週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

ゲーミングチェア誕生から15年以上! 2つのメーカー切り拓いたその歴史を振り返る

2023年11月01日 12時00分更新

人に歴史があるようにゲーミングチェアにも歴史アリ!

 ゲームのためだけでなく、オフィスなどにも導入されているゲーミングチェア。これだけ認知度が広まり、一般的になったが、その歴史はどこから始まったのか? なにがキッカケでゲーミングチェアが誕生したのかを本稿では掘り下げていく。

ゲーミングチェア

 ゲーミングチェアの歴史は比較的新しく、2001年創業のアメリカのメーカー「DXRacer」が2006年に世界で初めて「ゲーミングチェア」としての製品を発売したところから始まる。そもそもDXRacerは自動車の高級シートを製造していたのだが、2000年代のサブプライム住宅ローン危機に端を発する自動車業界の不況(2009年のゼネラルモータースの経営破綻など)により、収益が大幅に減少してしまう。その打開策として生まれたのが、これまでのシート製造技術を活かして作り上げたゲーミングチェアだった。

ゲーミングチェア

DXRacer

 ご存じの方も多いかもしれないが、ゲーミングチェアの成り立ちはスポーツカーのバケットシートが原型なので、自動車系のメーカーから出てきたのは納得できるだろう。

 一方、中国では「揚州奥凱カー用品有限公司」が2000年に誕生し、レーシングカー用シートやオフィスチェアなどを手がけていた。2005年から中国国外向けに「AKRacing」のブランドを立ち上げ、国際的なeスポーツ大会に「試合専用チェア」を供給しはじめる。まだ、ゲーミングチェアというジャンルが確立されてなかった頃から、スタイリッシュなデザインの椅子をリリースしていた。

ゲーミングチェア

AKRacing

 その後、ゲーミングチェアが浸透してきた頃にはDXRacerとAKRacingがマーケットの2大巨頭になっていた。

ゲーミングチェアも価格競争の時代に

 2010年代に入ると、DXRacerやAKRacingの模倣品も多くマーケットに流れ、価格競争が始まる。しかし、模倣品のほとんどが外見を真似ただけの品質が悪いものだったので、徐々に淘汰されていく。そんな中、しっかり生き残って、のちに日本に進出するのが、武狄实业(上海)有限公司(Wudi Group)が立ち上げた「GTRACING」(2017年)というブランドだ。2021年には日本支社を設立したほど勢いがある。

ゲーミングチェア

GTRACING

 2015年にAKRacingが正式に日本で販売を開始すると、ゲームの大会だけでなく、スタジアムやラジオ番組などのシートにも採用されるなど積極的にシェアを広げていき、ゲーミングチェアといえば……という存在に。2016年以降は「Secretlab」や「Noblechairs」、「COUGAR」といったメーカーが登場し、2019年には世界的に有名な家具メーカーのハーマンミラーもゲーミングチェアに参入するなど、世界的にマーケットが広がっていった。

ゲーミングチェア

Secretlab

ゲーミングチェア

Noblechairs

 だが、ゲーミングチェアに対する認知度や盛り上がりが最高潮に達したのはコロナ禍になった2020年以降だろう。外出が制限され、テレワークを推奨する企業も多数。家でも楽しめるゲームやPCへの需要が急速に高まった。家で長時間座ることも多くなったため、通常のオフィスチェアよりゲーミングチェアのほうが腰などに負担がかかりにくいと、ゲームをしない層からも支持された。

 その波に乗って「Razer」や「Corsair」などのPC周辺機器メーカーだけでなく、「関家具」や「ニトリ」、「イトーキ」や「山善」といった、これまでゲームとは無縁だった一般家具メーカーもゲーミングチェアに参入、さらに「バウヒュッテ」のようなゲーミング家具メーカーも登場し、競争が激化。特にニトリは東京ゲームショウに出展し、その存在感をアピールした。

 もはや安いだけで買ってもらえる時代ではなく、メーカーも創意工夫や品質向上、ブランド力などで争うフェーズに入っている。

ゲーミングチェア

NITORI(ニトリ)

 AKRacingとDXRacerが切り拓いたゲーミングチェアというジャンルは参入メーカーも増え、そのユーザーは世界中に広まっていった。eスポーツの大会、テレビやラジオ、YouTuberの番組など、様々なところで目撃するようになったゲーミングチェア。今後も魅力的な製品が出てくることだろう。

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう