北アルプス国際芸術祭は長野県北部の大町市で2017年、アートによる地域活性化を目的に、57日間にわたる第1回を開催。来場客数は5万4395人を数え、長野県内への経済波及効果は10億円と計算されている。2回目となる今回は、昨年の2020年5月開催を予定していたが、コロナ禍で1年4ヵ月延期され、2021年10月2日、「北アルプス国際芸術祭 2020 - 2021」として開幕した。芸術祭実行委員会は延期を乗り越えて、「このような時だからこそ、多くの人を惹きつけ、人はさらに多くの人を引き寄せるという“アートの力=芸術祭”が必要であると実感いたしました。皆さまに安全・安心して芸術祭を楽しんでいただけるよう準備を行ってきました」とようやくスタートするアートフェスの意義を強く訴えている。
美しい秋、最高のシーズンが始まった長野の地に、地域の歴史や文化、言い伝えや地元の人の暮らし、激しい造山活動による地理、地形の不思議など様々な多層レイヤーと深く繋がった国内外のアーティストの作品を、早速体験してきた。理事を務めるメタ観光では、多層レイヤーが土地の魅力を引き出す楽しさを訴えてきたが、この芸術祭では堪能することができる。
大町市は、信濃大町と呼ばれ、長野県北西部に位置する。西は富山県、北は白馬村と隣接し、市の西部には、標高3000m級の山々からなる北アルプスがあり、東部にも1000m級の山々が連なる。また、北部には、仁科三湖と呼ばれる3つの湖があり、糸魚川静岡構造線活断層系が走っている。平安時代には、豪族仁科氏が伊勢神宮領の荘園「仁科御厨」と皇室領の荘園「仁科荘」を治めており、鎌倉時代には、仁科氏の城館「天正寺館」を中心に京を模した市場町が形づくられた。江戸時代には、千国街道(糸魚川街道、松本街道)の宿場・大町宿として栄え、塩の道など物流の中継地点となった。このように、自然や文化、歴史の詰まった土地に、今回は11の国と地域から36組のアーティストが参加し「水・木・土・空」をコンセプトに、仁科三湖エリア、ダムエリア、源流エリア、東山エリア、市街地エリアの5エリアにアートを展開している。
10月2日の開会式は、サン・アルプス大町で開かれ、実行委員長の牛越徹・大町市長、名誉実行委員長の阿部守一・長野県知事、総合ディレクターで、新潟県の大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭で知られる北川フラムさん、ビジュアル・ディレクターで、フィンランド語で蝶の意味であるペルホネンから来るブランド「ミナ・ペルホネン」で人気の皆川明さん、そして国内の参加アーティストらが出席した。牛越市長は「コロナが地上からなくなることはなくウィズ・コロナを生きていく。そんななか、アートは多くの人を勇気づけ、人を惹付ける。この力でコロナ禍を乗り越えていく」と開催の意味を語った。
各エリアの魅力をまとめてみた。”説明”は、北アルプス国際芸術祭より。
【ダムエリア】
”大町市はアジア最大級の土木建築物である黒部ダムの玄関口であると同時に、北アルプス山麓の源流部に大町ダム、七倉ダム、高瀬ダム等を有しています。このエリアをアートによって、あらたな視点でダムの歴史や意義、造形の美しさを体感することで、新たな観光資源の創出を目指します。”
●玉置メモ/このエリアの空間は圧倒的で神秘的。深い森と自然の恐るべき造型、巨大人工物が作品と語り合うさまは必見です。巨岩、仙人岩も、岩石や土砂を積み上げて建設する型式のロックフィルダムの代表格、高さ125mの七倉ダムも、アート以前に圧巻だが、トム・ミュラーや磯辺行久の大胆なアプローチにより、まるで昔からあったかのように自然なのだけど全く違う景色を出現させている所にアートの力を感じさせます。
トム・ミュラー[スイス / オーストラリア]
「源泉〈岩、川、起源、水、全長、緊張、間〉」
設置場所/高瀬渓谷仙人岩
”高瀬川の上流から流されたと考えられている全長22m、高さ9mを超える巨大な仙人岩。傾いているように見える岩石によってできた洞窟には、不滅の仙人が住み、悪魔から地域住民を守っているという言い伝えがある。この洞窟は長い年月をかけて川が岩を削り取ってできたと言われており、作家は川と岩石の相互関係を表現するために、ポンプで川から水を汲み上げ、岩の頂上から放出して人工の滝をつくる。また、岩の底面からは霧発生器によって蒸気が発生し、仙人岩の精神が呼び起こされる。観客は1日に数回、その光景を目撃することができる。”
