アップルによるiPad Air 2とiPad mini 3の発表後、モバイル業界を中心に大きな騒動を巻き起こしたのがApple SIMです。
発表会では言及せず、Webサイトの片隅にひっそりと掲載されたApple SIMは、その存在が発見されるやいなや、“アップルがキャリアのビジネスモデルを破壊するのでは?”と注目が集まりました。アップルがiPadに同梱する1枚のSIMカードで、複数のキャリアと自由に契約できる仕組みだからです。
↑発表会の中では一言も触れられなかったApple SIMだが、発表後すぐに大きな注目を集めた。 |
その一方で、Apple SIMについていくつかの制限が明らかになり、業界の受け止め方も冷静なものへと変わりしつつあります。筆者としても、Apple SIMによってキャリアはタブレットから収益を得る機会が増えることから、むしろキャリアにとって歓迎すべき仕組みなのではないかと考え始めています。
■Apple SIMによる“革命”を妨害したAT&T
もしアップルがあらゆるセルラー端末にApple SIMを展開したとしたら、ユーザーはキャリアの縛りから解放され、自由にキャリアを選択できるようになる、という期待感が高まっていました。
この“革命”に待ったをかけた形となったのが、AT&Tです。同社によれば、Apple SIMを使って一度でもAT&Tに接続すると、その後は他のキャリアには接続できなくなるとしています。
なぜそういう仕組みを導入したのか、というのは興味深い点です。Verizon WirelessはApple SIMに参加していないため、もしAT&Tまでもが非対応となると、米国2大キャリアを失うことになります。これでは“格好がつかない”と判断したアップルが、AT&Tの要求を飲まざるを得なかった可能性もあります。
このApple SIMの”理想と現実”について、最近ブイブイ言わせていると評判が高まっているT-Mobile USのCEO、John Legere氏によって、Twitter上などで攻撃されています。
同氏が10月25日に投稿した一連のツイート(以降に20個ほど続く)によれば、Sprintでの使用にも問題があるようです。Sprintのネットワークは端末のIMEIをもとにアクティベーションを行っており、Sprintのストアか、アップルストアで購入したiPadでなければApple SIMを使うことができません。
また、実際にSprintに接続しようとするとエラーメッセージが表示されることを示し、Apple SIMがまともに使えるのはT-Mobile USだけ、とLegere氏は主張しています。
■米国キャリアと相性が悪いApple SIM
Apple SIMをロックしたことで一躍悪者となってしまったAT&Tの言い分は、ユーザーには依然としてキャリアを選択する自由がある、というものです。というのも、AT&T版のiPadはSIMフリーであり、SIMカードを交換することで他のキャリアに接続できるからです。
これまでにもAT&Tは、セルラー版のiPadをSIMフリーとして販売しています。このことから、端末までロックしようという意図はないことが読み取れます。
重要なことは、AT&TがロックするのはあくまでApple SIMであり、iPad本体ではありません。っそしてアップルによれば、Apple SIMだけを新たに購入することで、再び他のキャリアを自由に選択できるようになるとのこと。
Sprintでの制限や、Verizonの不参加を含め、Apple SIMは米国のキャリアと相性が悪いように思います。むしろ国境を越えた移動が多く、似たような仕様のキャリアがひしめくヨーロッパでこそ、Apple SIMは本領を発揮するのではないでしょうか。
■Apple SIMはキャリアにとって新たなチャンスか
10月28日には、米国のテックメディアであるRe/codeが主催する『Code/Mobile』カンファレンスに、アップルでiPhoneやiOSの製品マーケティングを担当するバイスプレジデントのGreg Joswiak氏が登壇し、Apple SIMについて語ったようです。
海外報道によれば、Apple SIMの仕組みをiPhoneに持ち込むことはないとのこと。その理由として、ユーザーはiPhoneをキャリアから購入することが多いから、と説明しています。iPadユーザーに対してキャリアを選択する新たな機会を設けることが、Apple SIMの位置付けというわけです。
Joswiak氏の発言を言葉通りに受け取れば、キャリアの既存の商習慣をアップルが破壊しようとしている、というのはやや先走りすぎた見方だったといえます。Apple SIMをiPadというタブレット製品に限定して展開するならば、むしろキャリアにとっては歓迎すべき仕組みになるはずです。
↑Apple SIMがあれば、セルラー版のiPadを選ぶ人が増えるかもしれない。 |
たとえばiPadを購入する際には、まだまだWi-Fi版を選択する人が少なくありません。自宅や職場の中を中心にiPadを使いたい人にとって、毎月の通信料金を負担したくないからです。
しかしWi-Fi版のiPadからは、キャリアが直接収益を得る術がありません。別途、モバイルWi-Fiルーターを販売するなど、異なるアプローチが必要になります。
セルラー版のデータ通信が便利なことは分かるが、かといって毎月の契約はしたくない。これが多くのユーザーの本音だとすれば、やるべきことは「プリペイドのデータ通信契約を、最大限お手軽にできるようにする」ということです。それがApple SIMです。
これにより、どのくらいデータ通信を使うか、あるいはどのキャリアを使うかさえ決めていないユーザーでも、とりあえずApple SIMが入ったセルラー版を買っておく、という選択肢が生まれます。キャリアから見れば、直接収益を得られる可能性の高い、潜在顧客となるでしょう。
もちろんApple SIMという仕組みを介在させるアップルは、仲介の手数料を取る機会を得ることになります。ユーザーとキャリア、そしてアップルの三者それぞれにメリットがあるというわけです。
■日本展開にも期待
Apple SIMは、決してキャリアと敵対する存在ではなく、むしろiPadから収益を上げるチャンスになります。そういう意味では、iPad Air 2にあわせてKDDIが発表した1GB・1500円のプリペイドプランには、あたかもApple SIMを”先取り”するかのような印象を受けます。今後の日本展開にも、筆者は期待しています。
↑KDDIの冬モデル発表会でも具体的なコメントは得られなかったが、関係者からは「検討中なので何も言えない」という張り詰めた空気は伝わってきた。 |
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