「スタートアップについて改めて知っておきたい『スタートアップとは?』」レポート
エコシステム、ステークホルダーって何? スタートアップの基本を解説
2021年4月27日、横浜・関内のスタートアップ成長支援拠点「YOXO BOX」にて、セミナーイベント「YOXO Study Series」の第1回目のセッションが開催された。テーマは「スタートアップについて改めて知っておきたい『スタートアップとは?』」。今回はその様子をレポートする。
スタートアップのエコシステムを定義からおさらい
セッションの第1部は、スタートアップの支援を行なう株式会社tsam(ツァム)の代表取締役で、情報経営イノベーション専門職大学客員教授の池森裕毅氏が登壇。今回のテーマについて改めて解説した。
スタートアップの定義は、「先進的な概念やテクノロジーを用いて、資金調達を行なうことで、短期間で急成長を果たし、IPOや事業売却を目的としている企業」だと池森氏は語る。
ビジネスには、2つの成長曲線があるという。従来の中小企業やベンチャーと言われる企業は右肩上がりの直線、つまり1次関数のようになり、スタートアップは、2次関数のような成長曲線を描いているのが特徴だ。
スタートアップは、最初に資金調達をして少しだけ赤字を出した後に、指数関数的に成長し、IPOやバイアウト(買収)されることを考えており、線形関数のような伸びをするものは求めていない。どこかの時点でイグジットすることを目的としている集団がスタートアップだという。
スタートアップの成長に欠かせないのが、「エコシステム」だ。エコシステムとは、スタートアップを中心にベンチャーキャピタルや金融機関、メディア、大企業といった事業会社、行政機関などから成り立つネットワークシステムのこと。スタートアップに対して、資金や人材など様々なものを提供し、次々とスタートアップを生み出し、育てることを目的としている。
「IPOやバイアウトされた起業家は、手に入れた資金を自分のために使うのではなく、新しいスタートアップに投資します。そして、新しく生まれたスタートアップは成長し、またIPOやバイアウトされるという循環をエコシステムとも表現しています」(池森氏)
エコシステムには起業家、メディア、ベンチャーキャピタル、大企業をはじめ、多数のステークホルダー(利害関係者)が存在する。たとえば、スタートアップには、IPOやバイアウトの経験のある人間が必要になる。先輩起業家から、ノウハウやネットワーク、資金、インフルエンス、ブランディングなどを提供してもらうのだ。
このなかでさらに重要なのが、インフルエンスとブランディングだという。初期のスタートアップは、影響力も信用もないため、先輩起業家にサポートしてもらい、影響力を使ってサービスの認知拡大につなげていく必要がある。優秀な先輩起業家にサポートしてもらえるというブランディングにも効果がある。
「エコシステムの根幹を支える一番重要な機関がベンチャーキャピタルです。彼らがリスクマネーを供給してくれることで、はじめてエコシステムが成り立ちます。我々スタートアップにはいろいろなものが足りませんが、一番足りないのは資金です」(池森氏)
大企業は、ネットワークや人的リソース、資金、場所、提携機会などを提供してくれる。一部のスタートアップは、大企業を競合のように捉えていることがあるが、それは大間違いだと池森氏は断言する。スタートアップは、大企業の支援がないとグロース(成長)はありえないという。そのため、スタートアップは大企業とうまくアライアンスを組む必要があるのだ。
スタートアップが大企業の方に提供してもらって一番嬉しいのが、ネットワークと提携機会。スタートアップとしては、大企業に提携してもらい、色々なところで露出してもらえば、ブランディングや信用の担保に大きな効果があるという。
ベンチャーキャピタルがカバーしきれない部分をサポートする個人投資家や、デットファイナンス(金融機関などからの借り入れによって資金を調達すること)などで支援してくれるステークホルダーもいる。
「エコシステムの弊害でもあるのですが、基本的にエクイティファイナンス(株式を発行し資金を調達すること)は、最後の方法だと考えています。まずは自己資金で始めて、足りなくなったらデットファイナンスでまかない、その後にっちもさっちもいかなくなったら、エクイティファイナンスをする。それだけ株式は大切です。金融機関の成り立ちからすると、スタートアップにはお金を出しづらいのは承知しています。そのため、デットファイナンスで関わってくれる金融機関は、ありがたい存在です」(池森氏)
スタートアップのエコシステムに関わるイベントも成長のために役立つ。ビジネスコンテストやピッチコンテスト、展示イベントなどがあるが、今回は「アクセラレーションプログラム」について詳しく解説してくれた。
アクセラレーションプログラムは、短期間で事業を成長、スケールさせるためのプログラムで、メンタリングを通して、事業アイディアや新規ビジネスのブラッシュを二人三脚で行なっていくハンズオン支援となる。
アクセラレーションプログラムには、大きく3つの形態がある。1つ目は、政府や地方自治体が主催しているケース。ネームバリューはあるが、実際に政府や自治体がスタートアップに寄り添って支援することはできないので、運営は専門会社に委託することになる。
2つ目は、一企業が主催して、運営を専門会社に委託するケース。企業は自社にとって、シナジー(相乗効果)があるサービスを見つけられるメリットがある。3つ目は、運営も自社で行なうケースだ。
アクセラレーションプログラムの成功事例として、「アイカサ」が紹介された。アイカサは傘のシェアリングサービスで、色々な駅やレストラン、映画館などで傘を借り、その傘を好きなアイカサスポットで返すことができるのが特徴。リリース当初は、自社の営業でレストランや映画館、カフェ、百貨店などにアイカサスポットを置いたが、グロースしなかった。
アイカサが独自にユーザーの行動パターンを分析したところ、人の行動の起点は駅になっていることに気がついた。しかし、駅は公共性が高いので、スタートアップと提携することはありえないという。そこで、アイカサは鉄道会社が運営するアクセラレーションプログラムに参加。実は鉄道会社も傘のポイ捨てに困っており、アイカサが採択されたことでアライアンスが進んだのだ。現在では約800カ所のスポットで展開しており、2021年1月には、山手線全30駅84スポットに傘立てが設置されている。
「10年くらい前は様々なスタートアップの展示イベントがありましたが、現在はASCII STARTUPが開催しているJAPAN INNOVATION DAYなどとても数が少なくなっています。展示イベントを開催していただけると、我々スタートアップはとても助かります。運営コストはかかりますが、リターンは大きいので、エコシステムに関わる重要なイベントだと思っています」(池森氏)
大企業はスタートアップのマインドセットから学ぶことがある
第2部は、池森氏と角川アスキー総合研究所 ASCII編集部 ガチ鈴木が登壇し、事前に寄せられた質問に回答する形でセッションが進められた。
最初の質問は「スタートアップが本当にしてほしい支援とは?」というもの。(以下、敬称略)
池森:アクセラレーションプログラムに限って言うと、1つはメンターによるメンタリングです。ビジネスのブラッシュアップを喜んでいただけるスタートアップが多いですね。シードアクセラレーター(創業直後の企業に対し支援を行なう組織)になると、特にブラッシュアップが必要になってきます。もう1つは、大企業とのアライアンスです。
鈴木:スタートアップがアクセラレーションプログラムでしか知り合えない相手や、その相手のリーチを使えるというのが真のメリットだと思います。
質問:スタートアップのステージごとにほしい支援は変わりますか?
池森:シリーズA前後になるとビジネスのごつごつした部分がなくなって、ある程度丸くなっているんです。メンターの私がやることは、その丸の大きさを広げることです。彼らの基本的な戦略はそのままに、私が出せるバリューを広げていくことをしています。
質問:シリーズAって何ですか?
池森:厳密に言うと、シリーズAは、A種優先株で契約した資金調達のことです。プロダクト的にはPMF(Product Market Fit:顧客の課題を満たす製品が提供できており、かつそれが市場に受け入れられている状態)を迎えた時、もしくは、ファイナンス的には1億円以上調達したときにもシリーズAと表現することがあります。
質問:スタートアップを支援する側のメリットは何ですか?
