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清水建設のすごい改修工事:

国立代々木競技場の石垣には「謎の建物」が埋まっている!?

2022年07月29日 11時00分更新

石垣の中身を「書割」にして耐震化

 それからいろんな外構の耐震改修をやりました。そのひとつが石垣です。

── 外構部の石垣ですか。

 代々木競技場には、東側は2段の石積擁壁、南側は14mもの擁壁があるんです。これは二段石垣なんですが、大地震のとき石垣が崩壊するかもしれない。擁壁としては対応できるかもしれませんが、石積が落ちない保証はできないので作り変えようと。

── 石垣を石垣のまま作り変えると?

 簡単に言えば、コンクリートの躯体擁壁を作って、化粧を石垣にしようということになりました。コンクリートを(逆)T型に打つと摩擦で滑らなくなるので、そこに既存の石垣を化粧で貼っていく。それを落ちないように1本1本金物でおさえているんですね。

── なんと。石垣なんだけど置いてあるわけじゃなくて、貼ってあると。

 そのままだと石垣が崩れてくることもあるので、崩れないように石垣に穴を空けて金物で引っ張っているわけです。

── 石垣を置いて、表側から穴を空けているということですか?

 上からです。まずくず石(根石)でレベル調整して、石垣を貼って、その上にアンカーを打って。躯体にもアンカーを打って、金物を固定して。一段やったらコンクリを一段打つ。その次にもう一回石垣を並べていく。

── ほどよい角度のピンが出ているような感じですね。

 それで、一段積んだらコンクリート、一段積んだらコンクリートとやっていくと。

── これお金かかるんですか?

 手間がすごくかかりますよね。

── ここ、昔は土だったじゃないですか。中はどうなってるんですか?

 ただのコンクリートの工作物です。

── 何もないと! つまり謎空間ですか?

 謎空間です。

── 渋谷の一等地に謎空間が。要するに建物じゃないですか。

 4階建ての建物が建ったようなものですね。

── はぁー。バーチャル建物というか、石垣のための書割というか。

 足場も普通はまっすぐ上がるんですが、今回はそうじゃない。壁つなぎと言って3メートルピッチでつなぐ足場もあるんですが、それもできないということでコアという穴を空け、鉄骨を13メートル自立させて足場を乗っけました。自立の足場と鉄骨で床を作って、そこから足場を上げていったと。

── 建物って垂直のほうが作りやすいんですねえ。

 滑らないようにするためにということで羽根付鋼管杭も百何本くらい打ったのかな。それで躯体を作って石を貼っていったわけです。

── 足場も含めてノウハウがなかったものを1から作ったわけですね。

 土木に聞いても「こんなことやったことない」と言われました。そもそもコンクリートに石垣を貼るという技術がないわけで、社内のスタッフ含め独自で考えて作成しました。

── 石垣というのは土に盛るしかなかった。

 石垣というのは下から土とともに積上げるのが普通なんです。今回はあらかじめ躯体を作って足場から石垣を張るため、通常の作業状況でもないんですよ。

── 要はタイル貼りですね。

 そうです。だから歩掛かり(作業日数)もわからないし。

── デザイン的にはある種、巨大パラボラアンテナの鏡みたいな世界ですが、これがめちゃくちゃ大変だったということですね。

 

インタビューを終えて(遠藤諭)

 「建設会社の仕事のひとつに過去の貴重なたてものの改修というのがあります」というお話が、今回の取材のきっかけだった。過去のたてものの改修としてゼネコンでは唯一専門部門があるという清水建設らしく木造建築もありうるが、今回は、お届けしたように国立代々木競技場となった。

 正式名称は、“国立代々木屋内総合競技場”。私のように1964年の東京オリンピックは小学校2年生でしたという世代には、心の中で大きな位置を占めているたてものである。というのは、1964年のオリンピック関連施設の中でもズバ抜けてカッコいい! 吊り構造の応用が解説されるのも学研の『かがく』(1963年創刊)を毎月楽しみにしていた理系小学生にはたまらない。

 しかし、それら私的な経験や記憶をおいても代々木競技場の改修のお話がよいと思ったのは次の2つのことだ。

 1つは、代々木競技場から神宮絵画館や左回りの循環路あたりまで含む一帯が、東京のど真ん中にある広大なエリアであるにもかかわらず、コマーシャリズムを排除してきた。そのため東京の中でもいちばん変わっていないところのようにも見える。日本スポーツ振興センターの国立代々木競技場のページを見ると、第一体育館の軸線は太陽の軌道にそった東西で、垂直に南北に伸ばした軸線上には明治神宮の本殿が位置している。近代的ではあるもののそんな時空を意識した神聖かつモニュメンタルなたてものであること。

 2つめは、吊り構造という当時の最新であるとともに未踏の技術、しかも日本がお家芸とした造船の技術(吊り天井と屋根のベースとなる曲線的な骨組み)も応用された、ほかに比べられるもののない特殊な建物であったこと。そうした技術をたったいまの専門家がどう読み解いて、ゼロからの設計ではない制約のある改修という作業をどう進めたのか? そうしたいわば時間を超えた技術的な出会いというべきものが楽しい。

 こうして、国立代々木競技場は、新たに何十年あるいは百年単位の命を与えられた。その間に気の遠くなる数の人たちがその中でスポーツや音楽を観戦、鑑賞することになるだろう。都市の記憶やアイデンティティと使われ続ける建物との関係を考えさせてもらえた取材だった。

 

(提供:清水建設株式会社)

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