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落合陽一氏「自分の想像力を越えられないとダメなんです」最年少・小学2年のロボット教室に込めた思い

2022年06月23日 09時00分更新

山口県山口市において3日間のサマースクールを開催したメディアアーティストの落合陽一氏

 「優れたエンジニアは自分が想像できなかった結果を生み出します。優れたアーティストも同じです。自分の想像力を越えられないとダメなんです」

 メディアアーティストなどの活動で知られる落合陽一氏は、自分自身が抱えるクリエイティビティーに対する思想をそう語る。

 クールジャパントラベルは4月29日~5月1日の3日間、山口県山口市のKDDI維新ホールにおいて、小学生を対象に落合氏による特別カリキュラムを受講できる「Table Unstable – 落合陽一サマースクール2022(山口編)」を開催した。

 Table Unstableは未来の技術適⽤について第一線の研究者が議論を交わす国際会議で、サマースクールなどのアウトリーチ活動にも力を入れている。今回のサマースクールはクールジャパントラベルがWILLERと連携し、Table Unstableのカリキュラムを採用して実施したもの。主催は落合⽒、シビラ、森ビル都市企画(KDDI維新ホール指定管理者)、⾓川アスキー総合研究所、電通グループ。共催は⼭⼝市。そのほか、ソニー、ソニー・インタラクティブエンタテインメントが協⼒している。

Table Unstableの⽴役者であり、株式会社電通グループ 電通イノベーションイニシアティブ プロデューサー鈴⽊淳⼀⽒

 Table Unstableの⽴役者であり、株式会社電通グループ 電通イノベーションイニシアティブ プロデューサー鈴⽊淳⼀⽒は「サマースクールは⼈類の『知の拡張』をもたらす人材の育成、いわば落合さんの後進・愛弟⼦をたくさん⽣み出していこうということで世界の第一線で活躍する研究者らによるアウトリーチ活動として実施しています。卒業⽣はカーネギーメロン⼤学やスタンフォード⼤学、MIT(マサチューセッツ⼯科⼤学)などに⽻ばたいており、かなり⾯⽩いネットワークができています」と⾃信を語る。

 今回は3⽇間にわたり、ソニー・インタラクティブエンタテインメントが販売する⼿のひらサイズのロボットトイ「toio(トイオ)」のデモンストレーションやプログラミング体験など、ロボット⼯作を楽しみながら⾃発性・問題解決⼒が育むカリキュラムを提供した。

子どもたちに語りかける落合氏

  落合氏はカリキュラムをロボット工作に決めた経緯について「タンジブルなもの(触れるもの)が良いと思ったからです。タンジブルコンピューティングは予想どおりに動かないし、『エンジニアリングとは何か』を考えるきっかけになります。これまではなかなか良い教材がなくてできなかったのですが、今回はtoioチームが参加してくれて実現しました」と明かした。

 今回、参加した子どもたちは全員で約50人だ。山口県内のみならず、大阪府や神奈川県など県外からも多くの子どもたちが集まった。今回の推奨学年は小学4~6年生(2022年4月時点)で、最年少は小学2年生だった。

toioの生みの親・田中氏「プログラミングは必須ではない。楽しいが1番大事」

toioの生みの親であり、ソニー・インタラクティブエンタテインメント プラットフォームプランニング&マネジメント部門 T事業企画室 課長(事業開発担当)の田中章愛氏

 同サマースクールでは、toioの生みの親であり、ソニー・インタラクティブエンタテインメント プラットフォームプランニング&マネジメント部門 T事業企画室 課長(事業開発担当)の田中章愛氏が登壇。ロボットやtoioのプログラミングについて話した。

 田中氏によると、ロボット研究者のなかでも「何がロボットなのか」「どこまでがロボットなのか」は見解が一致しないという。

 子どもたちにソニーが販売するペットロボット「aibo(アイボ)」、ドローン、自動運転車、洗濯機がロボットだと思うかどうか挙手を求めると、aiboは全会一致でロボットだと感じているものの、ドローンはロボットではないという意見を持つ子どもが1割ほどいた。特に自動運転車と洗濯機については大きく意見が分かれた。

 自分自身が抱えるロボットの定義について尋ねられた落合氏は「僕としては物理空間に存在していて動くものは大体ロボットだと思っています。洗濯機もロボットかな。人間も半分ぐらいはロボットだと思います。壊れたラジオみたいな人もよくいますからね」と、やや皮肉交じりに回答している。

 田中氏は今回のテーマについて「あそんでくれるロボットを作る」ことではなく「ロボットであそびを作る」ことに設定していると言及。「プログラミングは必須ではないので、無理せず難しいなあと思ったら、もっと簡単な方法を考えてみましょう。自分が楽しいと思うことが一番大事です。好きなように作ってください」と呼びかけた。

 プログラミングに興味を持つような上級者向けには「今後、プログラミングというものを覚えるとロボットに思いを伝え、思いどおりに動いてもらえるようになります。人にお願いするのと同じで、上手にお願いできれば上手に動いてくれます。ロボットの気持ちがわかるようになるかもしれません」と好奇心をくすぐった。

きゅんくん氏「あそびをどんな人に体験してもらいたいか考えてほしい」

ウェアラブルエージェントクリエイターのきゅんくん氏

 同サマースクールはただロボット工作をするだけではなく、その前提として重要となる「体験のデザイン」まで学べることがポイントだ。ウェアラブルエージェントクリエイターのきゅんくん氏がアイデアをどのように生み出すのかをレクチャーした。

 きゅんくん氏は「ペルソナ」という言葉を紹介し、「あそびをどんな人に体験してもらいたいかを考えて、『どんな人だっけ?』『どんなことが好きなのかな?』『どんなことをしたら喜ぶのかな?』と考えてみてほしい」と子どもたちにアドバイスする。

 子どもたちは今回のサマースクール用の冊子に「お母さん」「お姉ちゃん」「同級生」「落合先生」といったペルソナを書き込み、「鬼ごっこ」「サッカーゲーム」「なぞなぞ・クイズ」などあそびの内容について考案した。

 実際にあそびを作る段階に入ると、子どもたちは講師たちの力を借りながら、toioをレゴブロックで彩り、無我夢中でアイデアに没入した。会場はあそびの内容を語ったり、作ったあそびで友達と競ったりする子どもたちのにぎやかな声であふれた。子どもたちは3日間通して疲れ知らずで、とくに作品制作に没頭している様子が印象に残っている。

落合陽一氏「群を抜いて1番良かった」と評価

子どもたちは作品についてまとめた約1分間の動画を流し、ゲームのルールや工夫したポイントなどをアピールした

 最終日の3日目にはメインホールにおいて、子どもたちがスマホを使って撮影・編集した動画を用いて、作ったあそびについてプレゼンテーションした。制作日数はわずか2日にもかかわらず、完成度が高い作品も少なくなかった印象だ。

 落合氏は数あるプレゼンのなかから、4つの作品を優秀賞に選んだ。受賞者たちには賞品として、ソニー・インタラクティブエンタテインメントから『“toio"であそぶ! まなぶ! ロボットプログラミング』という本が贈られた。

落合氏が「群を抜いて1番良かった」と評価した「なぞなぜ。」。鬼ごっこを1つのモデルケースとするtoioでなぞなぞに挑戦し、完成度の高い作品を作り上げた

 1つ目は、棒でなぜなぞの選択肢に回答できる「なぞなぞ。」という作品だ。

 落合氏は「作品のクオリティーが高く、群を抜いて1番良かったです。そもそも、世の中の人々は説明書を読まないとできないものはしてくれません。この作品は手作り感があり、すごく小学生ぽいけど、事前の説明がなくても遊べそうなのが良かったです」と褒め称えた。

「身体から作曲」のプレゼン動画。落合氏はナレーションでの説明がなくても理解しやすい内容を認めた

 2つ目は、体を動かすことで音を奏でられる「身体から作曲」という作品である。

 落合氏は「この作品発表はオーディエンスからの反応が良かったです。とくに僕が拍手を促さなくても、なぜか拍手が起きました。『楽器と体』というテーマは皆がやらなかったポイントです。説明なしの動画で見ても『あ、そういう作品なんだな』とわかるほど、作品として成立していたと思います」とコメントした。

「視覚障害者でも出来るゲーム」をプレゼンする様子。落合氏は動画の作り込みのみならず、作品のダイバーシティ性も評価した

 3つ目は目隠しをして視覚障害者でも公平にあそべるという「視覚障害者でも出来るゲーム」、4つ目は迷路を主題とした「わくわく迷路」という作品だ。

 落合氏は「2人とも作品だけではなく、発表も良かったです。前者は動画の作り込みが良く、後者は動画が6秒でその後紙芝居(風に手持ちのスライドで説明)を始めたことが実にユニークだと思いました。見せ方がうまいのはすごく大切なことだと思います」と語る。

総評を語る落合氏

 落合氏は総評として、「非常に有意義なワークショップでした。最後に良い発表ができた人も『できなかったなあ』と思っている人も、賞をもらってうれしかった人も『ああ、クソ!もうちょっとだったのに』と思った人もいろんな人がいると思います。伸びる人にはあえてキツいことを言っているので大丈夫です」と話した。

 toioは鬼ごっこを1つのモデルケースとしているため、鬼ごっこのあそびを作った人が多かったことについて、落合氏は「鬼ごっこを作った人が非常に多く、8人ぐらいいました。みんなクオリティが高かったけれど、鬼ごっこを作った人には賞をあげていません。みんなと違うことをするのが大切です」と考えを示した。

 「小学2年生〜6年生まで非常にユニークな方が集まりました。みんなにやってもらったのは自分でやりたいことを考えて、工作とロボットのプログラミングをして誰かがあそぶゲームを作ることです。僕はプログラミングをするときはコードを書くことのほうが好きなので字で書きますが、みんなはtoioというキットを使ってプログラミングしました。フィジカルなゲームを作るのがユニークなポイントです。今回は自分が思ったものを作り、他人に触ってもらって反応を見るという良い体験ができたのではないかと思います」

卒業証明書をNFTで渡した理由

子どもがスマホで卒業証明書NFTを受け取っている様子

 優秀賞に選んだ4作品について語った後、落合⽒から全ての参加者に卒業証明書NFTが発行された。今回の卒業証明書NFTの取り組みにはNFTの受け取りや管理に必要となるウォレットサービス「unWallet」を運営するスタートアップのシビラ、FeliCaで培った知見を活用してハードウェアウォレットとしてICカードのプロトタイプ提供と関連サービスの開発を担当するソニー、そして同窓会DAOと呼ばれるコミュニティ運営にあたる電通グループの3社が携わっている。なぜ卒業証明書をNFTで渡す必要があるのか︖

 シビラ CEOの藤井隆嗣氏は今回の取り組みをした背景について、「近年、NFTはそれなりに知名度が高まっているものの、投資やアートでグローバルにもうけられるものといった印象が強いでしょう。一方で、今回はNFTのもう1つの可能性を見いだしています。『その人が過去に何をしたのか』という行動実績を証明できるというものです。海外では投資だけではなく、そのNFTを持っている人だけがコンテンツやイベントを見られるという派生も生まれてきています」と説明する。

 ソニー サービスビジネスグループ FeliCa事業部 営業部 営業3課 ディベロップメントマネージャーの田中信悟氏は「藤井さんがおっしゃったとおり、リアルの場での行動実績のNFT化が価値があるものになっています。行動実績をNFT化するときの1つのアクションとして、『それをもらった』とわかるようにハードウェアウォレットカードのような実物の媒体があったほうが良いのではないかということでお声がけをいただきました」と、今回の取り組みに参加した背景を振り返る。

 電通イノベーションイニシアティブの鈴木氏は「大人たちのなかには『テストの成績が良くないと良い学校に行けません』『学校で習うこと以外をいくらやっても役に立ちません』という人もいると思います。しかし、いずれはペーパーテストだけでは伺い知ることが難しい課外活動やボランティアなどの実績が学校選びや将来のキャリア選択において問われる時代になるだろうと予想します。みなさんがこの卒業証明書NFTを持っていることで、行きたい学校から受験をお願いされるようになれば良いなという思いを込めて発⾏しました」と⼦どもたちに語りかけた。

 NFTに詳しい藤井氏でさえ、教育分野において行動実績を証明する取り組みはブロックチェーンを使ったものは実験レベルでは知っているが、NFTを使ったものは国内外を問わず知らないという。

 NFTは最初のオーナー「オリジネーター」が記録されるため、今回の卒業証明書NFTによりサマースクールの卒業⽣であることは永久に証明される。次回以降の活動に優先的に参加したり、友⼈に優先枠を譲渡したりできるメリットがある、と鈴⽊⽒は説明する。また、そのようなサマースクール関連のインセンティブだけでなく、今回の卒業証明書NFTはパブリックチェーンで発行されているため外部事業者などが独自のインセンティブを生徒たちに打診することも将来的には考えられるとのこと。

落合陽一氏「自分の想像力を越えられないとダメなんです」

最後に撮影した集合写真。中央に落合氏、最後尾にきゅんくん氏や田中氏など講師陣が集まっている

 今回参加した子どもたちに将来なりたい職業を聞くと、「ITエンジニア」のみならず、「気象予報士」「野球選手」「芸術家」「料理屋」など、多種多様な夢を語っていた。

 落合氏は今回のサマースクール用の冊子のなかで、子どもたちに対して「将来、エンジニアにも研究者にもならなくていいですが、豊かで寛容で燃えられるものを持っている人になってくれればそれでいいです」とつづっている。

 「この旅の中で僕は皆様に多様性について考えることを意識してほしいと思います.(中略)それでいて全力を尽くし熱中しのめりこめる(信じられる)何かを持つことが大切だと思います.誰かの大切なものを守るためには自分の大切なものを自分でわかっていること大切だと思うのです」(同冊子より)

 3日間取材して感じたのは、この言葉のとおり、落合氏が同サマースクールを通して子どもたちに本当に伝えたかったのは、ロボット工作のスキルそのものではなく、その過程で得られる何かに夢中になったり、他者への想像力を持ったりすることなのではないか、ということだった。

 子どもたちが作品制作に無我夢中で没頭している様子が印象的だっただけではなく、今回のカリキュラムではあそびを考えるにあたってペルソナについて考えたり、ほかの子どもに自分が作った作品であそんでもらったりするところまで含まれていたからだ。

子どもたちの要望を受け、サインに応じる落合氏ら

 しかし、落合氏にその真意を聞くと、得られたのは「そんな気もしますけど、あんまり意識していません」という意外な返答だった。

 「もちろん、(他者への想像力などについて)考えていないことはありませんが、そこだけを考えていると子どもたちの伸びやかな感性を殺してしまう気がします。方向性を決めすぎると、僕が思っている以上のものが出てきません。優れたエンジニアは自分が想像できなかった結果を生み出します。優れたアーティストも同じです。自分の想像力を越えられないとダメなんです」

 落合氏によると、ターゲットを小学生に設定したのも「世界の捉え方がまだまだみずみずしく、なんでも遊べる」からという。それぞれの作品についてコメントする際にも、落合氏は子どもたちの個性を否定することは決してしなかった。同サマースクールには「子どもたちの伸びやかな感性」を殺さず、「自分の想像力」を越えられることを望む落合氏の思いが込められている。

 
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