世界知的所有権の日記念オンラインイベント「中小企業と知財、起業に向けた課題」レポート
日本でスタートアップが育つには知財専門家のサポートが不可欠
コロナ渦のオンライン利用が地方と東京の格差改善のきっかけに
澤井:次に、地方・地域中小企業の競争力強化という視点から久貝様にお話をお伺いします。日本商工会議所、東京商工会議所の「知的財産政策に関する意見」第3章には知財による地域中小企業の競争力強化が提言されています。
久貝:専門家の方は首都圏、関西圏に集中しており、地方となると県庁所在地でも不足しています。知財に関する専門的な知見が得にくい状況にあります。どのように課題を解決するかというのは大きな問題です。
特許庁では総合支援窓口を開設していますが、これも県庁所在地どまりだと思います。ただ、新型コロナウィルス感染拡大の状況が転機となり、テレワークとは無縁だった中小企業もオンライン会議などを次々始めています。オンラインで地方から専門家へアクセスする取り組みを増やすよう、私どもも努力しますし、専門家の方々にもご協力をお願いしたいと思います。
中身については、地方の中小企業の知財戦略において大学の知財の活用、産学連携が重要になります。山口大学や徳島大学では大学で生み出した特許の無償開放を行なうという動きも出ています。中小企業にとってはビジネス創成につながり、地方の創成にもつながっていくことを期待しています。
澤井:オンラインでの交流が、人材の東京集中によって地方の知財リテラシーが制限されている現状の改善につながればと思います。全国で知財の啓発に努めていらっしゃる発明協会の扇谷様の立場からご話をお願いします。
扇谷:発明推進協会での取り組みを紹介させていただきます。新型コロナウィルスの感染対策としてオンライン研修を実施するようにしています。多くの講師の方が「こういう状況だからこそ、オンラインを通じて1人でも多くの人に知財の重要性を知ってほしい」という意欲を語ってくれます。情報発信する側は、以前の要請に応じて話をしていた時に比べ、積極的になってきているということが言えます。しかし受ける側は、オンラインだと研修効果が上がらない、質問がしづらいなどネガティブな面に目を向ける人も多くいます。受ける側の取り組み方を変えることが問題解決につながると考えています。
澤井:シリコンバレーでは中小企業が高い意識を持って情報にアクセスしているのではないかと想像できますが、大山様の目から見ていかがでしょうか。
大山:そうですね。シリコンバレーはオープンなイメージがあるかもしれませんが、実際には人脈がないと信頼できる情報が得られないという社会です。たとえばスタートアップの起業家同士、スタンフォード大学のビジネススクールの同窓会でつながっているとか、イベントで知り合った相手は競合であっても信頼できる情報を共有するというコミュニティがあります。逆にコミュニティに入っていないと情報が入ってこないというのがシリコンバレーです。ウォームイントロダクションといいますが、知り合い同士をつなぐ活動も頻繁に行なわれています。つなぐことで、今度は自分を誰かに紹介してもらえ、ネットワークが拡大していきます。
名刺交換文化はありませんが、SNSのLinkedInを使って交流を行なっています。知財に関しても、よい弁理士などの情報は人脈で流通しています。ベンチャーキャピタルが知財弁護士とスタートアップをつなぐなどということもよく行なわれています。全米のローファームは、無料のオンラインセミナーを頻繁に開催しており、セミナーへのアクセスから知財情報や知財人材へつながるような仕組みを構築しています。日本でも、知財関係者が内輪のネットワークを超えていろいろなところに窓口を設けることが重要だと思います。
オープンイノベーションの促進に向けて
澤井:最後のテーマは「コラボレーションに向けて」です。20年来、オープンイノベーションや自前主義からの脱却といわれていますが、最近の経済産業省のレポートを見ると依然として状況に大きな進展は見られません。日々中小企業からご相談を受けている久貝様からお話をいただけますか。
久貝:スタートアップにとっては大企業との連携は資金調達においても販路拡大において大変重要です。ただ一方で契約でもめるということも起きています。トラブル防止のためには、契約の前に権利化をすることが大事です。中小企業の経験からスタートアップに役に立つと思われるアドバイスとしては、金型のケースがあります。
90年代から2000年にかけて金型の設計図やノウハウが親企業を通じて中国などに流出し、中小企業が打撃を受けたことがあります。それらのケースではそもそも設計図やノウハウが守られるべき知財だったのかどうか契約でもはっきりしないという問題があったため、必ず権利化をするということが自分の知財を守るうえでは重要になります。契約についても、知識がなかったり専門家がいないために後々不利を被ることになったというケースがあります。費用を捻出できない場合は、特許庁や中小企業庁で提供しているスタートアップ向けの共同研究契約のひな型やガイドラインをぜひ活用してもらいたいと思います。
あとは、制度的課題として、中小企業には司法救済の問題があります。日本では知財を侵害されたからと言って、お金のない中小企業やスタートアップが裁判を起こすことは非常に困難です。現実的にはなかなか裁判できないということを前提として考えたほうがよいということを助言いたします。特許侵害訴訟は日本で年間160件程度ですが、アメリカでは5000件、中国では1万件を超えており、日本の司法制度が使いにくいことを示していると言えるでしょう。
澤井:アメリカでは特許弁護士を使う場合、初回割引料金があると聞いています。日本の現状はどうなのでしょうか。
杉村:現時点では、弁理士の手数料は各々が自由に設定できるようになっています。従って、日本の特許事務所の手数料について詳細に把握はできていません。しかし、弊所と同様に割引に協力している事務所は多いのではないでしょうか。
日本弁理士会ではスタートアップの経済的支援をする施策をいくつか用意しています。ひとつは「特許出願等援助制度」で、特許、実用新案、意匠の出願費用を援助する制度です。本年度は商標も加える予定です。2つ目が「技術・ブランド・知的財産ビジネスプランコンテスト」です。新たな萌芽的ビジネスプランを発掘・表彰するもので、入賞者には賞金ともに弁理士がフォローアップを行ないビジネスプランを育成するとともに、出願費用を助成するものです。
澤井:皆様ぜひご利用いただければと思います。最後に孫様にお聞きします。あるインタビューで「このドアが閉まったとしても人生は終わらない。必ずほかのドアが開く」と述べていましたが、多くのベンチャーや若い学生の皆様、教育者の皆様、多くの方を勇気づける言葉だと思います。この点についてお話いただけますでしょうか。
孫氏:子供の頃に足を切断して、将来に対して大きな不安がありました。そのとき、両親から「勉強するしかない」と言われ、そこから勉強を頑張って大学に入り、日本にも留学できて今に至ります。もし切断していなかったとしたら、今でも中国の田舎で農業をやっていたんじゃないかと思います。困難があるからこそマインドをチェンジして立ち向かっていくことができるのです。ベンチャー企業を経営していくなかで、資金調達や人材の採用など、うまくいかなかったり苦労がありますが、それは一つの困難であって、乗り越えていけば必ずより大きいチャンスを迎えることができます。人生さまざまな困難がある中で、ポジティブにとらえて戦っていけば、必ず勝っていけると思っています。
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