カメラをほぼ使わない自動運転が登場
レベル4相当とのことだがその実力は?
すっかり秋めいた10月下旬、東京のお台場エリアにおいて「SIP自動運転 実証実験プロジェクト試乗会」が実施された。SIPとは「戦略的イノベーション創造プログラム」の英文からきた呼び名で、科学技術イノベーション実現のために2014年度からスタートしている国家プロジェクトだ。様々なジャンルの科学技術のイノベーションを目指すが、その中に自動運転技術も含まれている。今回は、そうした日本の最新自動運転技術を披露する場としての試乗会が開催されたのだ。参加したのは、トヨタやホンダ、日産といった自動車メーカーだけでなく、ヴァレオやコンチネンタルなどの国際的サプライヤー系もあって、それぞれの最新技術を搭載した車両が用意されていた。
そんな中で、ユニークな挑戦をした技術を紹介したい。それが、フランスのヴァレオが持ち込んだ「非ビジョンシステムによる自動運転(レベル4=場所を限定しつつも、人間が運転に関与しない完全な自動運転)」だ。
何がユニークかというと、自己位置の測定を、ほぼカメラなし=「非ビジョン」でやるというのだ。通常の自動運転は、カメラやレーダー、それにライダーと高精度3D地図とGPS(GNSS)など、複数のセンサーを組み合わせるのが常套だ。
ところが、ヴァレオはレーダーをまったく使わず、カメラもごく一部だけで、主に使うのはヴァレオが車載用に開発した最新の3Dレーザースキャナー(通称:ライダー)「Gen2 Valeo SCALA」の一つと、「高精度3D地図とGPS(GNSS)」、そして「信号機V2X」だけ。これで、レベル4の自動運転に必要な自己位置測定を行なうという。ヴァレオは、自動運転システムを「Drive4U」と呼んでおり、この自車のいる場所を測定する技術を「Drive4U Locate」と呼んでいる。
ごく一部だけ使うというカメラは、交差点などに設置してある1mほどの金属製のポールを人間と見分けるために利用するのみ。それ以外では、ライダーと高精度3D地図とGPS(GNSS)の情報のすり合わせだけで、自分のいる場所を割り出すのだ。
ライダーは無数の点状の赤外線光を投射して、その戻ってきた点群のデーターで周囲を観察する。周囲を立体で把握することができるのが特徴だ。また、路面にある白線には反射材が混ざっているため、これも赤外線光で認識することができるという。交通標識は、その中の記載事項は判別できないが、どこにあるのかは認識できる。その情報と高精度3D地図をすりあわせれば、制限速度や進入禁止などの交通標識もわかるというのだ。
ただし、信号機の青や赤の見分けはライダーではできない。そこで利用するのが、信号機からの信号を受ける、いわゆる「V2X」だ。これで信号を守った走行が可能となる。ただし、周囲にいる他車両や歩行者の認識は、クルマの周囲に備える6つのライダーが担う。今回の開発テーマは自分の位置をひとつのライダーだけで割り出すこととなる。
今回の試みは“世界初”
だが雨模様でライダーには厳しい条件
ドイツやアメリカ、中国など、世界中で自動運転技術の開発を進めるヴァレオであるが、“カメラなし(非ビジョン)”で、“市街地”を、“V2Xを使って”という組み合わせで、レベル4の自動運転を行うのは、この東京での試みが初めてとのこと。いわゆる世界初の挑戦だ。ちなみにV2X用の通信機能を持つ信号機は、SIP主導で、東京のお台場エリアに試験的に設置されたもの。このV2X用の環境が整っていることも、今回の挑戦を実施する理由の一つと言えるだろう。
コースは、フジテレビやパレットタウン、東京ビッグサイトなどのお台場エリアを周回する約6.3㎞。新交通「ゆりかもめ」の高架の下を走る部分も多い。こうした高架下はGPS(GNSS)の精度が悪い。また、試乗会当日は小雨があった。実は、赤外線光を使うライダーは、霧や大雨を苦手とする。そういう意味では、雨の高架下のお台場は、難易度の高いコースともいえるだろう。
ではなぜ、ヴァレオはレーダーやカメラをほとんど使わず、非ビジョンでのレベル4の自動運転に挑戦したのだろうか。
「レベル3や4、5といった高度な自動運転では、センサーにバックアップがないとまずいことになります。いわゆる冗長性を確保したいというのが狙いです」とヴァレオのスタッフは説明する。レベル3以上の自動運転では、システムが運転を担っているとき、ドライバーは周囲の監視も何もしないのが基本だ。万一、故障したり調子が悪くても、ドライバーが助けてくれない。そのために二重三重のバックアップ体制が必要となる。そこでライダーだけで高度な走行が可能となれば、より自動運転の信頼度がアップする。
もちろん、最新のライダーをヴァレオが開発し、量産化したというのも理由のひとつだろう。今回の試乗車に使われる最新のライダーは、今年中に欧州で新型車への搭載が予定されているモノ。プロトタイプではなく、車載用として量産化されているものだ。その製品を使った自動運転を披露できれば「ヴァレオのライダーがあれば、カメラやレーダーが万一故障しても、自動運転が続行できる」ことが証明されるというわけだ。
まだ荒削りな部分があるが
自動運転がすぐそこまで来ていると感じさせた
では、実際のライダー中心の自動運転はどうであったのか。車両は、レンジローバー・イヴォークをベースに、ライダーやカメラなどの多くのセンサーを搭載する実験・開発車両であった。プログラムも先行開発品という内容だ。そのため、約20分の試験走行中に、何度かのエラーが発生した。そのたびに運転席にいたスタッフが、運転をカバーしたのだ。
だが、その数回のエラーを除けば、ヴァレオの自動運転車は、立派にレベル4でコースを走り切った。まわりはトラックや商用車などの一般車だらけで、自転車やオートバイ、歩道を渡る歩行者もいた。2車線道路から3車線道路、路上駐車、バスなどもいる中で、車線の中をはみ出さずに走った。見通しの悪い交差点での右折もこなしたのだ。もちろん信号を守り、停止線の手前できれいに止まっている。
レベル4での自動運転に求められる、自車位置推定精度は、10数cm以下といわれている。それほど精密に自車位置を割り出さないと、隣の車線に進入したり、停止線を守れないなど、危険な状況になってしまう。しかし、ヴァレオの自動運転車は、そんなことなしに走り切ったのだ。
もちろん、まだまだ粗削りだなと思う挙動もあった。しかし、レーダーとカメラなしという、あえて難しい条件下であることを考えれば十分以上の成果なのではないだろうか。量産車に技術が利用されるときは、当然、ライダーのみということはなく、カメラやレーダーと組み合わされることだろう。そこでライダーの性能が高ければ、それだけ自動運転走行の洗練度が上がることになる。
今回は、そんなライダーのポテンシャルの高さを実感することができた試乗だった。
筆者紹介:鈴木ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。
最近は新技術や環境関係に注目。年間3~4回の海外モーターショー取材を実施。毎月1回のSA/PAの食べ歩き取材を10年ほど継続中。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 自動車技術会会員 環境社会検定試験(ECO検定)。
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