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『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(坂本龍一 著、新潮社)を読む

死を目前にした坂本龍一さん 想いと強さがあらわれたことば

2023年08月31日 07時00分更新

死を目前にした坂本さんの想いと強さがあらわれた一節

 しかも当然のことながら、一方では自身の病状とも向き合っている。たとえば時期は前後するが、2020年の年の瀬に家族が“ご飯会”のために集まった際には、病気のことを打ち明けてもいる。その場面は、ソフトな語り口だからこそ心に刺さる。

 この機会に言わなくてはいいけないと思い、ぼくは自分の置かれた状況を正直に明かしました。「ちょっと報告があります」と、話を始めた瞬間、それまでワイワイと賑やかだった席が、氷水を浴びたように冷え切っていくのが分かりました。ぼく自身も辛かったけど、こればっかりはしょうがない。ずっと黙っているわけにはいきませんから。(235ページより)

 注目すべきは、これに続く以下の記述だ。ここには、死を目前にした坂本さんの想いと強さがはっきりとあらわれている。

 子供たちに病状を告白してからは潔く気持ちを切り替え、割と冷静に、死を見据えていろいろ具体的なことを検討していきました。日本で治療をするとして、ずっとホテル暮らしというわけにもいかないから、住まいをどうするのか。仮にすぐに死んでしまった場合、誰に訃報を伝えるべきなのか。葬式はどんな形で行うのか……そういった細かなことをあらかじめきちんと決めておかないと、自分の意に反したことになってしまうかもしれません。『音楽は自由にする』(2009年)以降の活動を振り返る、本書のための口述筆記を生きているうちにしておかなくてはと考えたのも、その一環です。(235〜236ページより)

 もちろん、簡単なことばに置き換えることなど不可能だろう。しかし、ここからもわかるように、坂本さんはきれいに生き、自らきれいに幕を引いたように見える。重要なポイントは、ここまでしっかりと最後まで自分に死と向き合える人など、そうそういないということだ。

 お世辞をいいたいわけではなく、ましてや美しくこの文章をまとめたいわけでもなく、ただ純粋にそう感じる。

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筆者紹介:印南敦史

作家、書評家。株式会社アンビエンス代表取締役。
1962年、東京都生まれ。
「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「東洋経済オンライン」「サライ.jp」「マイナビニュース」などで書評欄を担当し、年間700冊以上の読書量を誇る。
著書に『遅読家のための読書術』(PHP文庫)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(以上、星海社新書)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、などのほか、音楽関連の書籍やエッセイなども多数。

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