いくどもチャレンジした末の苦渋の決断
バルミューダが、携帯端末事業の終了を発表した。
同社は2021年11月、第1弾製品の「BALMUDA Phone(バルミューダフォン)」を発売したが、ネット上で厳しい反応が相次ぎ、想定したように販売が伸びなかった。第2弾製品の開発に着手したものの、コロナ禍やサプライチェーンの混乱、円安の急激な進行を背景にした原材料価格の高騰などが影響。「様々な条件が整わず、セットできなかった」(バルミューダの寺尾玄社長)ことで開発を中止。改良版となる製品の開発も進めていたが、これも続行が困難となった。携帯端末事業の終了を決定したのは、事業全体を総合的に検討した結果だった。
バルミューダの寺尾玄社長は、「新たな機種の投入は、ぎりぎりまで本気で考えていた。3月の株主総会でも、携帯端末の撤退は視野に入っていないと回答した。だが、環境が大きく変化し、開発費や原価の条件が整わず、製品化が難しくなり、いよいよタイムアップの時期がやってきたと総合的に判断した。こういう結果になり、残念である」と語った。
次期モデルの携帯端末の開発終了を4月に決め、5月12日の取締役会で事業終了を正式に決定した
ソフトウェアの投資が大きな障害
携帯端末事業の撤退につながった要因はいくつかある。
ひとつは、スマホ開発におけるソフトウェアの投資の大きさだ。
「ソフトウェアの品質の作り込みが困難だった。この困難を乗り越えるには、時間と根性だけでなく、多大な資金が必要だった。バルミューダの企業規模と、スマホビジネスのスケール感の違いが大きく、存分に戦えなかった悔しさがある」とする。
2022年1月には、一部の周波数帯域で、技適が定めた許容値を超える干渉ノイズが出る可能性があるとして一時的に販売を停止。ソフトウェアによる修正によって再出荷を開始したほか、不具合の解消や動作の安定性向上、セキュリティの向上などを目的に、継続的にソフトウェアをアップデートしてきた経緯がある。これまで、同社が扱ってきた家電製品とは異なるソフトウェア開発への投資は、想定以上のものだったといえよう。
もうひとつは屋台骨となる家電事業が厳しい状況に陥った点だ。
なかでも、2022年前半からの急激な円安は、同社家電事業のビジネスモデルに大きな打撃を与えた。
バルミューダは、海外で生産し、そのうちの約7割を日本で販売している。「1ドル110円台半ばの為替レートが基盤となり、収益を得られる事業構造となっていた」(寺尾社長)というなかで、2022年には1ドル150円台を記録。そこに原材料価格の上昇や物流費用の上昇なども加わり、原価率が大幅に上昇。2020年度には56.7%だった原価率は、2022年度は68.9%となり、2年で10ポイント以上も上昇した。
急激な円安によって、国内の売上げが増加すれば利益が増えるという構図が崩れ、「10年かけて構築してきたビジネスモデルを変える必要に迫られた」(寺尾社長)という状況だった。同時に、家電製品でも多くの開発案件がストップ。その当時、寺尾社長は、「原価がいくらになるかわからず、ビジネスが読めないため、開発を止めるしか選択肢がなかった」と、悔しさを滲ませながらコメントしていた。
主力製品である家電においても厳しい事業環境にあるなか、成果につながっていなかった携帯端末事業は、当然のことながら、経営課題として、最優先で検討されることになった。
寺尾社長は、「経営資源の投入戦略を見直し、家電事業の強化と、バルミューダの独自性をより発揮できる新たな商品ジャンルの開発に、資源を集中して投入すべきと判断した」と苦渋の決断であったことを明かす。
チャレンジしたことから得たことはある
寺尾社長にとって、携帯端末事業への参入は、まさに大きな挑戦だった。
「携帯端末は、大いなる夢と希望を持って飛び込んだ事業であった。新たなジャンルを開拓しなくてはならないという思いで行ったチャレンジであり、スマホを生活必需品として捉えなおし、使いやすい大きさや、持ちやすい形状、日常的に使うアプリを提供した。バルミューダならではのスマホによって、新たな選択肢を提示できたと考えている」と、これまでの取り組みを総括する。
続けて、「いいチャレンジであった。チャレンジし続けるのはバルミューダのDNAであり、そこに躊躇せずに取り組んだことはよかった」。こう語りながらも、「うまくいくことしか考えていなかった。しかし、こんなに時間を使って、こんなに工夫して、こんなにも努力をしたのに、成果につながらなかった経験はない。努力が実らないことがあることを、この歳になって勉強させてもらった。どこでどんな努力をするのかということを考えないと、努力しているだけで人生が終わってしまうという危機感も持った」とジョーク交じりに語る。
だが、その一方で、「これまでにないアイデアが生まれ、インターネットテクノロジーに深く入り込むことができ、かなり鍛えることができた。この経験は、家電のIoT化に生きてくるだろう」とする。
実は、寺尾社長は、「ホームIoTにはまったく興味がない」と公言。家電のIoT化は不要というスタンスを取ってきた。だからこそ、ネットにつながる製品には、家電とは一線を画す「BALMUDA Technologies」というブランドを用意した。
だが、「いまは違うことを考えている。家電とインターネットテクノロジーを組み合わることにより、これまでなかった便利さや楽しさを提案できるだろう。この経験は今後のモノづくりに生きてくる」とする。
また新しい挑戦に取り組むバルミューダ
寺尾社長は「今事業終了の発表は残念だが、気持ちはワクワクしている」と語る。
2023年度の事業方針では「既存事業の強化」「収益力の改善」「成長のためのたゆまぬチャレンジ」の3点を掲げ、家電では、6月および11月に製品をリニューアルするほか、10月に新製品を投入。さらに、デスクライトのBALMUDA The Lightでは、原価低減や経費の最適化などにより値下げを実施するという積極策にも踏み切る。そして、バルミューダの強みであるアイデアやデザイン、エンジニアリングの力を、より発揮できる新ジャンルの製品開発を進めることも明らかにした。
「新ジャンルの製品は、水面下で研究開発を続けていたものであり、これまでの生活家電のジャンルを飛び越えたものになる。なるべく早い段階で紹介したい。年内にはなんらかの発表ができる」と語る。
2023年度(2023年1月~12月)業績見通しは、減収および赤字決算を見込む厳しい内容となっている。ここには携帯端末事業の終了に伴い、5億3600万円の特別損失が含まれる。だが、次に向けて新たな一歩をすでに踏み出し始めているのは、寺尾社長らしいところだ。
ちなみに、寺尾社長は、携帯端末事業の総括として、「もし、携帯電話事業への参入を検討していた数年前に戻っても、同じ決断をしていたと思う」と語り、寺尾社長のこの事業に対する強い思い入れを示している。また、再参入については、「いろいろなタイミングが合い、もう一度やってもいいと神様が言ってくれるならば……」としながらも、「ただ、今日の段階では、その答えを言っていいのか、どうかということもある。慎重に検討したい」とする。明言は避けつつも、再参入には意欲があることをうかがわせた。
だが、そのための第一歩は、寺尾社長が「気持ちはワクワクしている」とする新ジャンルの製品の成否にかかっている。どんな製品が登場するのかがいまから楽しみだ。だが、それは今後のバルミューダの成長戦略にも大きな影響を与えるものなりそうだ。
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