込んだDX推進プロジェクトチームの創設だ。承認フローや規程を1つずつ洗い出し、本当に必要なのか、形式的に残っているだけではないかと問い直して、業務をシンプルに再設計した。重要だったのは、システムに業務を合わせるという考え方への転換だった。
そして、JavaScriptによるカスタマイズを禁止した。1年間必死でJavaScriptを学んだ神里さんにとっては勇気のいる決断だったが、プラグインを活用したノーコード開発へ切り替え、数多くのプラグインを試しながら、カスタマイズしていた部分を置き換えていった。
設計思想も見直した。これまでの様式や項目をそのまま踏襲するのではなく、誰でも直感的に使えること、入力ミスや判断ミスを防ぐことを最重要視したのだ。タブで視認性を高め、ログインユーザーの情報を初期値にし、マスターアプリから承認者を自動入力する。出張期間を入力すれば日当が自動で算出され、勤務地と移動距離から旅費も自動計算される。長い説明はモーダルウィンドウで表示し、表記揺れや入力漏れを防ぐ入力チェックも加えた。自動採番や権限制御、帳票出力など、現場が迷わず入力できるようにする工夫を積み重ねている。
属人化を根本から解消するため、作る人を増やす取り組みにも踏み出した。有志6名によるkintone部を立ち上げ、社内にテストスペースを設け、ガイドラインや手順書、利用可能なプラグインの一覧を用意して、いつでも開発に取り組める環境を作った。さらにヒントを求めて「Cybozu Days 2023 マジカルDXツアー」へ初めて参加する。そこで研修によって全社普及を成功させた他社の事例を知り、衝撃を受けた神里さんは、沖縄に戻ってすぐハンズオン研修の実施を上司へ直談判した。
合宿形式の研修でアプリを作る職員を60名に増やし、年間3000時間を削減した
上司も熱意に応え、外部パートナーであるシステム・リノベイトによるハンズオン研修が実現した。研修はあえて県外で、3泊4日の合宿形式で行う。kintoneの基本機能やアプリの作成方法に加え、プラグインの使い方、社内普及の効果的な進め方、属人化を防ぐアプリ設計までを扱い、初心者と経験者でレベルを分けて、誰も取り残さない研修を目指した。これまでに3年連続で計4回実施しているという。
導入効果は大きかった。年間3000件の申請をデジタル化し、1万5000枚の紙を削減。紙では多かった添付や記入の漏れをシステムで制御することで、差し戻しは80%減った。差し戻しへの対応や内容確認、問い合わせ対応に加え、承認時間の短縮、進捗の可視化、検索性の向上などを合わせると、1件あたり約1時間、年間で計3000時間を削減できた計算になる。
当時は神里さん1名しかいなかったアプリ開発者は、現在60名にまで増えた。1人情シスだった体制も、現在は7名に拡充されている。定性的な変化はさらに大きかった。
「人が増えたことより嬉しかったのは、情シスが業務改善を進めるうえで重要な存在だと、組織に認めてもらえたことです。そして一番大きな変化は、これまで後ろ向きだった職員たちが変わり、各部署が自ら課題を見つけて、現場主導でアプリの改善を進めていることです」(神里さん)
職員の意識も、使う側から自ら考えて作る側へと変わってきたのだ。ある部署の改善事例がほかの部署にも横展開され、組織内のコミュニケーションや連携の強化にもつながっている。情シスの役割も、アプリを作る側から、現場の業務改善を支援する側へと変化した。小さく試して改善するサイクルが定着し、変革を前提に動く組織へ変わりつつある。
今後は基幹システムとkintoneの連携を進め、各システムに分散したデータを一元化して、さらなる業務改善につなげたいという。蓄積したデータの分析を、経営判断や意思決定のスピードと精度の向上にも活かしていく考えだ。
さらには組織の外側にも目を向けている。沖縄は観光立県であり、観光業の発展は県民の暮らしの豊かさに直結する。観光客の多くは空路を利用して県内を滞在しながら周遊するため、データで捉えやすい環境も整っている。各事業者と連携し、沖縄を支える観光DXのエコシステムを実現したいと神里さんは語る。
「私たちが学んだのは、システムの導入イコール業務改善ではないということです。変えるべきはシステムではなく、煩雑な業務、長年の慣習やルール、保守的な組織文化でした。kintoneはその本質的な課題を教えてくれましたし、私たちはkintoneを通じて正しく失敗したことで、継続的に改善できる組織へと変わりました」と神里さんは語った。
質疑応答
サイボウズ西村さん:当初は業務を再現する形でカスタマイズしてアプリを作られ、一時は社内のヒーローになったものの、実はご自身がボトルネックになっていた。そこから業務をシステムに合わせるという大きな方向転換がありましたが、社内からの反発もあったのではないでしょうか。
神里さん:あったと思います。作るのは私一人だったので、自分の判断で進められましたが、使う側にとってはUIや仕組みが変わるため、反発はありました。ただ、マニュアルをきれいに整理したり、説明に出向いたりという泥臭い作業をきちんとやれば、ある程度のコンセンサスは取れると思います。
サイボウズ西村さん:アプリ作成者が1名から60名まで増えているという驚きの数字がありました。研修を行ってもなかなか作成者が増えないと悩まれている方も多いと思います。ここまで増やせた秘訣について、アドバイスがあれば教えてください。
神里さん:まず、あえて県外の合宿形式で行っていることですね。正直、楽しみでもありますし、仕事は楽しいほうがいいですから。それから、自分たちの業務で変えたいところを持ってきてほしいと言ったことも、自分たちのものを変えられるというモチベーションにつながったのだと思います。何よりも、研修を毎回システム・リノベイトさんにお願いし、継続してきたことが大きいです。細かいところをその都度説明しなくても柔軟に研修ができますし、連続して実施できたことが広げる力になったのかなと思っています。
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります









