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実はソニーの新規事業 FES Watchから考える“新しいエレキの価値”

2015年01月30日 07時30分更新

 クラウドファンディングを活用したスタートアップの資金調達は世界的に加速している。2015 International CESでのスタートアップ関連の展示品の多くがKickstarter(キックスターター)などで資金募集を行っていた成果物だったり、募集中のものだったりなど。海外での資金調達事例だけではなく、直近ではスマートロック・キュリオをはじめ、国内クラウドファンディングを使ったさまざまな取り組みが脚光を浴び始めている。

 1月15日に開催された、クラウドファンディングでの資金調達経験者と運営者を集めたイベント『クラウドファンディングサミット2015 〜2015年、益々活発になるクラウドファンディングの未来展望〜』では、Makuakeにて資金募集を行っている“FES Watch”ができるまでの経緯が、Fashion Entertainmentsプロジェクトリーダーの杉上雄紀氏によって語られた。

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柄が変わる文字盤ベルト一体型の電子ペーパーウォッチ「FES Watch」


■「ファッションをもっと自由に、もっと楽しく」できるデジタルとの融合

 Fashion Entertainmentsが贈るプロダクト第1弾のFES Watchは、文字盤とベルトに電子ペーパーを採用した、ボタンを押すと柄が変える腕時計だ。
 クラウドファンディング・Makuakeで2014年9月8日~26日に行われたチャレンジにおいて、目標金額200万円に対し約278万円を集め成功を収めた。同じくMakuakeにて第2回目の追加購入受付を2月27日まで限定800個で受け付けていたが、現在は品切れ中となっている。

 ”電子ペーパーは、薄く、軽く、曲げられ、待機電力がかからないため常に柄を表示できる”特性がある。FES Watch全体は文字盤とベルトが1枚の電子ペーパーで作られており、フラットで薄く、スタイリッシュなデザイン。その日の服装や、一日の中のTPOの変化に合わせて文字盤とベルトのデザインを変えて楽しむ事ができるのが特徴だ。

 通常時は時刻表示のない無地の状態だが、時計を見る動作をすることで、文字盤とベルトの柄が変わって時刻が浮かび上がる仕組みがある。時計を見るという日常の所作の中で柄が変わる、さりげない遊び心がポイントのアイテムだ。柄のデザインバリエーションは24通り。色は白と黒で構成される。

 「まずは24通りの柄を好きなときに変えられるというところから始めて、育てていく。電子ペーパーでファッションアイテムを作ることは当初からアイデアがあったので、3ヵ月で何を作るかを考えて腕時計と決め、クラウドファンディングにチャレンジすることにした。次の3か月でプロトタイプを作成しながらクラウドファンディングの準備を進め、実施して成功。2014年4月からのプロジェクトのため、かなりのスピード感で進められたと思っている」(杉上氏)

 杉上氏らのビジョンは、“デジタル化でファッションをもっと自由に、もっと楽しくする”ことだ。LEDや有機ELはピカピカ光る自発光型のデバイスで、柄を表示させるために電気を使用するため、電源がないと常時表示ができない。だが、電子ペーパーなら電気を使うことなく柄を常時表示できる。
 また暗闇で光ることはなく、普通の布に近い存在感を持つデバイスと言える。「日常生活に溶け込み、普段使いできるファッションアイテムを作る」(杉上氏)ことが重要視されているという。

 「今日はシャツがステッチ柄だから時計のベルトもステッチ柄にしよう、ということがボタンを押すだけでできる。ファッションをもっと自由に、もっと楽しくしていきたい」(杉上氏)

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■ソニーの”エレキ”を異業種と融合させる

 杉上氏の原点は、20歳のときに受けた大きなケガ。奇跡的に社会復帰を果たしたことで、「世の中に恩返ししたい」という思いを持った。医療福祉分野での社会貢献も考えたが、エンタテインメントを作るところで人を幸せにしようとソニーに入社。自分が考えたもので誰かが喜んでくれたらという発想があったという。

 だが、自らのアイデアを実際の製品に結び付けるのは、簡単なことではなかった。ソフトウェアエンジニアとして企業の製品を作るかたわら、新しい機能を入れる提案を粘り強く続けた。次第に興味は、新しい機能から新しい製品へ、そして新しい事業へと移っていった。
 自分が今携わっているビジネスであるエレクトロニクス事業を異業種と結び付けて新しいエンタテインメントを創ることはできないか。テーマとして選んだのは、ファッションのデジタル化だった。

