評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
『John Williams: The Berlin Concert』
Berliner Philharmoniker、John Williams
2020年のジョン・ウィリアムズ/ウィーン・フィルの協演はたいへんな話題を呼んだが、続いてベルリン・フィルとも協演。90歳にして大進撃だ。2021年10月、ベルリン・フィルハーモニーでのライヴ録音が、この2月8日のジョン・ウィリアムズの誕生日を記念してリリースされた。お馴染みの「スター・ウォーズ」「スーパーマン」「レイダース」「ハリー・ポッター」「E.T.」……の名メロディが、次々と演奏される。
せっかく、ジョン・ウィリアムズがウィーン・フィルとベルリン・フィルを振ったのだから、世界最高と言われるオーケストラはどう違うかを検証したみた。ウィーン・フィルの恒例のニューイヤー・コンサートはオーケストラ、会場、曲目が同じで、指揮者が毎年違う。なので、指揮者の個性が比較で分かる。
今回は指揮者と曲目が同じ、オーケストラと会場が違う。ウィーン・フィルはムジークフェライン・ザール、ベルリン・フィルはベルリン・フィルハーモニーだ。会場込みで、オーケストラサウンドはどう違うか、サウンドだけでなく表現の姿勢も探った。
1『ジュラシック・パーク』のテーマ
ベルリン・フィルは荘厳で壮麗。スケールの大きさと、細部までの丁寧な描写が両立している。ディテールまで、ひじょうにクリヤーに、そして雄大に語られる。金管の活躍も目覚ましく、音楽が躍動し、前進力が強い。さすがは雄暉で、ハイエネルギーが美質のベルリン・フィルだ。
ウィーン・フィルは冒頭のホルンからして、まったく違う。実にすべらかで柔らかいのである。木管も弦も、ウィーン・フィルならではの典雅な美音。ベルリン・フィルは、クリヤーなベルリン・フィルハーモニーの会場の響きを通して、細部を積み重ね大伽藍を建築する音構造だが、ウィーン・フィルはムジークフェライン・ザールのソノリティの中に音全体を包み込み、その総和としての響きを実にしなやかに、麗しく聴かせている。クリヤーで、現代的、デジタル的なベルリン・フィルとは対照的な柔和で、古典的、そしてアナログ的なウィーン・フィルだ。
2『未知との遭遇』から抜粋
不協和音が連続するスコアを、ベルリン・フィルは驚くほどの正確さとアンサンブル能力で描き切る。作曲者の意図をそのまま再現する能力は凄い。始まりから3分までの不協和音の連続を経た弦の旋律の質感は現代的。
不協和音のテンション感を強調するベルリン・フィルに対し、どんな不協音でも暖かいのがウィーン・フィル。かなり和音が激突しているが、その衝撃は典雅でスウィートな響きで修飾され、まさに「ウィーン・フィルの未知との遭遇」になる。不協の連続を経た弦の旋律は、実にウィーン的だ。
3『スター・ウォーズ エピソード5 / 帝国の逆襲』から 帝国のマーチ
ベルリン・フィルは、もの凄い迫力と恐怖が迫り来る衝撃感を聴かせる。ジョン・ウィリアムスがスコアに書いた感情表現をさらに倍化し、恐怖感を増幅する力がベルリン・フィルには備わっている。細部まで切れ込みが鋭く、金管と打楽器の進行力は、ひじょうにパワフルだ。解像度も高く、スコアにある、あらゆる音がディテールまで捕捉されている。
ウィーン・フィルでは怖い曲なのだが、ベルリン・フィルのように機能を総動員して、これでもかというように恐怖を分厚く打ち出すのではなく、オーケストラが持つ暖かさ、しなやかさ、潤い感……などのヒューマンなテクスチャーが、単に恐ろしいだけでなく華麗さ、エンターテイメントさ……という、わくわくするような感情も呼び起こしている。ホルンの響きも美的だ。これもまったくベルリン・フィルと違う質感で、その違いこそが、二つの世界最高オーケストラの個性だ。
FLAC:192kHz/24bit、MQA:192kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
『Feel Like Making LIVE!』
Bob James
80歳を超えたボブ・ジェームスの最新作。これまでのソロ / Fourplayでの代表曲をセルフ・カヴァーしたスタジオ・アルバムだ。WOWOWでは、本録音のマルチトラック音源を元にAuro-3Dのイマーシブサラウンドにミックスし、香港のEvosoundからUHDBDアルバムとして発売された。本ハイレゾは2チャンネルだ。
最新録音だけあり、極めてクリヤー。「1.Angela」ではセンターに位置するボブ・ジェームスのフェンダー・ローズの音が上質で、伸びがいい。エレピらしい音色の機微と、即興的なフレーズに立ち登る個性的な香りがリスニングルームに漂う。「7.Nautilus」は、ボブ・ジェームスのアコースティック・ピアノとドラムスの協演。冒頭のドラムスからして、ひじょうに精緻で、音の立ち上がり/下がりが明確だ。ピアノの即興に絡むドラムスが衝撃的。タイトルチューン、「10.Feel Like Making Love / Night Crawler」は重いベースに乗るフェンダー・ローズの快感的なサウンドに酔う。名人芸と録音芸術を堪能するアルバムだ。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
