ライフサイエンスに取り組むスタートアップの未来を支える「ターンキーラボ健都」内覧会レポート
ライフサイエンスの未来を支える 日本初の時間貸しシェアラボ「ターンキーラボ健都」オープン
停滞する日本経済の活性化には、分厚いリソースを持つ大企業以上に、フットワークの軽いスタートアップが生み出すイノベーションが不可欠と言われている。特にAI、エネルギー、バイオなど世界的に激烈な競争にさらされている分野では、アカデミア発の技術シーズをスタートアップのスピード感で社会実装するエコシステムの構築が急務となっている。
しかしながら医療・ライフサイエンスなど膨大な実験・実証を必要とする分野では初期の設備投資が重く、スタートアップの良さを生かしきることが難しかった。京都で長年スタートアップの育成に取り組んできた京都リサーチパーク株式会社は、ライフサイエンス分野に取り組むスタートアップを支援するため、日本初となる時間単位でラボスペース・実験機器を利用できる国内最大級のシェアラボ「ターンキーラボ健都」を2022年4月1日に、京都と大阪のほぼ中間にあたる大阪府摂津市千里丘に開設した。
ターンキーラボ健都はP2/BSL2対応の設備を持つラボであり、細胞培養や遺伝子解析のための必要最小限の機器類が用意されている。研究者のひらめきをすぐ実証へと落とし込むことができる国内初の施設の概要について公開するメディア向けの内覧会が開催されたので、その様子をレポートする。
ターンキーラボ健都の環境と狙い
大阪と京都をつなぐJR京都線の岸辺駅は、大阪から約12分、京都から約24分という好立地にある。吹田市と摂津市は共同でその駅前にあった広大な吹田操車場跡地を国際級の複合医療産業拠点、北大阪健康医療都市(愛称:健都)として開発することに決定した。その中心には国立循環器病研究センターがあり、市立吹田市民病院とともに地域医療の発展に貢献するだけでなく、オープンイノベーションによる新たなヘルスケア産業の創出を目指している。
京都リサーチパーク株式会社は京都駅から1駅の位置にある約6ヘクタールの敷地に18棟のビルからなるインキュベーション施設を運営しており、既に500組織6400人が働く一大イノベーション拠点となっている。関西には世界的な製薬企業が多いことからライフサイエンス分野を注力分野の1つとしており、2016年からはJETRO、京都府、京都市とともにヘルスケア分野のピッチイベントHVC京都(Healthcare Venture Conference京都)を主催してきた。
その取り組みの中で、ライフサイエンス分野のスタートアップ・研究者にはスピーディかつ手軽に実証実験を行えるラボへの強いニーズがあることがわかった。
「通常のラボの賃貸借であれば実験機器の設置や各種手続きなどで実験開始までに半年程度の期間と多額の初期投資が必要になりますが、あらかじめ基本的な実験機器を備えつけましたシェアラボ形式とすることでこの負担を軽減し、すぐに実験を立ち上げて実験に専念していただくことができると考えています。」(京都リサーチパーク 代表取締役社長(当時) 小川 信也氏)
世界最大級のライフサイエンスエコシステムが形成されている米国ボストンには基本的な実験機器が備え付けられたシェアラボが多数設置されており、シーズを持つ研究者がストレスなく事業開発に邁進できる環境が整っている。シェアラボは、人材、技術、資本をつなぐネットワークハブの役割も担っていて、ライフサイエンス産業のインキュベーション施設として大きな役割を果たしています。コロナワクチンを開発したモデルナ社もそのような環境から生まれてきた企業の1つだ。
京都リサーチパークはそのような環境を関西に創出することを目指してターンキーラボ健都を設立した。
「ここ健都には国立循環器病研究センターを中心にライフサイエンス分野の先端研究が集積していて、また大阪府をはじめとした行政により、研究開発、産業競争力強化が図られています。ここに私どもがターンキーラボ健都を開設し、当社の長年のノウハウを生かした快適な研究環境と健都内外へと広がる連携・交流の機会を提供することでライフサイエンス分野のイノベーションエコシステム形成の一翼を担えるのではないかと考えております。」(小川氏)
以前は自社ビルを建設してそこに社員を集めるスタイルの会社経営が一般的だったが、既に都内のオフィスの1.5%はシェアオフィスに置き換わっているとの調査もある。ラボについても設備や連携・交流の機能をサービス享受するビジネスモデルの方が、イノベーションのスピードアップに適していると言えるだろう。
ターンキーラボ健都の3つの特徴
ターンキーラボ健都には3つの特徴がある。1つ目はP2/BSL2に対応した施設であり、対応する細胞培養や遺伝子解析に必要な基本的な実験機器があらかじめ備え付けられていること。そのため、自前で機器購入や設置工事などを行う場合と比べて、初期投資を大幅に抑えることができる。また、煩雑な届け出や工事にかかる時間も削減でき、すぐに新たな技術シーズにつながる実験を開始することができる。
2つ目は設備・機器を時間単位で借りることが可能で、月に数時間といった限られた実験スタイルにも対応できる複数の利用プランが用意されていること。必要な時に必要な時間だけリーズナブルな価格で利用ができる。また、受け付け、消耗品購入、機器メンテナンス等煩わしい施設管理や備品管理を行うラボマネージャーが平日常駐し、研究に専念できる環境を提供してくれる。
「研究者は(ターンキーラボ健都を)24時間365日利用することが可能となっている。施設を管理するラボマネージャーは平日の9時から17時まで受付にいて、利用者のお世話をさせていただく。17時以降の実験は予約届け出をしてもらうことになる。たとえば吸い込んだら意識を失う薬剤を使っての研究など、危険性の高い実験はラボマネージャーがいないときにはお断りするという形で運営させてもらう予定。」(京都リサーチパーク株式会社 新事業開発部 部長 味岡 倫弘氏)
3つ目はターンキーラボ健都が国研や多様な企業が集積する都心近郊に立地していることで、共同研究や交流を促進し、人材の確保にも有利となる。また、立地の良さを最大限活用し、研究者にとって有益な情報や意見交換ができる場づくりができるよう、交流会や勉強会を開催する予定としている。
本施設は3つの区画に分かれており、一般実験エリアでは生物を用いない幅広い実験が行えるよう、24席の実験ベンチや局所排気装置、あるいは遺伝子の濃度を測定するNanodropやコロナウィルスの検出などに用いられるRT-PCRなどの実験機器が設置されている。また、6畳程度の面積の個室が2つ用意されている。
P2/BSL2実験エリアは入室時に白衣を着用し、靴を履き替えて入室することになる(内覧会時は運用開始前であったため着用せず)。無菌操作を行う安全キャビネットが4台、簡易局所排気装置が1台、蛍光顕微鏡が1台設置されており、遺伝子組み換えを行った動物細胞や幹細胞等を用いた実験が可能になっている。
これら2つの実験エリアをつなぐ中央エリアには研究者同士の自由な交流の場となるサロンや会議室、ロッカールームなどが設置されている。
利用料は月額制になっており、利用プランに従って毎月一定の料金を支払ってポイントを購入し、そのポイントを消費して実験ベンチや機器類を時間借りして使用する。利用プランは4種類あり、ミニマム(月額33,000円)、シンプル(月額110,000円)、バリュー(月額198,000円)、フル(月額275,000円)となっている。実験に必要な時間や装置によって最適なプランは異なるので、利用を検討する場合はターンキーラボ健都に問い合わせて欲しい。
坪井所長インタビュー
ターンキーラボ健都の概要説明に続いて、質疑応答および施設の内覧ツアーが実施された。さらにツアー後にターンキーラボ健都所長の坪井秀憲氏に直接インタビューをする機会を得たので紹介する。
■質疑応答
Q:健康食品のメーカーには機能性表示をするための研究施設を探しているところも多い。ターンキーラボ健都は食品の有効性や素材の安全性についての研究、(食品の)開発試作といったことも視野に入れているのか。
A:当施設は幅広く研究を行えるよう研究分野を選定している。食品業界についてもコンセプトの確認や薬効の確認といった初期のステージでご利用いただけると思っている。(味岡氏)
機能性表示食品を取得するには論文の提出が必要になるが、その際の実験として安全キャビネットの中で細胞に薬剤を添加して薬効を確認したりデータを出すといったことがこのラボで全部できる。食品業界や化粧品業界の方がラボはないけどちょっと実験をしたいというときに使って頂けたらと思っている。(坪井所長)
Q:同時に利用可能な人数はどのくらいか
A:登録ユーザーが70名くらいになると実験ベンチや機器が満席状態になると想定している。(味岡氏)
■坪井所長インタビュー
――ライフサイエンスのラボを作るにあたり、遺伝子組み換えや微生物を扱うことに関して住民から不安の声はなかったか。
坪井所長(以下、敬称略):周囲が更地だったこともあり、そういった反応はなかった。国立循環器病研究センターが既にあったということもそういう反応につながったのだと思う。また、この施設はP2レベルであり、ターゲットとなる実験対象は健康食品や化粧品になる。そういう日ごろ使っているものだということも、住民の理解を得る助けになったと思う。
――この地域は健康都市を目指した街づくりをしているとのことだが、ヘルスケアを扱う企業がもっと増えてくるとターンキーラボ健都のようなスペースはもっと増えてくるのではないか。
坪井:周りにヘルスケアの企業が集まり、ターンキーラボ健都が一杯になるようなら、さらに隣の空き地にも(ターンキーラボを)出そうか、といった話になるかもしれない。(現時点では)日本の企業は自前主義が多いが、企業の成長とともに外部の施設も使っていこうとなると思う。これからが楽しみ。
――大学の研究室からスタートアップが生まれ、成長したら大企業が資金を出し、そしてまた新たな研究が大学から出てくる、といったイノベーションエコシステムが期待されている。シェアラボという形態はそれにマッチしていると思うがどうか。
坪井:今問い合わせを貰っているお客様の中にもそういった方が多い。大学の研究室自体はお金がないし科研費にも縛りが多く使いにくい。なのでそこからスピンアウトしたスタートアップが、成長したいが大きな投資はできない、というところに我々を使ってもらって成長していく。そういうエコシステムの一部になりたいと思っている。
――成長するスタートアップを誘致したい自治体とも協力体制が作れるのではないか。
坪井:そうしたいと思っている。自治体と連携できれば企業の側も安心してターンキーラボ健都を利用できるようになるだろうし、実現したい。
吹田市と摂津市が開発を進める健康医療都市「健都」はオープンイノベーションによる医療クラスターの創出を目指しており、企業同士の交流や連携を育むネットワーキング機能に特徴を持つターンキーラボ健都がそこで果たす役割は小さくない。健都から世界に羽ばたくスタートアップが輩出されることを期待する。
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります