2014年10月21日、仏ノキアは公式Facebookページの名称を“Nokiaから“Microsoft Lumia”に変更すると発表した。この動きはフランスだけではなく他国もいずれ追従することだろう。マイクロソフトがノキアの携帯電話部門の買収を完了したのは今年4月だったが、それからわずか半年でノキアの名前がスマホ製品から消えようとしている。
↑Microsoft Lumiaへの変更を知らせる仏ノキアの公式Facebookページ。 |
今から10年前、世界の携帯電話市場、そしてスマホ市場をけん引していたのはノキアだった。日本ではiモードに代表される“携帯電話インターネット”が全盛を極め、独自の進化を続けたことから海外でのノキアの動きに注目している人は多くなかっただろう。
だが、ノキアが携帯電話業界の動向に影響を与え、ノキアの新製品が常に世界中の人々の眼を惹きつけた時代がほんの数年前まで続いていたのは事実だったのだ。その力は今のAppleやサムスンにも負けないほどの強大なものであった。
そのノキアは携帯電話部門をマイクロソフトへと売却し、携帯電話メーカーとしてではなくひとつのブランドとして名前を残すだけとなったが、いよいよその名前も消えようとしている。ノキアという企業はインフラやサービス会社として残るが、過去に世界中から注目を浴びたノキアのブランドを冠したスマホは今後発売されない見通しとなったのだ。
↑今年4月以降、海外の展示会のノキアブースはインフラ会社としての展示を行なっている。 |
市場を席巻していた製品が、急激な環境の変化に対応できずあっという間に廃れてしまうというのはどの業界にもあるものだ。携帯電話業界では薄型折り畳みボディーの『MOTORAZR』が爆発的にヒットしたモトローラが、スマホへの移行に乗り遅れ携帯電話部門をGoogleに売却、そしてレノボが買収したのは記憶に新しいところだろう。
ノキアもiPhone登場前まではSymbian OS搭載端末で圧倒的な勢力を握っていた。今では信じられないだろうが、初代iPhoneが登場しても、しばらくはスマホの代名詞といえばそれはノキアのSymbian端末だったのである。だがGoogleがAndroidでiPhoneへの対抗を始めると、Symbianスマホは市場から取り残されるかのように急激に人気を失っていった。ノキアは1社だけで常時10モデル以上のSymbianスマホを販売し、世界中で売りまくっていた。だが、それが市場変化への対応を遅らせた一因にもなってしまったのだ。
↑思い起こせば2008年がノキアのスマホの絶頂期だったかもしれない。QWERTYキーボードの『E71』、キセノンフラッシュで暗闇でも綺麗な写真撮影ができる『N82』など、今でもそのクオリティーは色あせていない。 |
iPhoneもAndroidも、どちらのスマホもそれは“手のひらに乗るインターネットデバイス”であり、Symbianの“高機能な携帯電話”とは次元の違う製品として登場した。ノキアも両OSに対抗するべくタッチパネル対応のSymbianスマホを開発したが、アプリ開発者やインターネットサービスの取り込みなどモバイルビジネスの根幹ともいえるエコシステムの構築に失敗してしまった。ノキアが始めたオンラインサービス“Ovi”もGoogleやAppleのサービスに比べると使いにくい中途半端な存在で終わってしまったのだ。
また、Symbianの後継としてインテルと組んだOS“MeeGo”も開発は進まなかった。iOSやAndroidに対抗できるモバイルインターネットデバイス向けOSとして期待されたMeeGoは、スマホで出遅れた台湾のPCメーカーなどを取り込むことで新たな勢力となるはずだった。だが、2010年2月のMobile World Cogress2010で両社の提携が華々しく発表されたものの、製品が登場したのはそれから1年半も先の2011年の6月だった。しかも、消費者向け製品として市場に出てきたモデルは『Nokia N9』のみ。1メーカー1モデルではアプリ開発者の眼がMeeGoに向くことはなかったのだ。
↑2010年2月にインテルとの提携を発表したノキア。だが、この提携はノキア復活の足掛かりにはならなかった。 |
そしてノキアとインテルが苦労している間に、Appleは端末デザインを一新しOS機能も大幅に向上した『iPhone4』を2010年7月に発表。iPhone4はiOSのシェアを一気に高めただけではなく、“スマホ=ノキア”、という従来の図式を完全に葬り去った。
iPhone 4はまたSymbianを改良するという、古い技術にすがりついているノキアに市場からの退場を通告した製品でもあったのだ。
MeeGoは結局1年で頓挫し、インテルとの提携の1年後に今度はノキアとマイクロソフトが電撃的な提携を発表する。2011年2月にノキアはSymbianを捨て、スマホOSは今後マイクロソフトの“Windows Phone”に一本化すると決定した。当時のWindows PhoneはiOSやAndroid OSと比較するとまだまだ使いにくく、未完成ともいえるOSに将来を賭けるノキアの姿勢には疑問の声も上がったものだ。だが、この時Windows Phoneを選択していなければ、ノキアの名前はもうとっくにこの地球上から消滅していただろう。今、ノキアが生き残っているのはまぎれもなくWindows Phoneに全リソースを注いだ結果の表れなのだ。
↑マイクロソフトと“心中”を決めたノキアだが、その戦略は成功を収めつつある。 |
マイクロソフトと組んでからのノキアの動きは早かった。提携した2011年の9月には初のノキアブランドのWindows Phoneスマホ、Lumiaシリーズの2製品『Lumia800』と『Lumia710』を発表。クリスマス商戦に何とか間に合わせただけではなく、Lumia800はそれまで黒や白といったモノトーンが主流のスマホの世界にシアンやマゼンダといったカラフルなボディーを持ち込んだ。
斬新なこの色合いは大きな話題となり、新世代のノキアのスマホの印象を知らしめることにも成功した。なお、Lumia800のボディーデザインとカラーリングは実はMeeGo端末のNokia N9とほぼ同等だが、N9は販売国が限定されたこともありノキアの顔にはなりえなかった。
ノキアはその後Windows Phoneスマホのみならず、フルタッチのJava携帯電話“Asha”シリーズのラインナップも拡充。数千円の超低価格なベーシック携帯電話“Nokia100”シリーズもLumiaと同じカラフルな色合いを採用し、生まれ変わったノキアのイメージを着々と広めていった。またWindows Phone OSも年々改良され使いやすくなり、Windows Phoneをファーストスマホとして使う利用者も増えていった。とくに低価格モデルの『Lumia510』や『Lumia520』はソーシャルサービスのアカウントが電話帳に融合されているWindows Phoneのメリットが消費者に受け、先進国だけではなく新興国や途上国でも急激に人気が高まっている。今ではiPhoneよりもWindows Phoneのシェアが高い国もあるほどだ。
↑新興国でも人気のLumia520。Windows Phoneは先進国以外でも売れている。 |
とはいえ、Windows Phoneがノキアから登場したころは“ノキアの新しいスマホ”としてLumiaシリーズが認知され、Windows Phoneとして購入している消費者の数は多くはなかっただろう。世界各国で高いシェアを誇っていた“NOKIA”のブランド力は先進国ではだいぶ陰りが見えているが、新興国や途上国では今でも絶大だ。ノキアからやっと使いものになるスマホが出てきた、ということでLumiaシリーズを手にする消費者の数も増えていったのだ。
Lumiaの第2世代モデルである『Lumia920』や『Lumia620』などもWindows Phoneの販売数を徐々に引き上げていった。ノキアとマイクロソフトの提携は失敗ではなくひとまず成功したかのように見えた。だがマイクロソフトとしては後姿すら見えないiOSとAndroidを追いかけるためにはスマホの開発スピードをさらに加速しなくてはならなかった。
2013年9月に発表されたマイクロソフトによるノキアの携帯電話部門の買収は、開発体制の一本化によるWindows Phoneの本格的な攻勢開始の狼煙上げだったのだ。
↑海外展示会のLumiaの展示はすでにマイクロソフトの製品として行なわれている。 |
そして、2014年4月には買収が完全に完了し、スマホとしてのノキアの名前はマイクロソフトのブランドとなった。今やLumiaシリーズはプラスチックを生かしたカラフルな製品だけではなく、金属ボディーを採用したプレミアム感の高いモデルや、ここ1、2年で人気が急上昇している大画面ファブレットも用意されている。Windows Phoneの機能そのものも年々強化されており、最新のフラッグシップモデル『Lumia930』は先進国でも高い評価を受けている。
さすがにiPhone6やXperia Z3、GALAXY S5/Note4ほどの性能と人気はないにしても、メイン端末としても十分使えるだけの製品に仕上がっている。
このように、ようやくiPhoneとAndroidの後姿が見えてきたマイクロソフトにとって、もはやLumiaシリーズを売るためにノキアの名前の力を使う必要性はなくなったと言える。先進国ではカラバリ豊富なボディーに使いやすいUIのスマホとして認知され、新興国でもソーシャルサービスがすぐに使える低価格スマホとして人気となったWindows Phoneは、マイクロソフトの製品として販売しても市場で十分通用するレベルの製品になっているのだ。
↑先進国でも十分に通用するハイスペックなLumia930。 |
もしかすると今年のクリスマスシーズン向けのLumia新製品から、ノキアのロゴが消えるかもしれない。だが本体デザインやカラー、そしてタイルを使ったUIなど他社のスマホと十分差別化されたLumiaの新製品は、たとえそこにノキアロゴがなくとも“使い安いと最近評判のノキアのスマホと同じ系列の製品”として消費者に認知されるだろう。
ところで気になるのは、Lumia以外の製品展開だ。Nokiaの端末にはタッチパネル搭載携帯電話のAshaシリーズなども存在する。現在は“Asha500”シリーズが小型のフルタッチ端末として簡易スマホとして販売されている。おそらくこのレベルの製品はWindows Phoneそのもの低価格化により代替されていくだろう。一方超低価格の携帯電話のNokia100シリーズは新興国へのマイクロソフトブランド浸透のためにもそのまま残るかもしれない。
古くからのノキアファンやWindows Phoneの愛好者にとって、ノキアの名前の付いたスマホが市場から消えてしまうのは寂しいことかもしれない。だが、マイクロソフトの携帯電話部門、すなわちLumiaの開発部門に所属する社員はノキアからそのままスライドして所属変更して来た社員で占められている。これまでノキアで培ってきた使いやすいスマホの開発や、他社と十分差別化できる本体デザイン設計を進めてきた開発陣がそのままマイクロソフトで今後もLumiaシリーズを開発するのである。
スマホでは新しい会社名となる“Microsoft”の名を冠した今後のLumiaスマホは、これまで以上に魅力的な製品となることが期待できるのではないだろうか。
(2014年10月24日17時訂正)記事初出時、ノキア製MeeGo端末の名称が異なっておりました。お詫びして訂正いたします。
●関連サイト
Nokia France 該当Facebook投稿ページ(フランス語)
-
590円
-
880円
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります