みずからの“死”を正面から見つめるまなざし
「人は自分の死を予知できずーー/人生を尽きぬ泉だと思う/だがすべて物事は数回 起こるか起こらないか/自分の人生を左右したと思えるほどーー/大切な子供の頃の思い出もーー/あと何回 心に浮かべるか/4〜5回 思い出すのがせいぜいだ/あと何回 満月をながめるか/せいぜい20回/だが人は 無限の機会があると思う」(9ページより)
冒頭では、こうしたことばが引用されている。坂本さんが音楽を担当した映画『シェルタリング・スカイ』(1990年)の最後に登場した原作者、ポール・ボウルズが語ったものだ。
当時、坂本さんは38歳。ボウルズのことばは彼のなかにも鮮烈な印象を残したようだが、とはいえ年齢的にも、我がこととして捉えていたわけではなかったという。もちろん、それは無理のない話だろう。
ところが、本書が書かれはじめた時点で彼はすでに闘病生活にあり、「自らのモータリティーー死についても、自然と考えざるを得なくなりました」と綴ってもいる。
そうした事情を知っている人であれば誰しも(もちろん、私だって同じだ)、この時点で多少なりともやるせない気持ちになってしまうだろう。また、表現の仕方によっては、そんな境遇にある人物による本書が暗く重たく、そして悲しい作品になってしまう可能性も大いにあったはずだ。
だが結果からいえば、本書にはそうした厭世的な質感はまったくない。それどころか、ここには坂本さんの確固たる意思が感じられる。そう遠くはない未来に訪れるであろう死を正面から見つめ、受け入れ、そこから逆算し、やるべきことをひとつひとつ形にしていこうというような思いだ。
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