評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
『Songs of Comfort and Hope』
Yo-Yo Ma、Kathryn Stott
ヨーヨー・マはコロナ禍の3月、自宅から「ドヴォルザーク:家路」の演奏動画をSNSで投稿。世界的に人気を呼んだ。そこから発展し、安寧と癒しのコンセプトにて21曲もの新アルバムをつくった。編曲と演奏の素晴らしさから、まさに今の時代に最適なアルバムといえるかもしれない。
コンセプトがよく分かるのが「1.Amazing Grace, Prelude」。冒頭の難破のSEは奴隷商人のジョン・ニュートンが荒海に難破した時の音だ。彼は、おおいなる恩寵(Amazing Grace)を得て、神に助けられ、その後、奴隷制度を撲滅するために立ち上がる。このSEと、深くヴィブラートを掛けたヨーヨー・マの音は、まさに困難な時にあるわれわれが、今の世界からいかに脱出するかを考える---という意図が明白だ。
最後の「21.Amazing Grace, Postlude」も波の音で始まる。多重録音されたチェロのメロディはさらに幽玄さを増す。繊細に細やかに表情豊かに歌い上げる「2.Ol' Man River」。ドボルザーク新世界第二楽章のそのままの前奏から始まる「4.Goin' Home」は優しく、繊細。家に帰ることが、最良の癒しだと言っているようだ。「8.Over the Rainbow」は限りなく優しい語り口。ヴァースの語りはまるで、レシタティーボのような言語性だ。メインメロディも限りなくジェントルで、暖かい。「17.The Last Rose of Summer(庭の千草)も豊かに歌い上げる。「18.Londonderry Air (Danny Boy)」の寂寥さ。困難な時に、深い、そして暖かい癒しを与えてくれるアルバムだ。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Classical、e-onkyo music
テイラー・スウィフトの音楽性の変貌が体感できるニューアルバムだ。昨年は『folklore』で、彼女の音楽の次元が変わったことが聴けたが、『evermore』も、その思いが強い。テイラー・スウィフトはこうコメントしている。「私はいつもアルバムを一回限りのものして扱い、アルバムがリリースされた後には次のアルバムの制作に移ってきました。でも”folklore”には何かがあった。アルバムを作るにあたって、私は出発するような感じではなく、戻ってくるような気がしました。架空の、あるいは架空ではない物語の中で見つけた現実逃避が好きでした。夢の中の風景や悲劇、壮大な愛の物語を、人生に迎え入れる方法が好きです。だから書き続けました」
『folklore』も素晴らしかっだが、『evermore』もいい。より自分の世界を深め、より明瞭にメッセージを濃く発する。声質が透明で、伸びがクリヤーで、耳に心地よいテクスチャーだ。この魅力の声が、ひじょうにレベルの高い録音で、ダイレクトに伝わる。 バッキングはかなり楽器数も多く、重層的だ。それを背景にヴォーカルが明瞭にフューチャーされる。音像の立体感、ボディ感も明確だ。傑作!
FLAC:88.2kHz/24bit、MQA:88.2kHz/24bit
Taylor Swift、e-onkyo music
『ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ集③ハンマークラヴィーア&告別』
河村尚子
精神性がひじょうに深く、同時に歌い口が極めて明晰な河村尚子のベートーヴェン最新作。「ベートーヴェン・プロジェクト」完結編だ。 「告別」冒頭、ひそやかで静謐な調べが、主部になりハイスピードな剛直さに瞬時に鮮やかに変容するコントラストの高さこそ、河村ベートーヴェンの醍醐味。音楽的なダイナミックレンジがいかに広大であるかを体感させてくれる。一音一音が堂々たる自信に満ち、立ち位置をしっかりと確保した絶妙のフレージングで、生体的に呼吸しているような生命力を聴かせる。
録音もたいへん素晴らしい。弱音部の表情の豊かさ、強音部の立ち上がり/下がりの俊敏さ、俊速さは比類ない。このハイフィディリティが河村の語り口をより明晰にしている点も見逃せない。「ハンマークラヴィーア」冒頭の一挙に垂直的に立ち上がるナイフのような衝撃的な強音でも、まったく揺るぎない安定音を響かせる。ピアノ録音で難しい直接音と間接音のバランスも、ダイレクトさを主体に響きを加えている。だから、河村の語り口が、より明確に明晰に識れるのだ。2020年7月19~21日、ブレーメン、ブレーメン放送ゼンデザールで録音。
DSF:2.8MHz/1bit
Sony Music Labels、e-onkyo music
前作「ブライニクル」から約2年ぶりとなる13枚目のオリジナルアルバム。いつもまったりと、そして情感豊かに聴かせてくれる柴田淳だが、「1.はじまりはじまり」はハードなイントロで始まった。張りとグロッシーさが交錯するヴォーカルは、今回もとても魅力的。テンションが高く、輪郭も明確、ブライトでクリヤーだ。声の天井が高く、抜けがよい。「3.ハイウェイ」は、48kHz/24bitで録音されている(他に「4.紫とピンク」、「9.可愛いあなた」)。全体は96kHz/24bitなのに、これを含む3曲は48kHzだ。恐らくCDにした時の音の太さや突き感を目指した措置だと思われる。ここではK2HDプロセッシングにて48kHz/24bitから96kHz/24bitにアップコンバートされている。抜けはいまひとつだが、音の太さ、剛性感は確かに感じられる。感情変化の細やかな襞が、歌い方に細やかに反映する表現力は柴田淳のワン・アンド・オンリーの美質だ。それがよりくっきりと表現されたのが、本アルバムだ。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
VICTOR STUDIO HD-Sound.、e-onkyo music
『チャイコフスキー:弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」
ムソルグスキー:「展覧会の絵」』
カメラータ・デュ・レマン
2012年秋、ジュネーヴ音楽祭にて結成されたスイスの弦楽アンサンブル、カメラータ・デュ・レマンのデビューアルバム。スイスをはじめヨーロッパ各国で活躍する15人により結成され、レパートリーはバロックから現代まで、演奏形態は弦楽四重奏から室内オーケストラ作品までという多彩な可変アンサンブルだ。
PENTATONEというと、いかにもDSD的な繊細で、こまやかで、まったりとしたナチュラル質感が特徴とされるが、本作品はその殻を破ったようにダイナミックで、剛性が強く、キラキラと輝く音調だ。でもメタリックというほどではなく、ナチュラルさをしっかりと保ちながらの華麗なテクスチャーが心地好い。特に弦の倍音の豊潤な発露は、ハイレゾならでは。
ムソルグスキー(シモン・ブヴレ編曲):「展覧会の絵」は弦楽版。いつものラヴェル編曲とは違う雰囲気だが、本演奏は弦楽版も十分な傑作だと納得させられる。打楽器や木管がなくとも、それらが醸し出すハイテンション感が、弦楽だけで聴けるからだ。「キエフの大門」では、弦楽なのに、まるで金管のような音が聴ける。当団コンサートマスター、シモン・ブヴレ編曲の編曲の妙と倍音のコントロールの成せる技だろう。さらに、カメラータ・デュ・レマンのカラフルな音色を余すところなく録音したPENTATONEのワイドレンジで情報量の多い録音メソッドとの合わせ技であろう。2017年10月24-27日、ジュネーヴのエルネスト・アンセルメ・スタジオで録音。
FLAC:88.2kHz/24bit
PENTATONE、e-onkyo music
NHK交響楽団メンバーによる金管五重奏団、『N-crafts』が2019年12月、岐阜県飛騨高山、飛騨芸術堂でセッションレコーディングした。エンジニアの長江和哉氏(名古屋芸術大学准教授)は、こう報告してくれた。
「このアンサンブルは、トランペット、トロンボーン、ホルン、チューバと異なる楽器で構成されていますが、それらが、独立した楽器として聴こえるときと、一体となって一つの楽器のように聴こえるときもあり、あたかも、オルガンのストップのように音色が変化するのが魅力だと思います。それらをうまく表現できたらと思い、メインマイクは無指向のDPA(旧B&K)DPA 4006でホールトーンとともに全体を捉えながら、各楽器のスポットマイクもタイムアライメントして用いました」。
もの凄く鮮明で、シャープ。突き上げのテンション感が高い録音だ。クリヤーでブリリアント、そしてハイスピードという金管アンサンブルの持つ魅力が余すところなく、捉えられている。トランペットの輝き、チューバの偉容さ、トロンボーンのコケティッシュさ……と、各楽器の個性が愉しく聴ける。トランペットが右左、チューバがセンター、ボルンが左……と見事な音場配置で、個個の音像も明瞭だ。「2.J.S. バッハ: 小フーガ ト短調」では、飛騨芸術堂にきれいに収斂していく響きの豊かさが味わえる。2019年12月26日、28日 岐阜県高山市 飛騨芸術堂にてセッションレコーディング。
FLAC:192kHz/24bit、WAV:192kHz/24bit
N-Crafts Sound、e-onkyo music
『Monty Alexander, Love You Madly』
Monty Alexander
ジャマイカ出身のジャズ・ピアニスト、モンティ・アレキサンダーの未発表のアナログ音源を、カナダの高音質レーベル、2xHDがハイレゾ化。1982年、フロリダのフォートローダーデールのクラブババで録音された24トラックテープをマスターにした。。マイアミのクライテリアレコーディングスタジオの創設者であるマック・エマーマンが録音したテープだ。
2xHDのマスタリング行程では、すべて真空管機器が使われた。真空管のナグラテープトランスポートでマスターテープを再生し、真空管プリアンプに入力、マスタリング機の 2xHD FUSIONでアナログマスタリング。次ぎに2xHD製のA/D converterにて352kHz/24bit(DXD)にデジタル化。アナログとデジタルのすべてのケーブルは、定評のあるオランダのSiltech社製だ。検聴はナグラの真空管式DAC、 NAGRA HD DAC Xで行う。アナログマスターテープ音とD/Aされたマスタリング後のアナログ音を比較し、違いがあれば再度、マスタリングを行う。
そうして作成されたハイレゾはアナログ的な香りが満載だ。「1.Arthur's Theme」はクリストファー・クロスの大ヒット曲「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」のジャズ・ヴァージョン。冒頭の和音を聴くだけで、芳しい香りが漂ってくる。スマートな指遣いと和声音から、録音されたクラブの様子が彷彿とされる。DSDでリマスターされたアナログ録音は、デジタルでもアナログのフレーバーを濃く伝えてくれる。現代の最新デジタル録音のようにワイドレンジではないが、ミッドの充実感と綿密感はアナログならではのテクスチャーだ。
FLAC:352.8kHz/24bit、192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:11.2Mz/1bit、5.6MHz/1bit、2.8MHz/1bit
2xHD、e-onkyo music
『ブラームス: ヴィオラ・ソナタ 第1番&第2番』
成田寛、上野真
クラシック音楽作品のレコーディング・プロデューサー/エンジニアの小野啓二氏が、オクタヴィア・レコードから独立し、新レーベル「MClassics」を創設。その第1回リリース作品がこれ。山形交響楽団の契約首席奏者のピリオドビオラ奏者の成田寛と、モダンビアノとピリオドピアノを弾くピアニスト、上野真によるブラームス・アルバム。ヴィオラはガット弦を使用し、ピアノは1861年にJ.B.シュトライヒャーによって製造されたフォルテピアノ……と、ブラームスが生きた時代のピリオドサウンドを目指した。小野氏がリポートを寄せてくれた。
「この録音はコンサートのリハーサル時にセッション録音されたもので、楽器の配置とマイクアレンジは当然、コンサートも含めて考慮しています。通常の舞台配置ではなく、ホールの響きと楽器のニュアンスが最善になるよう配置しています。マイクアレンジも、オリジナルのピリオド楽器と奏法による演奏ピュアな音色や響きをそのまま生かしたいと思い、2本のマイクによるワンポイントにし、DSD5.6ステレオ収録しました。コンサート時はその周りに客席を設け、セッション収録とライブの両立を図り、録音と同じ環境の空間で音楽を楽しんでいただきました」。
ナチュラルにして、臨場感溢れる名録音だ。センター位置に慎ましやかに定位するビオラとピアノの安定感は確実。ビオラのチェロほど低くなく、ヴァイオリンほど高くない、ちょうど案配のよい帯域の音が、これほど深いのか、本録音を聴くと識れる。ホールトーンも適宜に入るが、基本的には、明瞭にクリヤー。2019年11月27-29日、神奈川県の相模湖交流センターで、録音。
FLAC:192kHz/24bit、96kHz/24bit
WAV:192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:11.2Mz/1bit、5.6MHz/1bit、2.8MHz/1bit
MClassics、e-onkyo music
『Wakana Covers ~Anime Classics~』
Wakana
新旧“アニソン”の名曲をクラシックアレンジでカバーしたアルバム。小規模弦楽とピアノをバックに、ヴォーカル音像はセンターに明確なポジションを持つ。好ましいのは、音調がナチュラルなこと。新旧“アニソン”の名曲をクラシックアレンジでカバーしたということだが、クラシックアレンジは音調にも反映されている。Wakanaのヴォーカルも素直で、ストレートなもの。個性的ではないが、耳にすぅっと馴染みよく入ってくる。ヴォーカルはセンターに的確にいるが、弦楽はチェロが右、ヴァイオリンは左と中央、ピアノは中央と、2つのスピーカー一杯に拡がる。アニソン人気に沿った企画だが、弦楽+ピアノ+ヴォーカルのアンサンブルはまとまとりがよい。
FLAC:96kHz/24bit
WAV:96kHz/24bit
VICTOR STUDIO HD-Sound.、e-onkyo music
『モーツァルト:ホルン協奏曲全集』
小澤征爾、ラデク・バボラーク、Mito Chamber Orchestra
元ベルリン・フィル首席ホルン奏者のラデク・バボラークと小澤征爾指揮の水戸室内管弦楽団によるモーツァルトのホルン協奏曲全集。水戸芸術館のホールトーンがたいへん美しい。響きの滞空時間はオーケストラと独奏の直接音を阻害するほど多くなく、質感もいい。ある距離を置いて、客席の良い位置で来ているような、臨場感だ。ホルンソロが会場全体に雄大に響く。会場の反響の様子がオーケストラより、遙かにホルンの方が識れる。2005年と2009年の定期演奏会ライヴ録音だから録音年代にもよるが、オーケストラ音はもっと解像感が欲しい。
DSF:2.8Mz/1bit
Sony Music Labels Inc.、e-onkyo music
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