 杉上氏は、多くのお客さんがデジタルゲームに熱狂する東京ゲームショウと同じ熱量を、東京ガールズコレクションで見いだす。「みんなが喜んでいるが、まだデジタル要素がない市場。そこに何かあるのではと漠然と思った」(杉上氏)


■商品価値を測るために、ソニーの名前は出さなかった

 そこから実現までの経緯は険しいものだった。FES Watchのプロトタイプ第1号は紙で作られたという。「とにかく妄想をふくらませ、紙でも良いので形にして、いろいろな人に見せた。社内のイベントにも出展した」(杉上氏)

 結果、ソニー上層部に話を聞いてもらえることはできたが、最終的に芽は出ずに一番最初に集まったプロジェクトメンバーは解散することになる。「面白いからやってみよう、と仲間は乗り気になってくれて動き出したが、業務外なのでお金もないし、自由に使える機材も当時はあまりなかった」と杉上氏は語る。

 だが、杉上氏はあきらめずに1人で粘り強く活動を続け、再度仲間を集め、最終的にソニー内部の社内ベンチャーとして許可が下りる。平井一夫CEO直轄組織として設立された、新規事業創出部の初期プロジェクトとして業務化。大企業内部でのオープンイノベーションを促進する世間的な流れも後押しとなった。

 「ソニーでは、社内ベンチャーのモルモット的存在として活動している。どのような形が理想かはまだ模索中ではあるが、日々学びながら進めている」と杉上氏は語る。クラウドファンディングからのスタートについては、社内も含めていろいろな人の理解と後押しがあったという。

 だが、プロジェクト開始時点からソニーの名前は表には出ていない。そこには、「ソニーの名前を出さずに、商品価値を測る」(杉上氏)という狙いがあった。どんな顧客が興味を持つのか、そもそもソニーの看板なしで購入してくれる人がいるかの確認だった。

 クラウドファンディング実施中は、身分を聞かれたらあくまでスタートアップのプロジェクトと杉上氏は答えていた。とはいえ、「ソニーであるのか?」と聞かれたら嘘はつかずに答えるというスタンスだったという。2回目のクラウドファンディング開始後、米国のウォールストリートジャーナルが「FES Watchの背後には誰がいるか?」といった記事を報じたソニーに対して「Fashion Entertainmentsはソニーのプロジェクトなのか」と問い合わせが入り、それを認めた結果だという。

 杉上氏としては意図せぬタイミングでの公開であったが、大手メディアに取りあげられたことによりクラウドファンディングの金額は一気に伸び、ソニーという会社のブランド力を改めて認識することとなった。だが一方で、ソニーという名前が明らかになる前にテレビ番組からの取材オファーやアパレルブランドからのコラボ打診も複数あり、手ごたえを感じていたという。

 なお、実際にソニーから販売するか他の形態をとるかは、現時点ではまだ未定だという。

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イベント当時の1月15日時点では、「あと60個で完売。初期ロットは今のうち。プレミアがつくかも」といったセールストークを行っていた杉上氏。だが、取材を受けていたテレビ番組「世界一受けたい授業」での紹介によって第2回目も完売となった。なお、現時点では入手方法はなく、追加購入方法は未定とのこと。

 

 FES Watchは、ただの柄が変わるだけでの時計ではない。また、カラフルさや派手さといったものが求められるものでもない。「好きな時に好きなデザインで楽しめるもの」と杉上氏は語るが、そこにはスマートウォッチのようなテクノロジー主体のガジェットでは実現できなかった新しい製品・ビジネスの可能性がある。ステージの上でしか実現できないものではなく、日常のファッションデザインに、違和感なく“エレキ”の価値が溶け込む可能性があるプロダクトだといえるだろう。

 杉上氏いわく、クラウドファンディング購入者に向けた出荷は5月以降に順次実施予定で、その後の一般販売はまだ決まっていないという。我々の毎日を変えるような、新たなチャレンジとなるこれからのエレキ製品は果たして実現されるだろうか。

写真:Fashion Entertainments

●『FES Watch』仕様
寸法:ケースサイズ Φ46mm、文字盤サイズ Φ40mm、ケース厚さ 7.0mm
重さ:50.6g
表面素材:ハードコート PET
裏面素材:ウレタンゴム
電源:ボタン電池
電池寿命:60日以上(改善を検討しています)
※現状の試作品の仕様は、以下の通りです
※出荷時の製品は,色、デザインなどが若干変更される可能性があります

■関連サイト
Fashion Entertainments

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