ゲームエンジンが変えたもの
濱中 まつもとさんは、ゲームエンジンはアニメ業界の何を変えたと見ていますか?
まつもと まず、ゲームの作り方を変えました。私は2011年の東日本大震災直後に開催された「福島Game Jam in 南相馬」を取材したのですが、ゲームエンジンを使うと一泊二日でゲームがサクッとできてしまう、というのを目のあたりにしまして。
大前 僕もそこいましたよ、福島Game Jam。
まつもと あっ、大前さん、現場にいらっしゃっていた!
大前 まさに30時間でゲーム作ってました(笑)
まつもと その後、ゲームエンジンを意識したのは東映アニメーションの野口光一さんが『正解するカド』で巨大オブジェクトを作る際にすごく悩んだとお聞きしたときですね。結局、宇田さんも野口さんも「最初は背景に使用した」いう共通点が面白いなと。
大前 『正解するカド』も『HELLO WORLD』も両方レイマーチングという手法を使った絵作りなんですよ。2つの作品で背景美術に求められたのは「見たことがないもの」かつ「手で描けないもの」だったそうです。要するに、数式で絵作りができる、しかもクリエイターが自由にコントロール可能、みたいなところが1つの面白さだったのではと思います。
まつもと 逆に言うと既存のもの、つまりキャラクターの動きはどうしても手描きとの比較になっちゃいますからね。でも不思議ですよね、たとえばゲームに登場するキャラクターは違和感がないのに、いざアニメーション映像として見るとなんか物足りないというか、作画と比べてしまうという。宇田さんは当時、その限界みたいなものを感じられたりもしたわけですよね?
宇田 まさに5年前は、うちのアニメーターを連れて実際にゲームエンジンを使われているゲーム会社まで行って、色々聞いてみました。僕は使ってみたい気持ちが強かったのですが、アニメーターやクリエイターは「ダメだこれは」「全然使えん」と。そこで一旦パシッと終わっちゃいました(笑) たぶん「モノづくりに対する感覚が違う」と当時のアニメーターは感じたのでは。
ただ、このあいだ大前さんと話しながら、すべてに使えるかどうかは置いておいて、アニメーターが感覚的に自分がやりたいことをペンと紙だけではなく、ゲームエンジンを使って実現するという未来は遠くないかなと。ただ、今の段階で使いこなせている人は圧倒的に少ないという印象はありますね。
濱中 アニメ制作会社の経営者である宇田さんがゲームエンジンを選択するということは、何かしら効率化やコスト削減につながっているわけですよね。
宇田 僕はもともと電機メーカー出身なので、仕事である以上、すべてにおいて効率化を図らねばならぬという思いがあります。電機メーカーの場合は「これまで1時間に10個作れたものが、1時間に100個作れるようになりました」というように、効率化が目に見えるわけですけれど、アニメ業界では「1時間に10枚描けたところを100枚にしたので効率化を図れました」は難しい。
僕は「アニメ業界の効率化とは?」を考えたときに、「自分が描きたいものをなるべく早く正確に描けること」だと思っています。今はもちろん、紙とペンが一番早いのですが、ゲームエンジンをはじめとするデジタルツールを使いこなすことで早く正確になるのであれば、それは使ったほうがいいでしょう。僕が5年前に目を付けたときは、「まだそこに至っていない」というのがアニメーターの判断だったのですが。
その後、大前さんやEpicの人と話してみると、ツールとしては結構色々できることがわかってきたこともあり、やはりクリエイティブはデジタルツールで効率化が図れるのではないかと思い始めています。
濱中 あらためて可能性が見えてきた。
宇田 そうですね。もともとの効率化は、レンダリングが早くなることで電気代やハードウェア代が抑えられるという意味もあったのですが、結果的にはクリエイティブの効率化をデジタルツールで図ったほうがいいのではと思うようになってきたというのはありますね。
まつもと いま宇田さんは生産数の話をされましたが、アニメの世界、特に作画で一番コストがかかるのってリテイクですよね。リテイクが重なることでコスト(=人件費)が嵩み、あっという間に赤字になってしまう……。アニメ制作会社にいたときには、そんな事例をいっぱい見てきました。おそらく宇田さんは、より数字面からはっきり見えていたと思います。
翻ってゲームエンジンを使えば、リアルタイムの描画を即プレビューできます。これはリテイクを減らすことにもつながるから理想と言えば理想なんですよね。
宇田 そうですね。
まつもと ただ、5年前はリテイク以前に達成されるべきクオリティーに達していなかったので導入できなかったと。でも今、たとえばさっきご紹介した『HELLO WORLD』の記事にしても海外の事例にしても、指摘されているのはシェーディング、影の付け方の部分だけですよね。
だから、もう導入可能なレベルの近くまで届いている。あとは宇田さんが仰ったような「人材をいかに育成していくか?」というフェーズにそろそろ移行しつつあるのかなと。
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