MQA Studio:96kHz/24bit
5.1 flac:96kHz/24bit、5.1 WAV:96kHz/24bit
7.1 flac:96kHz/24bit、7.1 WAV:96kHz/24bit
Evo sound、e-onkyo music
『America』
Daniel Hope、Zürcher Kammerorchester
イギリスのヴァイオリニスト、ダニエル・ホープがアメリカ音楽に挑戦。ガーシュウィン、コープランド、バーンスタイン、クルト・ヴァイル、フローレンス・プライス、デューク・エリントン、サム・クックによるクラシック、ジャズ作品を探究する。
楽しい!ダニエル・ホープはレパートリーの広さでも知られるが、アメリカのライトジャズ系統の曲を抜群のおしゃれなセンスで聴かせる。もともと軽快で、上質なサウンドの持ち主だけあって、スゥインギーな進行が、耳をくすぐってくれる。
ジョイ・デナラーニの歌をフューチャーした「6.Cooke: A Change is Gonna Come」のヴォーカルと絡み合う、しゃれたヴァイオリンソロも素敵。バーンスタインの「9.Bernstein: West Side Story Suite - III. Tonight 」は、まるで歌い手のような振幅の大きなヴィブラートと、スウィートでメローなヴァイオリン音に身も心もとろけそうだ。「22.Weill: American Song Suite - IV. Mack The Knife 」の軽妙な歌いの面白さ。そして最後を飾る「Ward: America the Beautiful」のスウィートな荘厳さで、アメリカに対する敬意と誠意を示す。2021年6月、2021年7月1日にチューリヒとベルリンで録音。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Deutche Grammophon(DG)、e-onkyo music
『Unforgettable...With Love』
Natalie Cole
ナタリー・コールの大ヒットアルバム『アンフォゲッタブル』のハイレゾリマスター。1991年に発売され、全世界で1,400万枚以上のセールスを記録し、グラミー賞で7部門を受賞した世紀の名アルバムのリリース30周年記念の再発だ。90年代に耳がたこになるように、何回もCDで聴いたアルバムだ。今回が初ハイレゾとは驚きだが、これによりナタリー・コールのグロッシーさと、表現力の豊潤さがさらに磨かれた(より本物に接近した)ことに大いに喜びを覚える。「1.The Very Thought Of You」の艶めかしさ、「2.Paper Moon」の軽妙さ、「4.Mona Lisa」のディープさ、「22.Unforgettable」のインティメットな父子デュエットも懐かしい。世界遺産的な名アルバムがハイレゾで再登場する意義は、大きい。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Craft Recordings、e-onkyo music
『恋におちて-Fall in love- / 夏の終わりに BESTタッグ』
小林明子
ソニーミュージックの懐かしのJ-POP「BESTタッグシリーズ」。1970年代から2010年代のヒットソングをアーティストごとに2曲ずつハイレゾ化した。第1弾(27タイトル)が2022年2月22日、第2弾(26タイトル)が2022年3月9日、第3弾(26タイトル)が2022年3月23日---と、全79タイトルの158曲のほとんどが初のハイレゾだ。この中から小林明子の「恋におちて-Fall in love」を聴く。目が覚めるような鮮烈な音。もともと歌謡曲のような人工的なイコライジングがされていないので、ハイレゾ向き。カノンコードの気持ち良い下行が、ハイレゾでさらに気持ち良く聴ける。ヴォーカルだけでなく、バックのオーケストラのテクスチャーも素晴らしい。ヴォーカルのリバーブも適切で、小林明子の表現を上手くサポートしている。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Music Direct(Japan)、e-onkyo music
日本フィルハーモニー交響楽団 アシスタント・コンサートマスター、千葉清加のファースト・アルバム「Touche le coeur(意味は「心に触れる」)。サン=サーンス、フォーレ、ラヴェル、ドビュッシーのフランス・ヴァイオリン名曲集。ピアノはパリ在住の上田晴子。実にしなやかで感情豊かな、美しいヴァイオリンだ。歌いの滑らかさ、響きの豊饒さ、リッチな色彩感が、このヴァイオリニストの豊かな感性を物語る。質感の色気、繊細さ、倍音の豊潤さ……に感動。稲城アイプラザの豊かな響きのソノリティがヴァイオリン、ピアノともに共通する。2021年8月30-9月1日、稲城アイプラザで収録。
FLAC:192kHz/24bit、96kHz/24bit
WAV:192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:11.2MHz/1bit、2.8MHz/1bit
EXTON、e-onkyo music
『Black Radio III』
Robert Glasper
ブラック・ミュージックの先端の地平をコンパイルした『ブラック・レディオ』の最新作だ。ゲストが豪華。今回はラッパーとブラック。「1.In Tune(feat. Amir Sulaiman)」からは言葉の迫力と語りの迫真感が聴ける。センターに位置するAmir Sulaimanがボディ剛性が強いトルクフルな音像で迫る。語りの圧力も感じる。「2.Black Superhero」はまさにラップ。オスティナートのバンドを背景に、ブラック・スーパーヒーローにまつわる多彩で、多情報のここでも言葉が紡ぎ出される。しかも重唱だから3人が左、中央、右にラップが音像展開している。録音は極上。ヴォーカルがひじょうに明瞭。バックのバンドもクリヤーだ。
FLAC:96kHz/24bit、MQA 96kHz/24bit
Loma Vista Recordings、e-onkyo music
1995年、ポーランド人の両親のもと、カナダで生まれた天才ピアニスト、ヤン・リシエツキ。13歳&14歳の時の音楽祭での演奏が、ポーランド国立ショパン協会からリリースされCDデビュー、15歳でドイツ・グラモフォンと契約し、17歳でショパン:練習曲集(全曲)をリリースしている。昨年のショパン:夜想曲に、私は「豊かなニュアンス 悠然としたテンポにて、これほど感情豊かで、心に突き刺さるノクターンが聴けるとは」と評した。
今回はモーツァルト、ラヴェル、シューマンの作品で構成された「夜の音楽」。感情表現をピアノでの音色変化、フレージングの細かな綾の変化にして、音として聴かせるテクニックは抜群だ。モーツァルトの「キラキラ星変奏曲、Mozart: 12 Variations in C Major on "Ah, vous dirai-je Maman", K. 265/300e」を全曲聴こう。
12の変奏のそれぞれに愛情と優しさに溢れた「キラキラ星」だ。テーマの麗しさ、第1変奏のヴィヴットさ。第2の流れるような円滑さ、第3の弾けの色彩感、第4の低域の弾力感、第5の優しい躍動、第6の野を駆る疾走感、第7の寄せては返す波のようなリピート芸、第8のハ短調の寂寥感、第9テーマ再来の懐かしさ、第10のダイナミックレンジの広大さ、第11のピュアなナチュラルさ、第12のフィナーレは突き抜けた華麗さ。ライブ収録だが、ソノリティが良く、音像はとてもクリヤー。響きと直接音のバランスも好適だ。
FLAC:48kHz/24bit、MQA:48kHz/24bit
Deutsche Grammophon(DG)、e-onkyo music
南カリフォルニア大学のジャズ・スクールにて結成された3人編成の、それぞれが複数の楽器を受け持つ多重録音バンド、ムーンチャイルドの最新アルバム。「1.Tell Him」はセンターにドラムスとベースが大きな音像で位置する印象的なナンバー。先行シングルの「10.Love I Need (feat. Rapsody)」も衝撃的なドラムスとベースから始まり、セクシーな掠れ声の女性ヴォーカルが歌を紡ぐ。ジャスとR&B、ヒップホップを融合させた曲調が、冴える。音像はドラムスとベースがとにかく目立ち、ビートを強調している。異なるジャンルの融合、音像どおしの融合が快感的。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
Tru Thoughts Records、e-onkyo music
アンドリス・ネルソンスとライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によるブルックナー・シリーズのファイナルアルバムだ。ブルックナー交響曲全集完結のめでたいアルバムの冒頭に「「トリスタンとイゾルデ」前奏曲を配置した意味と意義を考える。2021年5月にライプチヒ・ゲバントハウスにての録音だが、これはコロナ禍真っ最中のタイミングだ。まさにトリスタン和音に象徴される危機と混迷の時代にあって、その響きの持つ意味と深さを体感させてくれる名演だ。冒頭の第1小節の熱いクレッシェンドを聴くだけで、その思いが伝わってくる。
スケールの雄大さと、各プルトの質感の良さが両立した名録音だ。弦、木管、金管のバランスが良く、FFでは音響的な包み込みが、現場的な臨場感を高める。ゲバンドハウスの会場のソノリティの美しさも、本アルバムの価値を高めている。ある程度離れた距離から客席で聴いているような空気感が感じられる。現場的なソノリティだ。オーケストラの奥行きも深い。2019年5月、 2020年11月、2021年5月、ライプツィヒ、ゲヴァントハウスで録音。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon(DG)、e-onkyo music
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