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任天堂どこへ行く:任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代

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ファミリーコンピュータ(1983年発売、1万4800円)横井軍平さんが担当したのは、カセットが飛び出すイジェクトボタンとコントローラの十字ボタン。
写真:山崎功

7月13日12時追記:本記事掲載から数時間後、任天堂代表取締役の岩田聡社長が55歳の若さで世を去ったとの訃報が入りました。信じがたい思いです。岩田社長は本記事でとりあげる横井軍平さんとともに、日本が誇る天才開発者のひとりでした。

「岩田聡氏の最大の功績は、DNAを忘れかけていた任天堂に、もう一度自分たちの根本を思い出すきっかけをつくったことにある」(『任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代』より)

ここでいう“根本”とは、横井軍平さんの「枯れた技術の水平思考」という任天堂ならではの発想哲学です。日本のみならず、世界中の関係者の皆さまはどうかお力を落とされぬよう心より願うばかりです。

 先週にひきつづき、本日も任天堂の天才、横井軍平さんのお話。

 あらためて言うと任天堂『ゲーム&ウオッチ』『ゲームボーイ』など初期ヒット作を生み出した伝説の開発者である。そして彼の生涯を描いた新書『任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代』が発売中である。価格は864円である。

 先日、アスキーでは本書から座談会の前半を抜粋した「iPhoneはゲームボーイだ」を載せた。おかげさまで記事はなかなか好評だった。編集担当の亀井史夫編集長にそう伝えたところ「後半も載せちゃっていいヨ~ン!」と来たのである。

「いや、それじゃ全部載せることになっちゃいますよ」「いいヨ~ン、じぇーんぶ出しちゃっていいヨ~ン!」というわけである。亀井編集長はクレバーな方であり実際はこんな口調ではないのだが、ほんとにダイジョーブなのか疑いながらの後篇である。

 話者は前篇に引き続き、新書著者でITジャーナリストの牧野武文さん、任天堂コレクターでウェブディレクターの山崎功さん、そして角川アスキー総研の遠藤諭取締役。やはり横井さんが絡んだ製品の写真をちょくちょくはさんでいく。ではどうぞ。

日本の玩具作家の代表格

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チリトリー(1979年発売、5800円)クルクル回る動きが楽しい無線クリーナー。チリを吸い込みながらその場で回転し、リモコンのボタンを押すと片方の車輪が反対に回転して進む。
写真:山崎功

遠藤:任天堂はやっぱりドンキーコングからだよね。アメリカにも進出して、いきなり訴えられてね。何十時間以内に回答せよみたいな。でも、そういうプレッシャーに対抗して張っていける企業ってすごいよね。

山崎:あのあたりから任天堂は、オリジナリティーに強いこだわりをもつようになりましたね。

遠藤:やっぱりファミコンがブレイクして、やたらに任天堂がキーワードになった時期がありましたよね。それまでの任天堂は、一玩具メーカーという感じではありましたね。

山崎:山内さん(山内溥元代表)の考えだと思うんですけど、玩具って目立たないと売れない、だからネーミングに関しては、山内さんがかなり関わっていたそうです。そのネーミングを聞いたときに「なんだ、これは?」という驚きがなければいけない。

遠藤:あの掃除機、なんだっけ? チリトリー! あれはもう、超脳みそに刺さってくるネーミングですよね。ラブテスターもショックだったな、僕の人格に影響を与えていますよね。だって、女の子の手を握れるんですよ、あれを言い訳にして。一時期、僕はいつも持ち歩いていました。その甲斐あって何かのイベントのときに女優の中嶋朋子さんとラブテスターをさせていただいたり。あと、ツイスターゲームね。

山崎:あれも、最初に輸入販売したのは任天堂ですね。

遠藤:そうだったんだ! あれも女子のお尻がプリンとあたるところが想像できちゃうのね。

山崎:横井さんもおっしゃっていたんですけど、普通の玩具というのは何歳から何歳向けみたいな子供向けなんですよね。でも、任天堂は玩具じゃなくて、大人も子供もファミリーで楽しめるものをつくっている意識だそうです。ゲームというのは、子どもが大人にも勝てる唯一のものだからです。

遠藤:遊びって、すべてそうだよね。

山崎:当時そう考えていたのは、玩具メーカーの中では任天堂ぐらいですね。

牧野:関西にある玩具メーカーというのも珍しいですよね。

山崎:そうですね。ほとんどは東京の葛飾区、台東区に集中してましたから。さらに開発技術も任天堂は高くなかったですから、差別化をはかるために工夫をしていったんじゃないでしょうか。山内さんがそういう思いをもっているときに、おなじ感覚をもっていた横井さんが入社してくることで、任天堂は大きく変わっていくんですよね。

開発者が開発だけに専念できた時代

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ワンダースワン(1999年発売、4800円)バンダイから発売された携帯型液晶ゲーム機。横井さんがコンセプトを考え、彼の会社コトが開発に携わった。
写真:山崎功

山崎:任天堂って、経営的な数字ってあまりいわない会社なんですよね。横井さんも宮本さんも、「この商品の売り上げ目標は」みたいな話はいっさいしていませんよね。「このゲームはこんなに面白いんです」と商品の魅力を話しますよね。山内さんのインタビューでもそうですね。こういう取り組みをしますとか、こう考えますとかはいいますけど、経営数字のようなことをいわないですね。

牧野:でも、エンターテインメント商品って、ほんとうのことをいったら、売り上げ目標なんか立てられませんよね。売ってみないとどれくらい売れるかなんてわからない。それに同じ10億円の売り上げでも、次につながる10億円と、そこで終わりの10億円じゃまったく意味が違う。

遠藤:でも映画なんかだと、売り上げ予測が立つものもあるんです。それは上映スクリーン数、出演俳優などで決まってきます。洋画の大作なんかがそうで、目標達成があたりまえの世界。いっぽう、単館とまでいわなくても、小規模から展開してくる邦画なんかは予測がつかない。で、伸び代があるのがそういう興行収入で数億から数十億をめざす映画なんですよね。

牧野:売り上げ予測が立つエンターテインメントというのは、予測が立つ仕組みをつくりあげてきたわけですよね。

遠藤:それはそう。そういう意味では玩具やゲームは危ない方の部類。伸び代だらけ。フラフープとかダッコちゃんとか、異常なブームが起こることがありますね。任天堂の商品って、そういう売れまくったものってあったんだろうか。

山崎:ゲーム&ウオッチもそうですし、光線銃シリーズもそうですよね。

牧野:でも、社会現象にまでなったとなると、やっぱりゲーム&ウオッチですかね。

山崎:国内で1287万台、海外と合わせて4340万台も売れました。

牧野:コピー商品まで含めると1億台を超えているとも。

遠藤:亜流の商品は当然でてくるでしょ。

牧野:亜流というより、もろにコピーした違法商品ですね。基盤をコピーして流用した商品なんかも海外で違法生産されましたから。

山崎:それで商品のライフサイクルが短くなってしまったので、次のファミリーコンピュータではライセンス制度をつくったんですね。

牧野:遠藤さんはさきほど、「日本の企業というのは、横井さんに代表される才能のあるエンジニアやクリエイターを太っ腹の部長が遊ばせていた。そこからいろいろな発想のものが生まれてきた」とおっしゃいましたね(前篇)。そのとおりだと思うんですけど、今の日本の企業って、そういう感覚残っていますか。

遠藤:ないよねえ、余裕がなくなっちゃったんですよ、僕が弁護することでもないんだけど。ただ日本の企業って、伝統的にそういうところがある。偉い人が「おれの目の黒いうちはこうだ」みたいなことをいって、だれかに目をかけて自由にやらせるみたいなことがあるんですね。アメリカは設計書をきちんと書いてやる、いっぽう日本はあうんの呼吸でみたいなことで、人を信頼して任せてしまう。それは日本の文化に根ざしていて、日本のダメなところでもあるんだけど、いいところでもあるんですね。企業に余裕があれば、すごいものが生まれてくる。

牧野:でも、それって余裕がないと、大失敗になることもありますよね。

遠藤:そこはさ、日本は温帯モンスーン気候で温暖だから、大コケしたって死なないもんみたいな感覚があったんですよ(笑)。そういう感覚がなんとなくあるんじゃないかと思います。でも、今は国境がなくなっていて、世界がひとつになって、ちょっとの失敗も許されない状況になっている。企業人はほんとつらいですよ。だから、横井さんの時代はほんとにハッピーな時代だったと思いますね。

山崎:横井さん時代の任天堂は、開発者は開発だけに専念できていたと思いますからね。

遠藤:開発をするときに、他社のもっている知的財産権を侵さずにつくるって、ほんとうはものすごくむずかしいわけです。日本の電機メーカーなんかはお互いにそれがわかっているから、クロスライセンス契約なんかを結ぶ。それ以前というのは、けっこうイケイケで、他者の特許や実用新案などを考えずにものをつくっていたような時代もあったわけです。企業の法務部にいた人がいってましたけど、昔の法務部というのは、開発部がむちゃくちゃをやるので、それの尻拭いをする、そのために外と戦うのが法務部みたいな部分があったと。それがあるときから、知的財産権がうるさくなって、それを侵さないように監視する社内警察のような部署になってしまったと。180度やっていることの方向性が違ってしまったといっていました。

山崎:任天堂も、社員を平気で遊ばせて、そこから面白い発想のものを生みだしていた企業ですものね。

牧野:でも、それもある意味つらいですよ。ほんとうにまるまる遊んでいいわけじゃなくて、成果がでているから、それが許されるわけで。

遠藤:僕は、アスキーに入社してから今まで、一度も働いた感覚がないけどね(笑)。

牧野:それは成果をだしているからですよ。横井さんも遊んでいながらも、同時に重いプレッシャーを感じていましたよね。

山崎:そうですね、ヒットをだせばだすほど、周りの期待が大きくなっていきますから。

牧野:面白いのは、横井さんと山内さんの関係です。周囲の人の多くが、あの二人は親子のようだったと。言い争いをすることもたくさんあったが、親子げんかのようだったというんですね。横井さんも製品ができると、いちばんに山内さんに見せて、社長の喜ぶ顔が見たいというようなことをいう。

山崎:それは、横井さん以外でも、任天堂の当時の方々はみな似たことをいいますね。山内さんの喜ぶ顔が見たいと。社長が嬉しい顔すると、やりがいがあると。

遠藤:京都という風土が醸しだすような文化は関係あるんですかね?

山崎:玩具メーカーが集中している東京から離れているということが大きいのだと思います。周りに玩具メーカーがあると、真似するつもりはなくても、気になって影響されてしまう。京都にいると、そういうノイズが入ってきませんから、自然に独創的になっていく。

遠藤:オムロンとか京セラもそうなのかもしれませんね。

スマホとゲームの可能性

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バーチャルボーイ(1995年発売、1万5000円)テーブルトップ型LEDディスプレイを覗き込んで遊ぶ異色のゲーム機。左右に異なる映像を表示させることで、3D立体映像を実現した。
写真:山崎功

牧野:任天堂もDeNAと提携する、ゲームソフトメーカーも次々とスマートフォンに本格参入する。今、家庭用ゲーム機から携帯ゲーム機へ、携帯ゲーム機からスマホゲームへという流れができているように、一見見えますが、今後もその流れが続くんでしょうかね。

遠藤:スマホゲームは、伸び代はめちゃめちゃありますよね。日本は去年スマートフォンが2700万台ぐらい出ていて、ガラケーを使っている人が3割。ワールドワイドで見ると、人口が70億人いて、30億台ぐらいのスマートフォンが稼働することになる。もっと多いかもしれない。

牧野:ゲームの内容の可能性という点ではどうですか?

遠藤:グーグルのイングレスのような面白い位置ゲームなんかが、その可能性を示していると思いますね。いろいろなセンサーがすべて入っているというのがあたり前になってきましたから。ただ、携帯ゲーム機というのは5年とか7年、機器の機能を固定化することで、そこからいろいろなゲームが花開いていったわけですが、スマートフォンはどんどん進化してしまう。iPhoneですら、毎年どんどん機能が変わっていく。その点では、ゲーム機に比べて不利な点がありますよね。でも、センサーとかコミュニケーションを利用したとんでもないゲームがでてくる可能性はあるでしょ。

牧野:ゲームの幅が広がっていく?

遠藤:広がっていくというよりも、もうLINEがひとつのゲームでしょ? Facebookも「いいね!」がたくさん押されるかコメントがつくかなんて、ほとんどトランプゲームの大富豪でカードが続くかとかの世界。ソーシャルメディアもゲームなんですよ。だから、インビジブルゲームの時代がきてるんではないでしょうか。今まではゲーム機という立てつけの中でしかゲームは遊べなかったけど、今は、ゲームがもっているスリルだったり意外性だったりコミュニケーションというものがばらけてきて、すべてがゲームになる。そういうきっかけになるキャパシティをスマートフォンはもっていると思いますね。だからこそ、「iPhoneはゲームボーイだ!」(前篇)なんですよ。

牧野:となると、従来のゲームとは様相の違うゲームがでてくることになりますね。

遠藤:というより、遊びって、そもそも自由なものなんですよ。それを任天堂が、ゲームボーイというプラットフォームで遊びの一部を切り取ったんだと思います。

牧野:その遊びの一部を、ぼくらが勝手に「ゲームとはこういうものだ」と思いこんでいるところがある。

遠藤:ゲームボーイが規定していたゲーム、遊びが、いよいよ解き放たれる時代がきているということです。でも、それが楽しい世界になるのかどうかはわからないところもあります。遊びって、縛られること、制約があることで面白くなるわけですから。

任天堂はどこへ行くのか?

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GUNPEY(1999年発売、2980円)パネルの上下を入れ替えながら左右の壁をラインでつなぎ、パネルを消滅させるパズルゲーム。横井さんが監修した『へのへの』を元に開発された。
写真:山崎功

牧野:ドローンって、実は任天堂の得意分野なんじゃないんですかね。本格的なものじゃなくて、遊びに使うドローンとか。

遠藤:そうだよね、横井イズムからしたら、女風呂のぞくためのドローンとか(笑)。

牧野:横井さんが今生きていたら、ドローンと3Dプリンターはまっさきに買って遊んでいると思います。

遠藤:横井さんにとっては、今、めっちゃ面白い時代になりましたよね。

牧野:任天堂はなぜそっちの方向にいこうとしないんだろう?

山崎:まだ枯れた技術になっていないんじゃないですかね。

牧野:いや、枯れているでしょ。ドローンに使われている要素技術自体は、GPSやセンサー類で、もう枯れているといってもいいですよ。

遠藤:まあでも、急激に小さくなって、安価になったのは、ここ数年のことですからね。ロンドンのトイフェアのニュースを見ていたら、子供向けのスマートウォッチなどがたくさん出品されていましたね。子供は大人のやることを真似するので、先取りしておくという発想。

山崎:岩田社長は、インタビューで、ハードとソフトの一体ビジネスは変えませんといっていますね。そこから新しいものを生みだしていくんだと。

牧野:ごく常識的に考えたら、スマートフォン向けに無料ゲームをつくって、それを入り口にして、ゲーム機の世界に誘導しようと、そういう戦略だととれますよね。

山崎:それに近いことを、すでに岩田社長もおっしゃってますね。流入経路を広げていくものとしてスマートフォンを見ていると。

牧野:前から疑問なんですけど、スマートフォンのゲームって、1プレイ3分が基本なんですよ。電車に乗っているスキマ時間に遊ぶことを想定している。そのため、複雑なゲーム性やストーリーをつくり込むことがむずかしくて、ただタップするだけで進む「ポチゲー」などとも揶揄されます。任天堂の強みって、ゲーム性だったり、ストーリーの面白さだったりしますよね。でも、そこをつくりこむと1プレイが3分では終わらない。この壁をどうやって任天堂は越えて、スマートフォンに進出しようとしているんでしょう?

山崎:DeNAもガチャなどの課金で批判を浴びたので、スマホゲームは決して危ないものではないというイメージづくりをしたい。任天堂もスマートフォンに進出することで間口を広げたい。その思惑が一致したのだと思います。

牧野:でも、課金を任天堂はどうするんでしょう? 任天堂としては、射幸心を煽って課金するようなことはぜったいにできない。かといって、無料配布無課金ではビジネスにならない。じゃあ、スクウェア・エニックスのドラゴンクエストシリーズのようにゲームアプリを販売する方法をとるんでしょうか?

山崎:そこはわかりません。でも、課金を軸にしたゲームづくりをしていくことはないと思いますし、そういう発想は任天堂にはないんじゃないでしょうか。

遠藤:ネットフリックスって、月額10ドルくらいで見放題というサービスなんですよね。だから、安心して楽しめるから加入者が500万人もいて米国のトラフィックの半分を占めるなんていわれてる。それで安売りだけかというと、テレビ放送も始まっていないウルトラハイビジョン対応や豪華なオリジナル番組を投入している。ああいう世界を目指せばいいんじゃないですかね。任天堂には親も子も安心して遊べるゲームをつくる会社というイメージを守ってほしいですね。

任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代

発売日:2015年6月8日
電子書籍配信日:2015年6月10日
定価 864円
新書判
ISBN 978-4-04-102374-7-C0295
角川書店

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