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さいたま市教育委員会 教育長 細田眞由美氏にインタビュー

GIGAスクール構想 民間ICT人材を教育に生かす「さいたま市モデル」

2020年09月02日 09時00分更新

「日本の教育は大きな転換点にある」

――外部のプロフェッショナルが中に入ることは、とても素晴らしいと思います。一方で、デジタルの最前線の方が入って、アナログのイメージが強い教育側とうまく調和するのかという懸念はありますか。

細田:教育がアナログであることは、まさに今までそうだったわけです。ただ、私たち多くの教育関係者は、このままでは日本の教育は難しい立ち位置に来ていることを実感しています。

 これまでは知識を自分の中にインプットして定着させ、アウトプットするかという教育を一斉授業の中でずっと行ってきました。この教育が、高度成長期の日本を支えてきた原動力であったことは間違いないと思います。

 しかし、現在はポケットの中のコンピュータ、つまりスマホの中に知識が山のように詰まっていて、デジタルネイティブと呼ばれている子供たちは自由自在に使うことができます。そんな中で、今までと同じように一斉授業で一定の知識を学校教育の中で教え込んでいくことの限界、これまでの教育活動がグローバル社会の中で通用しなくなったことを、教育のど真ん中にいる人間は実感しています。

――なるほど。教育側にいる皆さんの意識が変わってきているということですね。

細田:はい。これからの学びは、ICTを活用して子どもたちにわかりやすく楽しい授業を効率的に行ない、知識理解については学習の差を考慮して個別最適化の学びを提供していく。その知識をもとに、答がはっきりわからないものに対して、みんなでディスカッションして最適解に近づけるような学びを学校の中で提供していくことが求められている。そのことに、教育者はみんな気づき始めている。だからこそ、学びのパラダイムシフトが必要なんです。

 学校に必要なもの、学校教育で担うべきものと、ICTを活用した学びが担うべきものが、うまくハイブリットとしてベストミックスになっていくことが、これから求められているものだと思っています。

 ですから、GIGAスクール構想のプロジェクトチームの中に、ITのスペシャリストが入ってきて、これまでの学校教育にはなかったアプローチが入ってきたとしても、効率やセキュリティの意味でも必要だと思っていただけると考えています。

学校の中に「ICTエヴァンジェリスト」を育成

――コロナ禍でGIGAスクール構想を全国で急いで進めているなか、さいたま市は環境をとにかく揃えるほうにいってしまわず、全体の構想まで広く捉え、長期的な広い視野できちんとその後の運用考えていらっしゃる点が素晴らしいと思いました。

細田:ありがとうございます。デバイスを入れるだけでしたら、何とか予算を確保して、うまく入札をしていけば、デバイスだけは入ってきます。だけど、それだけでは絶対宝の持ち腐れになってしまいます。

 さいたま市教育委員会としては、デジタルデバイスを「便利なツールだから時々使いましょう」とは思っていません。教育活動のど真ん中に置いて、学びのパラダイムシフトとして、探求型の学びをしていかないと、これからの未来社会では太刀打ちできない。たんに知識をインプットしただけの学びでは、ここから先、日本や世界を支えていく人材にはなかなか到達しない。さいたま市では小中高中等教育までの12年間を一貫した学びとして提供することができますので、その中できちんと力をつけていきたいと思います。

 今回、学校が閉じていた3カ月間にGIGAスクール構想について考えていた際、例えばオンラインの学びはICTインフラという物理的な面もありますが、自律的な学びが子供たちの中に育っていないと限界があることを痛感しました。

――それは、先ほどの環境だけあっても学べるかどうかというところに共通していますね。

細田:オンラインでの学びは、今までほとんど意見が言えなかった子どもが周りの目を気にせず授業に参加できるという事例もあります。しかし、これがビデオオンデマンドのような形ですと、自律的な学びがきちんと育っていないと、ほとんど成立しないこともわかりました。これは、文科省の言う「主体的対話的で深い学び」にもつながっています。

休校で顕在化した学びの課題

――GIGAスクール構想でもともと想定していたICT環境と、コロナ禍で必要とされていた環境は異なっていたでしょうか。

細田:はい。私は2020年の年初めの挨拶で、6500人の学校職員に「これからはICTを活用して学校改革教育改革をどこまで本気でできるかということですよね」というお話をしました。それからわずか2ヶ月で、学校を突然閉じることになりました。

 それまでGIGAスクール構想で探求的な学び学びを実現していこうと思っていた本丸のところにプラスで「リモートで学びを止めない」ということも必要であるという、違う側面も求められていたことが明確になりました。

――今後の休校に備えた対応策としては、どのようなものを考えていらっしゃいますか。

細田:さいたま市では、学校が再開する6月1日の時点から学校には指示を出しています。テレビ会議で、私が6000人に向けて、「これで学校がスタートできるけれど、何時何時また学校閉じなければならないかもしれない。そのためには、6000人の力を使ってみんなで作った『スタディエッセンス』をブラッシュアップし、子どもたちがデジタルコンテンツを活用して学んでいく方法も伝えましょう。そして、私たち自身の授業のスキルもデジタル活用にシフトしていきましょう」ということをお話し、校内研修を行ないました。

 また、民間企業の方にお手伝いをいただいて、ご家庭のITインフラを緊急で整える準備もしています。調査をしたところ、95%前後までは何とかご家庭に1台ご用意いただけることがわかりました。残り数%のご家庭に貸し出しを予定しています。ただ、数%といっても、3000~4000家庭になりますが。

――実際に、今回の休校で、現場の教員の方の意識も変わったというところは、感じられていますか?

細田:ICTを活用した教育活動の重要性については、今回の休校で一気に意識が変わったと、校長先生や教頭先生からのご意見でも複数ありました。

――ちなみに、休校の3ヶ月で、ご家庭から教育委員会にもご意見は届きましたか?

細田:とてもたくさんいただきました。たとえば、「スタディエッセンスがうまく動かない」「子どもに保護者がつきっきりで学びのサポートすることは難しい」という声が多数ありました。スタディエッセンスをはじめとした取り組みは百点満点ではなく、とにかく子どもたちの学びを止めないための苦肉の策でしたので、いただいたご意見は次につなげたいと思っています。

――私自身も小学生の保護者ですが、周囲を見ると思っている以上に「学校が何もしてくれない」という声が多い印象を受けました。この点でも、保護者の意識を変えていかないと、子どもたちの主体的な学びにいかない気がしますが、いかがでしょうか。

細田:はい。今回のコロナ禍で、これほど家庭における学びに対する意識の違いがあり、それによって子どもたちの学びが大きく違うことが顕在化しました。お叱りのお手紙をいただく一方で、「子どもがスタディエッセンスで学んでいる様子を横で見ていて、我が子のこういうところが弱い、ここの姿勢は良いというところが見えた。これから我が子をサポートしていくときの参考になった」というようなお手紙もいただきました。平時ではないので、子どもを真ん中に置き、学校と保護者が力を合わせてもっと協力し合う必要があると痛感しています。

GIGAスクール構想×STEAMSを全校に広げていく

――さいたま市では、英語学習もそうですが、STEAMS教育もとても興味深いと感じました。通常の「STEAM」に「Sports」のSを入れているところが、とてもさいたま市らしいですね。

細田:ありがとうございます。GIGAスクール構想はSTEAMSととても親和性があると感じています。GIGAスクール構想を完成させていくのと同時に、ICTを活用した教科横断で、実社会の中にある課題に直面して、そこから課題解決していくような力をつけていく教育活動を、市をあげて行っていきたいと思います。

 さいたま市といえばやっぱりスポーツ。スポーツで街づくりをしている地域もありますし、「サッカーの街さいたま」とも言われておりますので。最後に「S」をつけて、スポーツは教育活動でも部活動でも、サイエンスとコラボして、みんなで頭を使いながら、効果的に短時間で部活をやっていくことなどにもつなげたいと思っています。

 現在、小中高中等教育学校の15校が推進指定校になって、個別で色々とチャレンジしています。将来的には、さいたま市168校の10万3000人全員に向けて、STEAMSの考え方を教育過程のなかに組み込み、探究的な学びをしていこうと思っています。

――STEAMSの取り組みも、とても面白そうです! では最後に、この記事を通じて、さいたま市のGIGAスクール構想のプロジェクトに興味をもたれる方もいらっしゃるかと思います。ぜひメッセージをいただけますでしょうか。

細田:はい。日本の教育を大きく変えていくような出来事が、このGIGAスクール構想で起きます。しかし、これは教育の知見だけでは完成できません。閉鎖的なイメージもある教育の業界ですが、IT・ICTのスペシャリスト、プロフェッショナルの方々にお力を貸していただき、日本の教育の未来を一緒に変えていくお仕事を一緒にやっていただきたいと思っています。

 これは教育にとっても大きなメリットですし、日本の教育の転換点に立って一緒に青写真を描いていくことは醍醐味のあるお仕事ではないかなと思います。ぜひ、お力をぜひ貸していただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

――ありがとうございました。

 令和の教育改革ともいうべき「GIGAスクール構想」は、この瞬間も全国で着々と進められている。その中でも、さいたま市では自治体の特性を生かし、子どもたちへの学びの質を高める取り組みを行っている。この教育改革により、子どもたちが未来に対応しうるスキルを身に着け、これからの予測不可能な社会に立ち向かっていくことを期待したい。
 

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