明日の危機を考えること、それは我々が今日をどう生きるかという問いでもある。
豊洲スマートシティ推進協議会主催の社会実験「明日の危機」は、2022年に東京大学社会連携講座の一環として開始されたプロジェクト。目的は自然災害に対する備えの周知だ。特に、「江東区で災害が発生したときは豊洲などの臨海部に避難を」というメッセージの発信を続けている。
今年9月開催の第3回「明日の危機」は、2023年に100年をむかえる関東大震にも触れながら、東京臨海部の水害問題に焦点を当てて実施した。内容は臨海部への水害時事前避難訓練、東京臨海部豊洲「ミチノテラス豊洲」での交通防災をテーマにした展示、そして交通と防災にまつわる産官学民セッションの3つが軸だ。
避難訓練は、36人の参加者が実際にバスを使って浸水エリアから臨海部まで避難して、どれだけの時間がかかるかを確かめるもの。清水建設が独自にシミュレーションした結果と比較したところ、興味深いことがわかったという。
そんな今回の「明日の危機」で得られた気づきや学びについて、本連載企画ではおなじみ角川アスキー総合研究所の遠藤諭が担当者らに聞いた。面白い話ばかりで編集が追いつかず、1万字近いロングインタビューになってしまったことを許してほしい。最後まで読んでね!!
「明日の危機」過去の掲載記事
実際にバスを使った避難訓練
── まず今回の目玉が「実際にバスを使った避難訓練」ですね。これはなぜバスを使ったんですか?
大村 2022年にバス会社の大新東株式会社さんが江東区と災害時協力協定を結んだことで、45台のバスを災害時の移送手段として使用するサポート体制ができたんです。
大規模水害の発生が予測された場合、江東5区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)は72時間前から情報を発表し、24時間前から自主的に広域避難を開始してくださいという呼びかけを出します。このときに自力での避難が難しい人たちがバスなどを利用できるといいのではないかと考えています。しかし、現段階で水害時にバスを動かせるかというと、まだ具体的な避難先や避難手法・ルートが決まっておらず、行政が判断しづらいことが課題になっていました。そこで、量子コンピューターを活用しバス45台による事前避難シミュレーションをして、その結果を参考に実際にバスで避難訓練をしようと考えました。
── シミュレーションというのは?
大村 当社が開発したまちづくり計画支援サービス「マチミル」という分析サービスで、江東区の避難所・東京都が指定している避難場所から臨海部へのバスによる事前避難の前提条件を整理しました。次に、今年7月に取材していただいた、量子コンピューターを活用したバスを活用した水害時の避難シミュレーションを実施しました。自宅近くの小学校や中学校など132ヵ所の避難場所に避難してもらってから臨海部に避難するという「プランA」、もう少し大規模な避難場所11ヵ所に集まってもらってから臨海部に避難するという「プランB」の2つでシミュレーションをして、それぞれのパターンを出しています。
── 避難を想定されているのはどんな人ですか。
大村 避難行動要支援者にあたる75歳以上の方、介護レベル3以上の方、妊婦の方などですね。江東区の深川・城東エリアに住んでいる41万人の11%、約4万3000人が要支援者にあたります。シミュレーションでは、その約7割の約3万人の方が、バス1台あたりに30人が乗って時速30kmで避難した場合、26時間で避難できるということになり、2日前に行動をスタートすればより多くの方を避難させられる結果になりました。
── 実際の避難訓練ではどうだったんですか?
大村 時速30kmには達せず、時速16.8km程度でした。
── ええっ、半分程度ではないですか。なぜ?
大村 もともと、東京を走るバスの平均時速は約15kmといわれています。今回はバス停には停まらないので、もう少し時速が出ると考えていました。ですが、シミュレーションで出た最短ルートは、バス運転手からすれば「本来なるべく右折したくない」というルートだったんですね。右折するときに待ち時間があり、そこでロスが出てしまうと、あとで大新東株式会社さんから教えていただきました。今回実際に走らせないとわからなかったところですね。
── なるほど〜。面白いですねえ。いわゆる巡回セールスマン問題の話ですね。
大村 量子コンピューターは最適な組み合わせを出すことが強みなんですが、実際の道路上の右折までは今回の検証には反映していませんでした。今後はこういった反省を活かせると思います。
── 流体力学的な群速度的なものなどいろんな条件がからんできますね。こうした結果が出てくることが実験の面白いところですね。
大村 量子コンピューターの取材のときも議論になりましたが、データ分析をするのは最終的な判断材料をいかにそろえるかということと考えています。特に防災については、情報を出すことで行政や企業間での議論が進む一助になります。災害時にはバス45台を動かせばこれだけのことができるとわかった、それなら運転手を確保するために人を呼ぶネットワークをつくれたらいいね、という議論になっていくわけですね。
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