「インターネットにはたくさんの医療情報があるが、患者が最初に調べる入口の情報がスカスカなままでいいのかという問題がある」「患者さんを向いたサービスがない。そこに尽きる」
病気やけがの症例や治療法について、インターネットで検索したことはあなたもあるはずだ。Wikipediaや厚生労働省、専門機関や企業特設サイトなど、多数の結果が出てくるが、知りたいのは「結局、自分はどうしたらいいのか」だ。
また、あなた本人ではなく家族が検索を行って、きちんとした最新の情報を各サイトから読み取れるだろうか。そもそもの検索行為はできても、医療についての正確かつ最新の情報を探しだすには、ある程度のリテラシーが求められる。
"誰でも見られる場所に、知りたい病気の最新情報・治療法が載っていること"。文字通り当たり前に思えることを、現場の医師たちの目線で愚直に追及しているサービスが『MEDLEY(メドレー)』だ。当たり前過ぎてこれまでなかった医療ウェブサービスについて、メドレーの代表取締役医師・豊田剛一郎氏、システムを担当する執行役員の石井大地氏に聞いた。
■ウィキペディアには医師でも意味がわからないものがある
メドレーの創業は2009年。医療・介護現場の人員不足という課題を解決するミッションをもった求人サイト『ジョブメドレー』の運用からスタートした。身近でありながら専門性が高く、個人での情報判断が難しい医療分野でのスタートアップだ。
求人情報の次の手として、2015年2月3日に始まったのが医療情報提供サービス『メドレー』だ。解決したかった課題は、「患者さんを向いたサービスがない。そこに尽きる」(豊田代表)という。
「医師の現場、外来や病棟は多忙を極めている状態。本来であれば患者さんに説明をきちんとして、本当に納得して治療にあたってもらいたいと思っている。ただ、現実的に日本の医療ではそこまで納得してもらっているのか、医者のほうもわからない。患者さん自身が病気を知ることで、短いコミュニケーションの中でもっと話せる部分はある」(豊田代表)
「医療情報のサイトには血液データや画像所見の詳しい情報があるが、必ずしも患者さんがそれを理解する必要はない。知りたいのは、症状や必要な検査、そして何が自分にとって最良の治療法かということ。インターネットにはたくさんの医療情報があるが、患者が最初に調べる入口の情報がスカスカなままでいいのかという問題がある」(石井役員)
インターネット上に医療情報は数多く掲載されているが、医学的には正しいことであっても、現場で患者のためを思い治療する医師の実感とそぐわないケースもあるという。
例えば、『メドレー』に掲載されたインフルエンザのメッセージでは”現場であえて検査を行わないケース”についての言及がある。理由は「10回に1回程度誤った検査結果になる」と言われている検査の正確性からだ。”検査を行うまでもなく明らかにインフルエンザらしい人”の場合でも、検査結果が陰性であれば薬が処方できなくなってしまうというわけだ。
医師免許をもつ豊田氏自身、「ウィキペディアには何回見ても意味がわからないものもある」と語る。医学的に100%正しいことを説明するのはものすごい労力だ。だが、医学的な部分をわかりやすくするため乱暴にまとめてしまっては、「これは違う」という指摘につながる。
「医療について情報を出すならば、多くの先生たちが妥当と考える集合知の総和が必要。広い意味での正解に近いものを患者さんに提案できるように、現場の先生たちの肌感覚や言葉を伝えるようにした」と豊田氏は語る。
たとえ正しい情報があっても、探せないような深い場所にあるか、要約内容を知った上で全文を見ないと理解できないようなものも多い。学術的には正しくとも、それで患者や家族は納得できない。
アルファ版『メドレー』の医療情報。症状・検査・治療・医師からのメッセージのほか、医師オススメの参考リンクも掲載される。 |
■本当に必要な医療情報の伝達コンテンツとは?
では、患者にとって本当に必要な医療情報の伝達方法はどこにあるのか。そもそも病気は複雑に関連し合って説明が難しい。また医学は随時更新され続けるためアップデートが重要だが、数ある医療情報サイトにはいつ更新されたのかわからないものも多い。豊田代表は、「外来や病棟の現場に答えがある」と語る。
「良い先生の話し方というのは医療技術の1つ。患者さんに理解してほしいとなると言葉は選ぶため、情報を噛み砕いたり、ときにはあえてまとめたりして出している。自分も臨床医の経験があるが、実際に専門の先生から入ってくるインプットは、当たり前だけどまったく違う。また、医療現場の医師にとっては当たり前というような情報が、必ずしも患者さんに共有されてないこともわかった」(豊田代表)
現場の声を反映させるため、システムを担当する石井氏が最初につくったのは、医師のためのコンテンツ入力・管理を手助けするCMS(Contents Management System)だった。現場から収集される最新メッセージを、コンテンツとして集め、古くならないように更新されていくシステムをバックエンドで作り上げた。
またサービス開始前の準備期間に石井氏が行ったのは、掲載する病気の選定だった。厚生労働省が集めているさまざまな医療データや、医療費の支払い評価方法であるDPC(Diagnosis Procedure Combination、診断群分類)などを基準にリサーチを実施し、実際に患者のニーズが多い病気(医師の声が必要な病気)を分析した。
実際の投稿にはインプットがそのまま反映されるわけではなく、内容が不適切ではないことを複数の医師が確認したうえでコンテンツが完成する。また特定の医師による記名記事の場合、修正にも確認や議論の手間がかかってしまうため、『メドレー』ではあえて医師の名前を出さない集団編集体制となっている。フィードバックの反映も、コンテンツの変更があればすぐにメールが飛ぶ仕組みで、1日の改訂回数もすでにかなり多い。※23日夜の時点で「過去24時間で961回改訂」作業が行われている
トップページでは、編集部参加している医師数、病気のカテゴリーと数、そして改訂作業数を表示。 |
「医療に求められる厳密さ確保のためには、編集履歴をしっかりとることが重要。バックエンドのシステムはデータ量が多く複雑で、短期間でよくここまでやったな、と我ながら思う」(石井役員)
CMSの作成にあたって、最も重視した部分は生産性だ。現場での5分や10分の休憩の合間でも入力できるよう、使用感覚についてはかなり聞き込んで反映している。「(入力をしてくれる医師の)貴重な時間をいかに使うか」(石井役員)が重要な指標だ。
自身も小説投稿サイトを運営する石井氏は、「小説のようなコンテンツを作るサイトの場合は、投稿者に作家として目立ちたいという意欲がある。一方、『メドレー』の場合、そのような動機とは無縁の、匿名の医師たちの善意と情熱がサイトを動かしている。実際に作ってみて、集まったコンテンツを見ると安心感と感動がある」と語る。
コンテンツを監修・投稿した医師へはわずかばかりの謝礼をポイントという形で付与している。しかし「お金はいらない」という声が多く、投稿などのアクションに対するポイントを集計して、その分を医療のために寄付するシステムとなっている。協力する医師は30代・40代の現役が中心で、サービスに共感する人が多いという。
「スタートアップであるからには、国や社会に対して何かできるように、風穴を開けられるようにしたい。(医療には)正解がないが、(このような情報共有を)結局誰かがやらないと国内医療・社会の未来にとって利便性・有益性がない。本来であれば、国や自治体などがするようなことだと思ってやっている」(豊田代表)
■得体の知れないサービスに協力してもらっている
メドレーの社員数は現在40名だが、実際にサービスとしての『メドレー』に携わっているのは5名ほどだという。現時点の収益は求人サイト『ジョブメドレー』が中心で売上規模などは未公表。『メドレー』自体はスタートアップの規模感で動かし、利用ボリュームが増大しても仕組みそのままにスケールさせる前提だ。「テクノロジーに投資して、合理的に進めている。手運用をやろうという発想ではない」(石井役員)
現状は、まずはコンテンツである医療情報を作りきるフェーズだ。ただし、病気については細分化したらきりがないため、将来的に2000程度の疾患数を見込んでいるという。
アルファ版開始から2週間あまりだが、続々と集まっているメッセージから、現役の医師が現場で感じていることが表に出てきている実感があると両氏は語る。
「どんな病気にも、患者さんに届けるべき基礎情報、伝えたいメッセージが必ずある。まだまだ得体のしれないサービスだと思われても仕方ないが、面白そうでみんなのためになると思ってもらえて、協力してもらっている。最初についてくれたコアなサポーターのためにも、我々もがんばっていかないといけない」(豊田代表)
今後は病気数を含めたコンテンツの拡大を予定しており、その後は一般ユーザーに見てもらうための工夫も行っていく予定。内容が充実したところで、改めて全国のユーザーに使ってもらえるようにするという。
なお現在公開されているアルファ版は、協力を行っている医師との協働作業用のためのもので、掲載内容には編集途上のものも含まれている。協力できる医師も常時募集中だ。
CMSのインターフェースも見せてもらったが、「編集部のCMSもこうだったら……」というほどに利用者を考えたつくりになっていた。コンテンツ管理体制という面でも、更新されやすい病気ばかりになってしまうのを防ぐため、運営側が医師に対して情報が少ない病気項目を優先して表示させる仕組みなどがあり、将来を見すえた工夫がうかがえる。今後、さらに多くの医師の現場からの声が広く届くように期待したい。
写真:編集部、Dr.Farouk
■関連サイト
MEDLEY(メドレー)
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