池森:単純に余力で支援するということもありますが、基本的には自分に有益な情報も持ち帰れるというメリットがあります。たとえば、大企業の方とスタートアップではビジネスの速度感が随分違います。このスタートアップのマインドを大企業に導入すれば、自社の製品開発や新規事業の立ち上げに好影響を与えます。まずは、マインドセットというところで、スタートアップから学べる部分は多々あると思っています。
プロダクトとしては、スタートアップは大企業が入りにくいところでビジネスを作っています。我々スタートアップは局地戦で一極集中で戦えるので、ユニークなサービスを作って、大企業のお役に立てるということは多々ありますね。
質問:自治体が実施するアクセラレーションプログラムのメリットと、そこで期待できる支援は何ですか?
池森:これは明確で、地域に根付いた連携をやっていただきたいです。横浜市はイノベーションのイメージがあるうえ、いろいろな港や公園があります。そういったところをスタートアップが活用しようと思うなら、横浜市が実施しているプログラムに採択されて、横浜市の皆さまとやるのが最短の道です。
最後に池森氏は、「我々スタートアップは、大企業や支援者がいないと成り立ちません。お互いに相乗効果を使って、素晴らしいエコシステムを作り、日本を盛り上げていければなと思っております」と締めた。
以上が、第1回「スタートアップについて改めて知っておきたい 『スタートアップとは?』」のレポートとなる。スタートアップの基本となる部分を、最前線でメンターをしている人から解説してもらうというのは貴重な機会だった。有用な情報が満載で、スタートアップの理解が進むことだろう。
第2回は「成長ステージと必要な支援」と題し、資本政策や成長戦略について語る予定。第3回は「コミュニティ編」として、コミュニティの重要性を解説してくれる予定だ。
スタートアップ成長支援拠点「YOXO BOX」について解説
またイベントの冒頭には今年度初のYOXO BOX開催イベントのため、横浜市経済局・新産業創造課担当係長 奥住有史氏が登壇し、改めてYOXO事業についてと、YOXO BOXの最新情報について解説した。横浜市では林市長による「イノベーション都市・横浜」宣言を皮切りに、さまざまなオープンイノベーションの取り組みや、スタートアップ支援事業が進められている。「イノベーション都市・横浜」の旗印となるシンボルとしてYOKOHAMA CROSS OVERから「YOXO(よくぞ)」のロゴを設定。デザインは著名なデザイナーである、NOSIGNER(ノザイナー)株式会社の太刀川英輔氏が手がけた。
「横浜は、開港以来、異文化とのクロスオーバーで発展してきた都市です。今後も、積極的なイノベーション創出を行政だけでなく、民間企業や大学、研究機関等と連携しながらともに推進していこうと考えています」と奥住氏は語る。
横浜市は2020年7月、国が進めるスタートアップ・エコシステム拠点都市のグローバル拠点都市に選定されている。今後は国や、同じグローバル拠点都市と連携しながら、横浜ならではの人・企業・投資を呼び込むエコシステムの構築を進めていく予定だ。
YOXO BOXのミッションは、「スタートアップと資金調達先や事業会社をマッチングさせること」。創業から短期間で急成長を目指すスタートアップにとって、資金調達や事業会社とのマッチングが最重要課題となっているからだ。その目的達成のため、YOXO BOXでは6つの支援メニューを用意している。
1つ目が、起業志望者を対象とした「YOXOイノベーションスクール」。2020年度は78名が参加した。最終的にスクールで練られたビジネスプランを発表し、ブラッシュアップを行なう。
2つ目は、すでに創業したスタートアップの成長を加速する「YOXOアクセラレータープログラム」。2020年度は、約40社の応募があり、ライフサイエンスやヘルスケア、IoTなどの領域で9社が採択された。
3つ目は、資金調達先や連携する企業などとマッチングする「横浜ベンチャーピッチ」。これまでに17回実施し、2021年度は3回開催する。ただ登壇してもらうのではなく、事前にプレゼン内容のブラッシュアップもしているので見ごたえがある。
4つ目は、今回のようなビジネスイベントの開催で、5つ目は、専門家によるスタートアップ相談窓口。6つ目には、今年度の新規事業として、IPO(Initial Public Offering:新規公開株)やM&Aを目指すスタートアップを対象とした、「YOXOマネジメントプログラム」も実施予定。資本政策や知財戦略について計6回の講座形式で行なう。
YOXOイノベーションスクールの第3期は5月下旬から、YOXOアクセラレータープログラム 2020は6月初旬から、YOXOマネジメントプログラムは8月から募集を開始する予定だ。
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