第316回
救世主に助けられ、我流を捨てて断捨離
「これもできないか」を聞き続けて膨らんだ450フィールド 迷宮化したkintoneを再設計した方法
2026年07月03日 13時00分更新
「私が倒れたら、本当にこの会社は止まる」と、基幹業務を支えていたAccessのシステムを一人でメンテナンスしていたAIとDX推進のリーダーが、kintoneへ移行させて作り上げたのは450フィールドの「迷宮」。カオスと化したアプリを見直すきっかけは偶然であったコンサルだった。
kintone hive 2026 sapporoの2番手として登壇したのは、コールセンター事業を核とするキャリアの古内裕巳さん。「現場を思うあまり、自分が作った迷宮に現場を閉じ込めていた」と語る古内さんは、SIGNPOSTと相棒のAI「キン太郎」でkintoneの整理に引き算で挑戦した。
一人しか触れないAccessの「監獄」から、御用聞きで450フィールドの迷宮へ
株式会社キャリアは札幌を拠点として、コールセンター事業を核に、通信サービスやフィールドセールス事業など多角的に事業を展開している総合ソリューション企業。古内さんは情報システム部に所属しながら、AIとDX推進のリーダーを務めている。現在、同社のkintoneは37個のアプリからなり、基幹アプリの顧客マスターは15万件を超えるレコードを抱える。もちろん、この規模を最初からデザインできていたわけではなかった。
2020年、古内さんは震えていた。当時、基幹業務を支えていたのはAccessのシステムだったのだが、メンテナンスできるのは古内さんただ一人だったからだ。コールセンター事業では新しい商材がどんどん増えるが、社員が使っている時間帯には手を入れられず、夜にクエリの編集やテーブルの再定義を続けていた。
「私が倒れたら、本当にこの会社は止まる。そう思いながら、夜な夜な作業をしていたのを今でも覚えています」(古内さん)
古内さんはkintoneと出会い、ようやくAccessの監獄から抜け出せると思ったのだが、本当の戦いはそこから始まったという。
kintoneを手にした古内さんだが、今度は各営業部から寄せられる細かな要望に応え続けることになる。
「kintoneを手に入れた私は、各営業部の方から「これもできないか」「あれもできないか」というアイデアをどんどん取り入れていました。御用聞きとして爆走して、その結果、顧客管理アプリには450個のフィールドと150個の計算式、300個の並べ替え設定全てを詰め込んでしまいました。外回りの営業さんは、この中から必要な情報を携帯で探しながら見ていました。本当にごめんなさい、という感じです」(古内さん)
現場の声に応えるための足し算は、いつしか現場に探索を強いる構造へと変わっていた。画面には計算式フィールドがずらりと並び、顧客管理アプリは必要な情報へすぐたどり着ける便利な道具ではなく、長い画面をスクロールしながら探し回らなければならないものになっていたのだ。
肥大化を象徴していたのが、並べ替え設定だ。1つの設定を5ミリとして並べれば、全部で1.5メートルにもなる規模で、古内さんはこれを「巻物スクロール」と表現した。現場ごとの便利を積み重ねた結果、顧客管理アプリはつぎはぎのパッチワークのようになり、戻したくても戻せず、重くても動かさざるを得ない状態に陥っていた。
古内さんは、自ら作った状態を「業務改善ではなく、修行。罰ゲームのようなアプリだった」と振り返る。御用聞きとして走り続けた先にあったのは、個別最適を詰め込みすぎた迷宮だった。
「誰かの便利は、他の誰かの不便につながるのだと深く反省しました。良かれと思って何でも引き受ける優しさは、優柔不断でもあった。現場を思うあまり、自分が作った迷宮に現場を閉じ込めていたんです」(古内さん)
釧路の蕎麦屋の隣席から始まったコンサル、「SIGNPOST」が迷宮を1本の道に変えた
ここで救世主が現れる。Hokkaido Design Codeの木村琴絵さんだ。きっかけは、同社の社長が前年の暮れに釧路の蕎麦屋で、たまたま隣の席に木村さんがいたことだった。そこからコンサルティング契約に発展し、木村さんがカオスと化した顧客管理アプリを見ることになった。
「パッと構造図みたいのを出して、「古内さん、この450個のフィールドと150個の計算式、何が不安でこんなに積み上げたんですか?」と怒られました」(古内さん)
その言葉で、古内さんは自分が積み上げてきたものの正体に気づく。450個のフィールドと150個の計算式は、現場の便利のためだけではなく、自分の不安を隠すために積み上げてきたものでもあったのだ。
そして木村さんが示したのが「SIGNPOST」だった。kintoneを使い込むうちに行き着く設計の指針で、これに沿ってパッチワークを1本の太い道へと整理していった。450個あったフィールドは300個に、150個あった計算式は50個に減り、把握できなくなっていた複雑な構造も紐解かれ、SIGNPOSTの考え方で統一された。現場の迷いが消えると同時に、古内さん自身の迷いも消えて、その先が見えた。
