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世界知的所有権の日記念オンラインイベント「中小企業と知財、起業に向けた課題」レポート

日本でスタートアップが育つには知財専門家のサポートが不可欠

2021年05月31日 09時00分更新

日本でベンチャーが育つには知財専門家のサポートが重要

澤井:みなさんのお話を聞いていくと、産業構造が変わっていく中での知財の役割の重要性というものを強く感じます。現状を見ると、PCT出願あるいはアメリカでの特許出願、特許取得企業のベスト20のうち、半数近くの出願人が50歳未満という若い企業です。この若い企業の多くはアメリカや中国の企業です。トップ50まで見ても、日本企業で50歳未満の企業はありません。なぜ若い企業がないのか、ベンチャーが育ちにくい理由があるのかについて考えざるを得ません。日々ベンチャーとお付き合いのある大山様、アメリカでベンチャー企業が育つ理由は何だとお考えになりますか。

大山:シリコンバレーにはスタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校があり、世界中から新しい技術やアイデアを携えた優秀な人材がぞろぞろと集まってくるという環境があります。そういった人がスタートアップを起業する、スタートアップが大企業に成長してIPOする、あるいはM&Aされる、その過程で創業者や初期のメンバーがお金を持って企業の外に出ていき、また次のスタートアップを起業したり投資家になったりメンターになったりするという好循環があります。このように人やアイデア、金が集まってスタートアップを育むエコシステムが形成されています。知財の観点からはその周辺に知財の弁護士やコンサルタントが集まり、スタートアップを支援しています。

 実体験として人種の多様性というところも大きいです。私の近隣にもロシアや韓国、中国の方が住んでいます。そして周りに大きな夢やお金を持っている企業が住んでいて、若い人が起業家にあこがれています。イーロン・マスクも大人気ですね。教育面では、発言力やプログラミングなど長所を育む環境づくりがあり、日本にも同様のことを求められると考えています。

澤井:中国人の孫様にお聞きします。日本でベンチャーが育ちにくいと感じることはあるのでしょうか。多くの投資を受け、デザイン賞も受けている、成功に向け歩もうとしている御社にとって、何か不安はありますか。

孫:まず、日本では大手企業に入る人が多く、そもそもベンチャーをやる人が少ないですね。母数が少ないという点があります。2つ目は、日本では品質へのこだわりが強く、いいものを作りたいと作りこんでしまう傾向にあります。ベンチャーは限られた資金でいかに早いスピードで市場に出し、フィードバックを受けて改善改良していけるかが重要だと思いますが、日本では高い品質が求められるためスピード感が出てこない。

 3つ目はベンチャーに対する態度の厳しさです。中国ではベンチャーに対する期待があり、サポートしようという姿勢が大きいのですが、日本のベンチャーは市場の厳しさに応えようとして苦しみ、成長しづらい状況にあると感じています。弊社の場合でも、製品を作りこみすぎてしまうことについての心配を感じているところです。

澤井:米国でもサービスを展開しているメルカリですが、グローバルな権利取得の考え方について教えていただけますか。

有定:まず、どこの国で事業を展開するかによって出願先を決定することが大事です。もう一つの側面からいうと、自分たちがビジネスを展開する地域のことだけでなく、競合の企業が現状でどの国をメインに展開しているかを考える必要があります。

澤井:久貝様は知財政策に関する意見を取りまとめ、政府に伝える役目もされているとお聞きしています。報告書では、「イノベーションを促進するためには中小企業やスタートアップが知財の創造・活用を積極的に行なうことのできる環境が必要」と記されています。

久貝:私共は毎年政府に対して提言を出しており、いくつかは政策に反映されている実績があります。中小企業にとっては特許出願のコストが負担になることから、審査請求料と特許料の2分の1の額を減免する法律改正がされました。これによって出願が増えることが期待されます。

 ただ日本では、特許取得が、金融機関の融資やベンチャーキャピタルの出資の際の評価につながりづらいというのが現状としてあります。そこで、政府系金融機関に特別融資枠を作ってもらうとか、民間の銀行では難しいので保証協会で知財保証枠を作ってもらうことを要望しているところです。

知財専門家の役割と人材不足解消に向けて

澤井:創業時の知財専門家の不在も課題のひとつです。多くのアイデアを持つ企業はありますが、その中で成功するのは当初から知財専門家を抱えている企業が残るという印象を、アメリカ駐在時に強く持ちました。弁理士会会長である杉村様に、創業当初の知財専門家の役割についてお話いただけますでしょうか。

杉村:人と人との出会いは、スタートアップ・中小企業のビジネスに大きな影響を与えます。どのような弁理士・専門家との出会いもまた然りです。私も多くの起業家の方にお会いしましたが、残念ながらその後撤退した企業もあります。成功の要因としては、知財以前のビジネスプランが重要な役割を占めていると感じていますが、プラスアルファとして弁理士などの専門家との出会いがあります。ビジネスプランについては弁理士の立場で知財を絡めてアドバイスできるように経営面の視点も備えた人材育成プランを図っているところです。

 また弁理士以外の専門家弁護士や中小企業診断士、税理士とワンチームになって、中小企業やスタートアップを支援できるような体制の構築も必要だと思っています。その際に適切な人材がスタートアップ企業等と出会えるように、日本弁理士会としては各企業のニーズにマッチする弁理士を推薦いきたいと考えているところです。具体的な成功事例としては、外部の弁理士とスタートアップがタイアップし、年間100件近く特許出願した例があります。

 日本では出願後1年6ヵ月で出願内容が公開されますが、一度に大量に特許取得することで公開時点にはほかの企業が入ってくることはできなくなり、自社の優位性を担保しながら事業を展開することができました。

澤井:メルカリのウェブページには「メルペイにとって有定はたった一人の専属担当者。特許出願が当たり前のカルチャーづくりをスピーディに手掛けています」と書かれています。どのようなことをされているのでしょうか。

有定:2018年5月に入った当時は100人以下と社員数も少なかったので、毎週金曜に開催される全社集会ではワンフロアに全員が集まっていたので、よくそこで勉強会をやっていましたね。また、入社した直後から、各チームに勉強会を設定したりすることで浸透させていきました。そしてある程度なじんできたタイミングで仕組み作りを行ないました。

澤井:扇谷様は途上国の知財人材の育成に力を入れていらっしゃいますが、その立場から知財人材としての資質や途上国における知財人材の役割についてお話いただけますか。

扇谷:知財の専門的な知見を持っている人材として、求められる資質は2つあります。1つは専門的な法律の知識です。それに加えて特許を扱う場合には、技術の理解力が必要です。さまざまな技術分野があり、全部の技術の知識を持つことは不可能です。しかし、研究者が発表したときに自分の専門以外の部分も重要度を理解できる、理解力を持っていることが必要だと思っています。法律の知識と技術の理解力に加え、コミュニケーション能力も必要です。研究者とのやり取りや経営者を説得する場合には、相手の話をちゃんと聞き、それを理解してかみ砕くことのできる能力、難解な用語を使うのではなく相手に伝わるように説明するプレゼンテーション能力が求められていくと思っています。

 途上国における役割については、途上国では日本のように知財の専門分野の分化がまだ進んでおらず、特許出願から研究者とのやり取り、ビジネスに至るまで一人で担当しなければならない状況にあります。そこでは、知財人材の数を増やしていくことが重要になると考えています。

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