セコム オープンイノベーション推進担当 リーダー 沙魚川久史氏×Coaido 代表取締役CEO 玄正慎氏
社会課題へのインパクトを追及するセコムとCoaidoによる“共想”取り組み
この記事は、民間事業者の「オープンイノベーション」の取り組みを推進する、オープンイノベーション・ベンチャー創造協議会(JOIC)との連動企画です。
スタートアップが開発した緊急情報共有アプリ「Coaido119」。119番通報と同時に、周囲にSOS発信を行えるアプリであり、救急車到着前の一般市民による救命対応をサポートする取り組みとして徐々にその普及を図っている。このCoaidoの取り組みに賛同し、その展開に協力しているのが、AED国内トップシェアを誇るセコムである。オープンイノベーションだからこそ狙える社会的なインパクト追及のあり方について、両関係者に話を聞いた。
概要:社会課題解決型ソーシャルイノベーションのためのプロセス形成促進
実施内容の要約 | 周囲へのSOS発信を行うアプリで救急車到着までの市民による救命処置を促す(Coaido) 広く社会にAEDを設置するとともに、誰もがAEDを使え、救命処置が行えるような社会の実現(セコム) |
関わり方や提供物 | アプリケーション(Coaido) 協働での講習会実施や実技訓練でのコラボなどマーケティングサポート(セコム) |
求める成果・ゴール | AEDの普及に加え、AEDを使える人の増加による心臓突然死者数の削減(Coaido・セコム) |
将来 | 共同開発も視野に入れつつ、AEDをはじめとした救命を対象にした多様なソリューション創出を目指す(Coaido・セコム) |
現在、年間約7.9万人※1が突然の心停止を発症している。心停止が起きると1分ごとに救命率は著しく低下していくため、救急車到着前の一般市民による救命対応がなければ命をつなぐことは難しい。2014年に設立されたCoaido(コエイド)株式会社が開発した緊急情報共有アプリ「Coaido119」は、そうした社会課題の解決を目指して誕生した。
「Coaido119」は、119番通報とSOS発信を行う緊急通報共有アプリであり、2017年6月にIPAの第3回「先進的IoTプロジェクト支援事業」に採択され、2017年8月には豊島区内の一部エリアで実証実験を開始。2018年に対応エリアを日本全国に拡大した。
倒れている人を発見した人が「Coaido119」をアプリから操作すると、119番通報と同時に、事前登録された周辺の救命知識保有者およびAED設置先にSOS情報を送信。救急隊が現場に到着するまでの間に、必要となる一次救命処置を要請できる。
この取り組みに賛同し、その展開に協力しているのが、2004年に日本で初めてAEDのレンタルパッケージサービスを発売して以来、現在までに累計販売台数約28万台と国内トップレベルのシェアを誇るセコム株式会社である。両社のコラボレーションの経緯について、Coaidoの玄正慎氏と、セコムの推進担当 リーダー沙魚川久史氏、そしてセコムのCoaido協働部門担当者である土田勇美氏の3名に話を聞いた。(以下、文中敬称略)
※1:令和2年版救急・救助の現況
シーズ視点だけではなく、社会課題起点の発想も大事に
──まずは、セコムにおけるオープンイノベーション活動のきっかけと、その特徴について紹介してください。
沙魚川 2015年に専門チームを設置して当社のオープンイノベーション活動はスタートしました。現在のチームメンバーは15名です。JOICとも縁があり、2016年にはオープンイノベーション白書初版やオープンイノベーション協議会の広報ビデオにも取り上げていただいています。
2017年には、セコムグループ全体のコーポレートビジョン「2030年ビジョン」におけるキーコンセプトとして「ALL SECOM」および「共想」を掲げており、グループの総力を結集することに加えて、車の両輪としてセコムと想いを共にするパートナーとの戦略的な協働を図り、多様化する社会のニーズに応える新サービスの創出を目指すオープンイノベーションを推進しています。
当社はサービスを提供する会社ですので、ものをつくっておしまいではありません。ものづくりにおけるシーズ視点のオープンイノベーションももちろん大事なのですが、それだけではなく社会の変化にどう対応していくかという視点からのオープンイノベーションにも非常に強い関心を抱いています。ここで大切にしているのは、「社会はどうなっていくのか」「一人一人の価値観、あるいはコミュニティの“想い”はどうなっているのか」ということです。
具体的には、よくあるように社内に埋もれている研究成果を発掘して、外部と連携して商品にするというだけではなく、社会がどのような課題を抱えていて、ステークホルダーとともにそれをどう解決するかという、価値観や課題感、未来像にも重きを置いているのが我々のオープンイノベーションの特徴の1つだと考えています。
アプローチとして、大きくは既存の事業部の商品をアップデートするか、別の可能性を探索して新しいアプローチの商品を創出するか、この2つのパターンに分かれています。私たちのチームは、既存商品のリニアな延長でない新たな課題や価値を探索してハンズオンで実装まで担っています。この出口が、既存商品・事業部門となることもありますし、セコムブランドのイメージとは異なる面白さ・異質さを持つこともあります。後者のような取り組みは、2019年12月にローンチした挑戦的ブランド「SECOM DESIGN FACTORY」という“新たな出口”を用意したことで、一気に加速しました。
SECOM DESIGN FACTORYでは、公表している範囲で既に6つのプロジェクトを手掛け、4点が商品化していますが、大企業がプロトタイピングによるリーン開発のプロセスを取り入れるというのは国内では珍しく、この点を評価していただいたことで、内閣府の第3回日本オープンイノベーション大賞を受賞(経済産業大臣賞)できました。
──オープンイノベーションの取り組みを進めるに当たって、留意していることは何でしょうか。
沙魚川 便利かどうか、など機能視点から入るのではなく、ユーザーの感情を変化させる要素は何かという視点を大切にしています。そうした柔らかい要素に着目すると出口の幅が広がってしまうのですが、挑戦的ブランドという選択肢があることで意識を狭い範囲に拘束することなく柔軟に思考することができます。
お客様に対してもこれまでのセコムにはなかった新しいタイプの商品だと主張できますし、開発側としても、“これは挑戦的ブランドなのだから今まで通りのプロセスではなくてもいいよね”と、ある種の制約から解放されるようにしています。これも経営トップからの理解があってこそです。
また、チームを結成するとどうしても早期にKPIを達成したくなりがちなのですが、そこは「サービス企業にふさわしいオープンイノベーションとは何か」という原点に常に立ち返るようにしています。社内のメンバーのみですとそのマインドセットは固定化しがちなため、結局既存製品と変わらなくなってしまう。あくまでマーケット・ドリブンを意識して、多様な世代・視座・専門性で多様化する価値観に取り組む「セコムオープンラボ」というプログラムを用意して、社会との対話をまずは行うようにしています。
救命アプリの社会への実装を目指しコラボを実現
──Coaido(コエイド)とのコラボレーションはどういった経緯で実現したのですか。
沙魚川 セコムは、消防や地方自治体ではなく、民間が提供するAEDとしては最大シェアを持っています。しかし、よりその裾野を拡げていくためには、当社の力だけではとても足りません。
そうしたなか、Coaidoが東京都のインキュベーション施設「青山スタートアップアクセラレーションセンター(ASAC)」に採択され、そこでメンターをしていた我々と出会いました。その後「Coaido119」は2017年6月に独立行政法人情報処理推進機構(IPA)第3回「先進的IoTプロジェクト支援事業」に採択され、2017年8月より豊島区内の一部エリアで実証実験を開始することとなりました。
この取り組みにセコムとしても賛同して、協力することとなったのです。具体的な協力内容としては、セコムのAED設置先に対し事前に「Coaido119」アプリ登録および、AED設置先への「AEDエリアコール」の登録を促すなど、救命時のネットワークの構築・拡充が挙げられます。
土田 セコムのAED事業で目指しているのは、誰もがAEDを使え、救命救急が行えるような社会の実現です。救急車が到着する前に、一般の人々がAEDを使って救命処置が行えるようになれば、多くの命が救われるのですから。しかしながら、設置AEDの数を増やしたり、コロナ以前には年間6000回の救命講習を全国で実施したりといった活動は当社として行っていても、突然の心停止の場面に偶然居合わせる可能性は低く、救命救急の現場へのアプローチはできません。そこが、Coaidoとコラボレーションすることで実現できるので、大きな可能性あると考えたのです。
玄正 我々としても、「Coaido119」というアプリをどう世の中に実装していくか検討するなかで、持続可能性などについてセコムさんと相談していました。そこで、まずは連携を開始していた豊島区をフィールドにアプリを実装しようとなり、Coaidoと豊島区、セコムの3者による実証実験が実現することとなったのです。
エコシステムとしてのパートナーシップを強みに新たなソリューション創出も
──緊急情報共有アプリ「Coaido119」の実証実験をはじめ、これまでにどのような成果が得られていると感じていますか。
土田 実際にアプリを活用して救命救急に貢献できたケースが増えています。そうした実例も活かしながら、全国へのアプリの普及に努めていきたいですね。我々としても救命救急に力を入れていますが、まだまだいざというときに動けない人が多いですから。その点においてもCoaidoさんは、アプリの他にも、ペットボトルで心肺蘇生訓練ができる「CPRトレーニングボトル 訓練シート」を開発してAEDの活用に貢献しています。
これまで実技体験というのは人体模型を使わないとできませんでしたが、この訓練シートを使えば、身近にあるペットボトルを使った実技体験ができます。AEDを扱える人がより増やせるのではと、いまは当社の販売するすべてのAEDに同梱しています。
玄正 一般社団法人ファストエイドを立ち上げて取り組んでいる、この訓練シートによる実技訓練というのは世界初の取り組みでもあり、ペットボトルを使うといった発想的にも、一般的な医療従事者にはなかなか認めてもらいにくい面があります。しかしそこは、セコムさんと一緒に活動することで、信頼してもらえるのが大きいですね。そうした、世間からの信頼感といった我々にはない“看板”というのは、豊島区をはじめ地方自治体との協働にも欠かせないものだと感じています。
──今後の両者の協働の取り組みを、どのように展開していきたいと考えていますか。
玄正 セコムさんは、我々がやりたい領域のど真ん中でAEDを販売している会社なので、やはり直球で話が通じるのが心強いです。このような社会課題の解決を目指した取り組みというのは、なかなか企業の方からの理解を得にくいというのは、これまで他の多くの企業の担当者とのやり取りで痛感していましたから。しかしセコムさんには、すぐに賛同していただいた。規模は違えど社会課題解決を目指している企業である点は同じですので、すごくコラボレーションしやすいですから、これからもそんなパートナーシップを大切に、心肺蘇生法やAEDの啓発運動をはじめ、さまざまな取り組みにチャレンジしていきたいですね。
沙魚川 人と人との共感がなければ、こうした異質な組み合わせによるコラボレーションというのはなかなか成功しないでしょう。そこは、お互いに社会課題の解決という共通テーマを通じた共感がありますから、エコシステムとしてのパートナーシップが形成できていると感じています。このパートナーシップのもと、場合によっては共同開発なども視野に入れつつ、AEDを対象にした多様なソリューションを創出していければと期待しています。
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