kintoneに触れて5年、古内さんにもそれなりのプライドがあったが、ボコボコにされたという。プロのすごさはセンスではなく、型としてのSIGNPOSTにある。そう痛感した古内さんは、我流を捨て、断捨離の精神でSIGNPOSTを0から学び直した。
SIGNPOSTを学ばせたAI「キン太郎」と作った代理店アプリで、ライセンスコストを55%削減
学び直したSIGNPOSTのすべてをAIに教え込んで生まれたのが、相棒の「キン太郎」だ。設計のチェックや未来予測、引き算の美学、知識の継承までを担う。木村さんとの出会いやAccess時代の苦悩まで注ぎ込んだため、何でも相談に乗ってくれる。ときには喧嘩もする。
「機能を追加しようとすると、「それは引き算の美学に反しませんか。またパッチワークにするつもりですか」と煽ってくるんです。自分が教えた理想を突きつけられるのは悔しいですが、こんなことを言ってくれるのは木村さんかキン太郎ぐらい。最高の相棒だと思いました」(古内さん)
そのキン太郎と作り上げたのが、74社の代理店とキャリアをつなぐアプリ「パートナーズゲート」だ。入力用のプラグイン「フォームブリッジ」と、kintoneのデータを安全に外部共有できる「KViewer」の2つを掛け合わせ、kintoneのアカウント数を大きく減らした。導入前は74名分で月14万6520円かかっていたライセンスコストが、2つのプラグインの導入後は月6万6000円になり、54.9%、額にして月8万520円を削減した。プラグインは最大1000名まで同じ料金のため、代理店が増えても当面はこの水準を保てるという。
現場からも喜びの声が上がった。「入力が爆速になった」「半日かかっていた作業が30分で終わる」「どこに何があるかすぐわかる」「連携が驚くほど円滑になった」といった具合だ。設計の型であるSIGNPOST、AIの相棒キン太郎、コストの削減、そして現場の笑顔。この4つが全体最適の設計としてつながったとき、組織は回り始めたと古内さんは語る。
2026年、キャリアはサイボウズのオフィシャルパートナーになった。自社で培ったノウハウを、ほかの企業のDX支援へと広げていく段階に入っているのだ。古内さんが意識しているのは、システムを作ることではなく、全体を見て組織をデザインすること。
「設計が変われば業務が変わり、業務が変われば人が変わる。人が変われば組織が変わり、組織が変われば業界が変わります。特別な才能はいりません。kintoneと正しい理論、そしてAIという相棒。この3つがそろえば、未来をデザインする力が生まれます。あなたもデザイナーになれます」と古内さんは締めた。
質疑応答
山本さん:kintoneは業務が変わるたびに機能を足していく、足し算で考える方が多いと思います。そのなかで引き算は新鮮な考え方でした。450個からいきなり減らすにあたって、残すフィールドと消すフィールドは、どんな基準で判断したのでしょうか。
古内さん:これは現在進行形で、毎週、木村さんと打ち合わせをしながら、お尻を叩かれてどんどん減らしている段階です。減らしていく中で、「あれ、このフィールドは何だったっけ」というものがほとんどなんですよね。何のためにあるのかを調べるのは大変でしたが、業務をもう一度洗い出して見直す環境ができたのが良かったと思っています。
山本さん:SIGNPOSTをAIに読み込ませて伴走パートナーとして使うというお話でしたが、読み込ませようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
古内さん:アプリデザインスペシャリストの試験勉強のときに、すべてを打ち込んで問題を出してもらおうと思ったのが始まりです。そのとき、これは業務改善にも使えるのではないかと気づきました。共感したのは、ステップ2の「データの断捨離」、移行するデータを最小限にするという考え方です。
山本さん:kintoneとAIの組み合わせで、今取り組んでいることや、今後やりたいことはありますか。
古内さん:資料を作った当時はGeminiにSIGNPOSTをすべてPDFで読み込ませて使っていましたが、今はClaudeを使っています。スキルという機能で、キン太郎と、スティーブ・ジョブズが好きなので「ジョブズ」と名づけたもう一人の相棒を用意しました。キン太郎が指針を決め、ジョブズがコードを書く。そのコードにキン太郎が口を出す、という掛け合いをさせています。元々コードは書けないのですが、こうしたところから可能性を広げていくのもありかなと考えています。
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