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Windows情報局ななふぉ出張所

“通信の最適化”は正当業務行為とみなすべきか?

2015年07月21日 10時00分更新

 最近、MNOやMVNOを含む携帯キャリアが、画像や動画ファイルをユーザーに無断で勝手に“最適化”するという、“通信の最適化”問題が再び話題になっています。今回の騒動は、ソフトバンクの回線で通信した場合だけ、特定のゲームに不具合が起きるという問題を発端にしています。

 果たしてこの問題はどう考えるべきなのか、これまでの流れを解説するとともに、筆者の考え方をまとめておきたいと思います。

通信の最適化で何が起きるのか

 通信の最適化について、ソフトバンクによる説明を見ててみると、“VoIPを利用する通信”、“動画、画像などの一部”、“大量のデータ通信、または長時間接続をともなうパケット通信”について、通信速度の制御やファイルの最適化を行なう場合があるとしています。

通信の最適化とは?
ソフトバンクによる通信の”最適化”の説明。他にも”通常の視聴・閲覧に影響のない範囲でダウンロードの際に省略する場合がある”としており、実際に写真のExifなどメタデータが削除されたとの報告が上がっている。

 仮に画像の劣化が見た目には分からない範囲であっても、厳密にファイルを比較すれば異なっていることから、チート対策などでファイルの改変をチェックしているアプリの動作には支障が出てしまいます。

 また、同様の最適化を導入しているドコモやKDDIでは最適化のオン・オフを切り替えられるのに対し、ソフトバンクではオフにできない、という特徴があります。また、ユーザーが契約時に合意しているかどうかも問題になっており、“通信の最適化”という煙に巻くような表現では、画像の劣化やメタデータの削除といったファイルの改変を連想できない可能性があります。

インターネットでは通常あり得ない振る舞い

 インターネットでは、通信の経路上でファイルが勝手に改変されることは、通常あり得ません。たとえばWebサーバーから画像ファイルを取得する場合、ファイルの長さがHTTPのレスポンスヘッダーに書かれた値と一致し、その内容が1バイトたりとも改変されていない(=ハッシュ値を取れば一致する)のが当たり前です。

 もしアプリ開発の現場で、受け取ったファイルのハッシュ値が違っているとなれば、ルーターやLANケーブルといった経路上の問題、メモリーやマザーボードなどハードウェアの問題、あるいは通信ライブラリのバグなど、なんとしても原因を特定しなければなりません。なにより、過去にやりとりしたすべてのファイルを疑わなくてはならないでしょう。

 もちろん、携帯電話向けに画像を小さくして帯域を節約したいコンテンツ配信者や、携帯電話用に画像を小さくしてパケット料金を節約したい利用者も、存在します。ただ、そういった用途には専用のアプリケーションを提供すべきであり、実際にモバイル向けのOperaにはWebページや画像、動画を圧縮する機能があります。

 携帯キャリアは、かつてiモードやEZweb、Yahoo!ケータイといった独自のサービスを提供してきた経緯があるからか、自社のネットワークに様々な機能を追加できると考える傾向にあります。一方、インターネットはそれ自体が単純なTCP/IPネットワークであるべきという考え方もあります。これは海外でも“Intelligent Network”と“Stupid Network”として、同様の議論があります。

通信の秘密は条件付きで侵害できる

 このように、通信の最適化はインターネットの仕組みと相容れないものであり、そうしたことはやるべきではないというのが筆者の考えです。

 ただ、通信事業者による通信経路への介入を“通信の秘密”との兼ね合いで考えると、話はややこしくなります。本来であれば、通信事業者は通信の秘密を侵害することができないため、画像の改変はもちろん、やりとりされているデータが画像なのかどうかも、知ることができないはずです。

 さらに通信の秘密は、パケットの宛先であるIPアドレスやポート番号を機械的に知るだけでも、秘密の侵害にあたると考えられています。ただ、これらを知ることは通信事業者がサービスを提供するために必要不可欠な“正当業務行為”として、違法ではないとされています。

 ISPによるP2Pアプリケーションなどの大量通信の規制にも、この正当業務行為のロジックが用いられています。規制のためには通信の秘密を侵害することが避けられないものの、ネットワークを過度に占有するアプリを規制し、他の利用者の通信品質を確保するという目的において認められています。

通信の最適化は“正当業務行為”か?

 ソフトバンクは、この“正当業務行為”により通信の最適化を説明しています。その根拠として、“公平で円滑な提供”のため、“ネットワークに負荷をかけるデータを最適化処理する必要”があり、その最適化が“遜色ない範囲にとどまる”という3点を挙げています。

 これは日本インターネットプロバイダー協会など業界団体が策定した『帯域制御の運用基準に関するガイドライン』が定める、正当業務行為の3要件を踏まえた回答という印象です。つまりソフトバンクは、画像や動画ファイルなどをP2Pアプリケーションと同じロジックで帯域制御している、ということです。

通信の最適化とは?
帯域制御のガイドラインが定める3要件を踏まえることで、ソフトバンクはP2Pアプリケーションのように画像や動画ファイルを”最適化”している。

 また、同ガイドラインは“利用の公平”の観点において、すべてのユーザーに同等の制御を実施することを求めています。ソフトバンクが通信の最適化を個別にオフにする機能を提供していないのは、これが理由と考えられます。

 たしかに携帯ネットワークにおいて、画像や動画がトラフィックの大部分を占めていることは想像できます。ただ、画像や動画を“アプリケーション”とみなし、P2Pアプリケーションと同じように帯域制御できるかどうかは、議論の余地があります。

 また、仮に画像や動画のトラフィックを削減することが正当業務行為にあたるとしても、単に帯域を絞り込むのではなく、ファイル自体を改変することができるのか、という問題があります。

最も手軽な自衛策はHTTPS

 通信の最適化に対して、ユーザーやWebサイト運営者の”自衛策”はあるのでしょうか。サーバー側では、HTTPSなどSSL通信を提供すること、そしてクライアント側からはVPNの利用が考えられます。

 WebサーバーにHTTPSで接続できるようにするには、サーバー証明書のインストールが必要です。IPアドレスを共有しているレンタルサーバーの場合、独自SSLは有料オプションとするところが多いものの、ドメイン名にこだわらなければ共有SSLという手があります。

 一方、クライアント側ではHTTPSに対応したサーバーにはHTTPSで接続するのが基本になります。さらに徹底するならVPNを利用して、通信の最適化を回避する方法もあります。

 もっとも、携帯キャリアは端末のルート証明書を操作できる権限があるため、技術的にはSSLを復号化することも不可能ではありません。HTTPSではない独自の暗号化を施すなどの回避策はあるものの、現時点ではそこまで心配する必要はないでしょう。

■関連サイト
一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会
ソフトバンク(ご利用の際に通信制御することがある内容について)

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