霧発生時間:土日祝日 13時30分~、14時30分~、15時30分~、16時30分~
助成:オーストラリア大使館
磯辺行久[日本]
「不確かな風向」
設置場所/七倉ダム
”1970年代から環境計画のパイオニアとして仕事をし、近年は自然環境の変化と地域社会の関係を主題とする作品を発表する磯辺。この地域に特有な環境資源である風、霧、地下水、また河川への影響に着目し、七倉ダムの周辺環境とその変化をテーマとした。エコロジカル・プランニングの手法にもとづき実際に測量調査し収集した風の流れのデータを視覚化することで、長い時間をかけ水や風、さまざまな自然の流れが変わっていく現象を150m×300mのライフ・サイズにして現場で体験する。”
【仁科三湖エリア】
”大町市の北の玄関口となる仁科三湖は、古くは塩の道と呼ばれた道筋に位置する3つの湖からなるエリアで、北から長野県有数の深度と透明度を誇る青木湖、四季折々の景観を湖面に映す中綱湖、そしてアートやスポーツのアクティビティーが豊富な木崎湖が並ぶエリアです。”
●玉置メモ/マーリア・ヴィルッカラが中綱湖を故郷フィンランドの湖沼地帯に見立てた、まさに、メタ観光そのものともいえるアート世界は、湖や小道、小屋、水たまりなど環境を活かした作品だが、非常に繊細に織り込まれた表現は人によって気づいたり、見逃したりする作品で実に面白い。
マーリア・ヴィルッカラ[フィンランド]
「何が起こって 何が起こるか」
設置場所/中綱湖畔の空き家
”作品の舞台となる中綱湖は、地震で湖に流された寺院の鐘の音が今も聞こえてくるという古い伝説をもち、またその湖畔は海と山とつなぐ、江戸時代に海陸の物質を運ぶのに使われた「塩の道」が通る。作家はこの伝説と中綱湖の自然、歴史に触発され、水と塩をテーマとした2つのコテージの作品を中心に、湖に浮かぶ舟や湖畔のベンチ、石仏、鐘の音など、湖畔を散策しながら過去と未来を交差させる作品を展開する。
「近所を散歩し、塩の道を歩き、2つの家に入り、共に想う - 古い伝説を。 過去があり、未来がある。もし私のルーツがここにあるとしたら?この場所で世界を感じ、何が起こって 何が起こるか」”
【市街地エリア】
”大町市街地は、かつて塩の道千国街道の宿場町として栄えたことで有名です。古い水路が多く残っており、趣深い町屋作りの家々の床下を流れる風景など、随所に小さな発見や驚きが潜んでいます。そんな街並みのなかに融合する現代アートを巡って、地図を片手にゆったりと歩けば、ふたつの時代を行き来するような独特の雰囲気を味わうことができるエリアです。”
●玉置メモ/市街地なので、旧大町北高等学校や、商店街の蔵や空き店舗、若一王子神社、農具川沿いの空地などバラエティに富んだシチュエーションが楽しめる。若一王子神社の宮永愛子氏は大好きなアーティストだが、国立国際美術館での個展以来、長い付き合いで、二条城や瀬戸内海の島、湯島聖堂など、様々な空間で向き合った作品を見せてもらっている。今回の作品も暗闇から光や風の通る空間に開いた作品が面白い。
宮永愛子[日本]
「風の架かるところ」
設置場所/若一王子神社
”若一王子神社境内にある大町護国神社には昔から奉納されてきた沢山の絵馬が天井に飾られている。人々の願いが集められたこの場所に座ると、長い歴史のさまざまな出来事と向き合ってきたことが想起される。今回の展示では、普段、木扉で閉じられた薄暗いこの場所に風をおくる。風や光のふるまい、小さな結晶のなりたちに耳を澄ませてほしい。”
布施知子[日本]
「OROCHI(大蛇)」
設置場所/旧大町北高等学校
”大町市八坂の小さな集落に住み、世界へ日本文化を発信し続ける折り紙作家。角柱をねじりながらコイル状に織り畳む「コイル折り」、パーツを組み合わせてつくる「ユニット折り」、同じ形を無限に繰り返す「無限折り」など、一枚の平坦な紙を「折ること」によって、独創的な世界を生み出してきた。
今回の作品で使われている「コイル折り」の技法が完成したとき、くねり、のたうつ姿から即座に連想されたのが「大蛇」。原初の生命体を象徴するかのような存在感を感じたという。自然にひそむ神秘的なものが表現される、類まれな折り紙の世界。”
食事:地彩レストラン おこひる公堂
”信濃大町の豊かな環境を背景に育まれた良質かつ多様な食材を使い、郷土料理研究家監修のもと、町でなじみの飲食店などが新たにアレンジした特別なお弁当と、地域の女衆が郷土の歴史や食文化の語りなどのパフォーマンスでお客様をおもてなしします。
※当レストランは5名様以上の団体専用、事前予約制です。
営業日:10月2日~11月21日(毎週水定休)
会場:若一王子神社参集殿
食事代:2000円
予約:利用日の3日前までに「NPO法人ぐるったネットワーク大町」
TEL0261-85-0556
源流エリア
”源流エリアは、北アルプスの雪解け水が豊かに流れ湧水も豊富なエリアで、大町市の自然環境を体感する最も特徴的な場所です。また、戦後日本を代表する土木建造物である黒部ダムの玄関口として、多くの来訪者を歓迎しています。豊かな源流の恵みと、近代土木技術による治水/利水の歴史。北アルプス山麓の自然と文明が交差するゾーンです。”
●玉置メモ/大町温泉郷や宮の森自然園など、魅力的な憩いのエリアだが、今回の展示のなかでも出色の作品のひとつ、「私を照らす」は常盤・須沼神明社にある。サウジアラビアのマナル・アルドワイヤン氏の作品だが、注連縄と言う日本人にって象徴的な存在を考えもつかなかったベクトルから示され、なおかつ地元の人が触発されて、そこでお祭りを実施するという繋がりが楽しい。今回は、グアテマラやウガンダなど、新鮮な国からの参加が多い。皆、この大町で出会った縁を感じさせる作品になっている。
マナル・アルドワイヤン[サウジアラビア]
「私を照らす」
設置場所/常盤・須沼神明社
”光の女神、天照大御神が祀られた須沼神明社の舞台で展開されるインスタレーション。アラブ文化において光とは、知識、純度、真実を意味する。天照大御神の神話で語られる稲わらのしめ縄を、神社をとりかこむ木々に見立てて舞台上に再現し、神が歩く光の道を表現する。
神話では、天照が天岩戸に籠ったことで世界は暗闇となり、彼女が世界に引き戻された後、光の女神(天照)が洞窟に戻らないよう、洞窟の入り口にしめ縄で結界をひいたという。この暗闇に対する抵抗、生涯にわたる人間の闘いを、作品を通して感じてほしい。”
北アルプス国際芸術祭総合ディレクター、北川フラム氏のメッセージ
”北アルプスの山々から流れ迸る、圧倒的な水の奔流。
日本列島の中心・フォッサマグナが走り、扇状地に囲まれた長野県大町市は、水によって育まれた豊かな森と生活文化をもち、山の気配と里の日常が重なり合う地域です。また、黒部ダム、高瀬ダムをはじめとする圧倒的な土木構築物を創り出した地でもありました。
北アルプス国際芸術祭は、扇状地をつなぐ廻廊から山々を見遥かし、青い天空を水場から、集落から仰ぐ試みです。鮮烈で爽やかなアート作品と、水、木、土と高い空が清冽な空気となって私たちを包み込みます。
第2回展は、アジア、ヨーロッパの国々に加え、中南米やアフリカなどから11の国と地域から38組のアーティストを、またビジュアル・ディレクターに皆川明さんをお迎えし、北アルプスの水と人間の営みを明らかにします。
ご期待ください。”
ビジュアル・ディレクター、皆川明氏のメッセージ
”北アルプス国際芸術祭 2020 - 2021のメインビジュアルは、長野県大町市の自然の豊かさを表す『水、木、土、空』が大きなテーマとなっています。豊かな自然を循環する水が大気から雨となって土に降り、山々の木々を潤し、湖水となりまた蒸気となって空に上がっていく様子を、中綱湖と周囲の山々の写真とその上に描いた水を想起させるドローイングによって表現しました。
その水の循環は、アートが人々の心を豊かにし、喜びのある暮らしをつくり、多様な社会と自然との共生を生み、アートの創造へ繋がっていくことと重ね合わせることができます。芸術と環境が豊かな心と暮らしを創ることを、この北アルプス国際芸術祭から発信できることを願っています。”
作品鑑賞パスポート
・有効期間が8月21日~10月10日と印字されているが、会期延長に伴い10月2日~11月21日となる。
・会期延長前(6月29日以前)に購入した作品鑑賞パスポート実券及び引換券は会期延長後も有効。
・鑑賞パスポートは、一般3000円、16~18歳1500円、15歳以下無料
作品ごとの個別鑑賞も可能(各300円)。パスポートを持っていない場合も、作品の個別鑑賞が可能。
鑑賞時間は10時~17時。※一部鑑賞時間の異なる作品あり。
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります