デジタル化に向けて日本と台湾が進むべき道を探る
オードリー・タン氏が語った日本と地域の課題:NoMaps2020
2020年もNoMapsの季節がやってきた。カンファレンスの口火を切ったキーノートセッションでは、台湾のデジタル担当大臣 オードリー・タン氏をゲストに、「市民生活とテクノロジーの調和」について、さくらインターネットの代表取締役社長である田中 邦裕氏とともにディスカッションを繰り広げた。ファシリテーターはCode for Sapporo、Code for Japanで活躍する古川 泰人氏。テーマは「現在行なわれていること」と「これからのこと」のふたつだ。
デジタル庁長官にオードリー氏を推す声、日本の閉塞感打破のヒントとは
冒頭、古川氏がふたりに北海道の印象などを聞き、ディスカッションは本題に入った。最初に投げかけた質問は、最近興味を持っているテクノロジーについて。
オードリー氏は現役エンジニアとしての顔も持っており、最新技術を学び続けている。一方の田中氏も、インターネット企業のトップとしてテクノロジーの動向には鋭い。奇しくもふたりが挙げたのは、拡張現実テクノロジーを有する台湾のスタートアップ・XRSPACEが手掛ける5G対応VRヘッドセット「XRSPACE MOVA」だった。
続いて古川氏はオードリー氏に、日本を含む世界各国のイベントに参加していて見える、世界共通の課題、日本の課題について尋ねた。
「いま世界中の人々が『創造的破壊技術』の代わりに『包括的技術』に取り組む方法を考えています。その点において世界を見渡しても、台湾と日本には多くの共通項があると思います」(オードリー氏)
この言葉を受けて田中氏は、日本はビジョンを掲げていても実行力が伴わず、国民も変われると本心から思っていないのではないかと語った。
「日本にデジタル庁ができることになり、誰が長官になるのか興味深く見られています。そんな中、オードリーさんにデジタル庁長官になってほしいという声をよく聞くんです。日本はビジョンを持っているが、実行力に欠ける。そんなときに国内人材ではなくオードリーさんに期待してしまうような閉塞感もある。この状況を打破しないといけないと思っています。何かヒントはありませんか?」(田中氏)
オードリー氏はG0v(ガブゼロ/台湾最大のシビックテックコミュニティ)での活動を経てデジタル大臣に就いた経緯を語り、日本のCode for Japanにも同じような技量を持った人材はいるはずと語った。さらに台湾のリバースメンターシップ制度について紹介し、多様な背景での連携を充実させる役割につく人は、シビックテックコミュニティと強いコネクションを持っているべきだと述べた。
そして、話題は自発的な協働を促す仕組みへ。台湾では総統杯というハッカソンが開催され、毎年優秀な5チームに国家元首自らがトロフィーを渡し、そのプロジェクトを国の政策に取り入れているという。行政府がハッカソンにおいて社会実装も含めた公約をかかげ、それを多くの国民が知っていれば、各地域の住民もその活動への参加を強く希望するのだとオードリー氏は紹介した。
「日本でもできるはずなので、是非政府に提言したいですね。台湾の例を聞いていると、ものごとを継続、拡大していくためには国の力が重要になるけれど、始めるのは常に市民からだということを実感します」(田中氏)
長期的な視点を持てば中小企業でもイノベーションに投資できる
第一次産業が盛んな北海道において、多くが伝統的なシステムで成り立っており、デジタルの恩恵を受けられていないとして、古川氏は次のような質問をした。
「台湾では第一次産業に対するイノベーションはありますか? また現場に実装されるにあたって、フィールドワーカーである農業や漁業の生産者が自発的に参加するインセンティブはあるのでしょうか?」(古川氏)
オードリー氏は農薬散布など人手を集めるのが困難なシーンでは、ドローンの活用などに興味が集まっており、その分野において5G技術への期待が高まっていると答えた。
「台湾では5G技術の導入は実験的な目的だけではなく、農薬散布ドローンのように日常的な利用のために整備されるべきだとされています。大きな自治体のように強固なネットワークが整備されていない、地方を優先して5Gの導入を始めました。
5つの通信事業者に多額の予算を先払いし、地域の協同組合や社会起業家たちが通信事業者と共同事業を行なうことに奨励金を出すとともに、自動運転社や遠隔医療、遠隔教育を含んだサンドボックスづくりに取り組んでいます」(オードリー氏)
日本でもサンドボックスを作って5Gで新たな実験がたくさん行なわれている。田中氏は台湾と日本の違いとして、日本は南北に長い国であり、地方によって抱えている課題が違うこと、それに対してテクノロジーで解決できることが多数あることなどを挙げた。また古川氏は、台湾では5G導入にあたって地方が優先されていることに対して、デジタルディバイドを解消するための判断なのかとオードリー氏に問うた。
「都市部での5Gは『あれば便利なもの』ですが、地方では『なければ困る必要な物』としての事例がたくさんあります。5Gを単に既存ネットワーク同等の選択肢として考えるのではなく、課題のある地域をより良い場所にするための手段として捉え、社会投資家たちに投資してもらいます。特に医療や教育、そして通信分野において地方に平等性をもたらすことが明確となり、長期的には投資の社会的リターンがとても高いのです」(オードリー氏)
この答えを聞き、古川氏は次のように質問を重ねた。
「地方への投資は民間企業にとってコストがかかるものです。それなりの利益を得られなければ投資しにくいと思うのですが、そこはどのように交渉したのですか?」(古川氏)
これに対するオードリー氏の答は、地方への投資は必ずしもハイリターンな投資である必要はないというものだった。特に中小企業にとっては、こうした投資が自身のイノベーションを促進するとも付け加えた。
「オープンイノベーションのエコシステムに参加、貢献することで、企業は利益を増やすのではなくコストを削減できます。研究開発をクラウドソーシングすることで、コストもリスクも高いインフラへの投資を減らせるからです。
また、自社の技術スタッフに最新かつ最高の知識を与えることもできます。何か新しい課題が発生した場合に『この技術のメンテナーを知っているので、アドバイスをリクエストしてみましょう』と対応できるようになります。これらはすぐに費用対効果を得られるものではありませんが、事業開発と人材開発の両面で高い効果があるでしょう」(オードリー氏)
ダイバーシティとインクルージョンは同時に進められるべき
話題は民間企業の社会貢献事例から、スタートアップや中小企業でも社会貢献できるのかどうかという話題へ展開した。
たとえば日本ではクリプトンフューチャーメディアがコロナ対策にオンラインイベント主催者向けのシステムを開発、提供したり、田中氏が社長を務めるさくらインターネットもシビックテックやオープンソースのコミュニティに積極的な支援を行ったりしているが、そのような企業はまだ一部に過ぎない。
台湾では、トレンドマイクロ社が「ドクターメッセージ」というLINE向けサービスを提供している。LINE上で誤情報が拡散するのを防ぐためのもので、ともだち登録することで誰でも使える。日本でも「ウイルスバスター チェック!」の名称で2020年8月より提供開始した。
「これらの事例はいずれも、ある程度大きな企業のものです。企業体力がない中小企業でも、ソーシャルイノベーションに貢献できることはあるのでしょうか?」(古川氏)
自身がSocialtextというスタートアップで働いていた当時のオープンイノベーションの仕組みを紹介し、中小企業であってもシビックテックコミュニティはすぐそばで歓迎しているものだと、オードリー氏は答えた。同じ質問に田中氏は、シビックセンターへの貢献は宣伝や広報ではないと切り出して、次のように語った。
「今だけのことを考えると、社会貢献はコストも時間もかかり、利益にはそれほど影響がありません。しかし10年、20年後を考えたとき、社会とつながりを持っていて、社会にとってかけがえのない企業になっているためには、社会活動を続けていく必要があると思っています」(田中氏)
次に古川氏が投げかけたトピックは、カルチャーとコンテンツについて。北海道のアイヌのように、台湾にも多くの先住民族が暮らしている。台湾ではG0vがこれら少数民族の言葉をオープンデータとして公開したり、オードリー氏自身もMoeDictという先住民族の言葉を収録したオンライン辞書プラットフォームを公開したりしている。デジタル技術を活用して伝統的な文化を守り、オープンにすることで利活用を促進する姿勢はインクルーシブ(包括的)なものに思えると古川氏は言う。そのうえでオードリー氏に、そうした取り組みにおいて工夫している点はなにかと聞いた。
「現代社会では参政権などの基本的人権の概念が浸透しており、自分の権利を主張するための力として皆が自覚しています。しかし、アイヌ民族やアミ族など他の言語を話す先住民族にとっては、まったく事情が異なります。もし国民投票があっても、彼らの存在は非常に少数派となり、その声は社会になかなか届きません。伝統文化について記憶している人が減少して事態は悪化し、先住民族の行動意欲を奪っています。この状況で求められるのは、『アイヌのため』ではなく『アイヌと一緒に』行動すること。彼らの心に寄り添うことが大切です」(オードリー氏)
「for」ではなく「with」を意識し、彼らの今後のため「after」を念頭において行動する姿勢が求められると、オードリー氏は結んだ。一方同じトピックについて意見を求められた田中氏は、「効率という言葉からの解放をまず念頭におくべき」と語り始めた。
「ダイバーシティとインクルージョンは共になければいけない言葉です。それぞれの違いを認めた上で、その多様な人たちの個性を失わないまま一緒に動けるようにすることが重要だからです。効率を求めると均質化、もしくは分断に進んでしまいます。ダイバーシティとインクルージョンを進めていくと効率は下がるかもしれないけれど、その方がハッピーであると、皆が納得するまで話し合うべきでしょう」(田中氏)
ソーシャルイノベーションにおいては若者も大人も年長者も同じ
ソーシャルイノベーションやシビックテックの話題は何度も出てきたが、そこには必ずコミュニティがある。日本では30代、40代の男性エンジニアが中心になっているが、古川氏が見学したG0vのハッカソンではデザイナーや原子力に詳しい人など多種多様な人が参加していたという。台湾のコミュニティーがこうした多様性を得られる背景や、今後のソーシャルイノベーションに必要とされる属性やスキルについてオードリーさんに尋ねた。
「台湾ではプログラミングのことを『ソフトウェアデザイン』と呼んでいます。ソフトウェアを作る過程で人と話をするのが重要なデザイン寄りのパートもあれば、コンピュータに向かってコーディングするパートもあります。ソフトウェアデザインという言葉を使うことで、これらがすべて『人』を相手にする仕事であるということを強調します」(オードリー氏)
人の話を聞いて課題を発見し、あるいは共通の価値を見出す能力が重要だとオードリー氏は言う。それはエンジニアというよりも、デザイナーやファシリテーターと言える。またプログラマのような思考方法は、多くの人に役立つスキルだと続けた。
「すべての子どもがプログラマーになってほしいとは思いません。しかし、計算論的な思考や物事を抽象化して考えることを学ぶのは重要です。困難な状況や難しい課題に直面したときに、より扱いやすい課題に単純かして取り組むことができるでしょう」(オードリー氏)
古川氏は最後に、もし自身がいまティーンエイジャーだったら何をしていると思うかと、オードリー氏に質問した。対してオードリー氏は、自身が初めてインターネットガバナンスプロジェクトに参加したのが15歳か16歳の頃だったと言い、もしいまティーンエイジャーだったとしても同じように活動しているだろうと答えた。
「最近設立されたオープンガバメントパートナーシップ・ナショナルアクションプラン評議会のメンバーにも、ティーンエイジャーはいます。今から3年前、タピオカティーに使われるプラスチックストローを削減する活動に取り組み、その成果が評価されて評議会入りしました。つまり、何かしらの貢献を伴うソーシャルイノベーションにおいては、ティーンエイジャーや大人、年長者の間に何も違いはないのです」(オードリー氏)
オードリー氏は「全てのものにはヒビがあり、そして光はそこから射し込んでくる」というレナード・コーエンの言葉を紹介し、先入観を持たない人はそのヒビを単に建物の一部として見るのではなく、生命が入り込んでくる何か、として捉えることができるだろうと語った。先入観を持たず新鮮な視点を持つために、ティーンエイジャーである必要はないとも。
「自分にとって安全で快適な場所から飛び出して、知らない人と一緒に働いてみてください。あっという間に彼らはあなたの中にひび割れを見つけ、あなたも彼らの中にひび割れを見つけるでしょう。そこから光が一緒に射し込むのです」(オードリー氏)
18歳でさくらインターネットを起業した田中氏も、オードリー氏と同じく10代から活躍してきた人物だ。同じ問いに「もう1回人生をやってもオープンソース開発や起業をするだろう」と答えた。
「今の人脈や知識を10代の自分が持っていたら、もっと大きなことができたのではないかとは思います。なので、今の私が持っているノウハウを10代、20代の若い人にもっと伝えていきたいですね」(田中氏)
次世代育成に意欲を見せる田中氏。オードリー氏の口から語られた台湾の若者の活躍ぶりに、いい刺激を受けたのかもしれない。
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