MasterCardの新サービス『MasterPass』の日本での提供開始が発表された。MasterPassは「モバイル・ウォレット(Mobile Wallet)」と呼ばれるサービスの一種で、クレジットカードから各種会員カード、ポイントカードまで、複数のカード情報をひとつのウォレット(財布)にまとめ、安全に利用する仕組みを提供する。
全世界的には2013年2月のMobile World Congressにおいて初めて発表され、米国をはじめとする複数地域でサービスがすでに開始、4万社以上の提携会社が存在している。
日本は今回サービス提供にあたりユーシーカード(UCカード)と大日本印刷(DNP)と手を組み、アジア地域で4ヶ国目のサービスインとなった。
■そもそも「モバイル・ウォレット(Mobile Wallet)」って何?
「モバイル・ウォレット」と聞いてもピンとこない人も多いかもしれないが、「これまで財布やポケットに入れて持ち歩いていたものを、すべてスマートフォンに入れたら便利じゃない?」というのがアイデアの発端だといえばわかりやすいだろうか。
現金を電子マネー化し、クレジットカードからポイントカード、身分証、果ては電子化された家やホテルの鍵、車のキーまで、電子化可能なあらゆるものをひとつのモバイルデバイスに詰め込もうという仕組みだ。
かつてGoogleが『Google Wallet』の名称でこのコンセプトを体現すべく活動していたが、さまざまな困難からプロジェクトを縮小させつつ別のアイデアで実現させようと引き続き活動を行なっており、注目を集めている。
MasterPassは、クレジットカードの大手ブランドのひとつ、MasterCardが展開するモバイル・ウォレットのサービスだ。Googleほど野心的ではないものの、さすがにクレジットカード会社のサービスらしく、主に決済機能の実現に重点が置かれている。
あらかじめMasterPassのサービスにクレジットカードや住所など、オンライン決済に必要な情報を登録しておくと、実際の決済の場面では「決済手段」として複数あるカード情報のひとつを選択するだけで決済が完了する仕組みだ。
通常、オンラインの決済では支払いのタイミングでカード情報と住所情報を逐次登録する必要があるが、MasterPassではこれをすべて省略できる。
↑MasterCardマーケット・ディベロップメント 上席副社長の広瀬薫氏。 |
↑現在のMasterPassはおもにオンラインでのチェックアウト機能とQRコードを使った実店舗決済に特化しており、NFCを含む非接触決済やゲート通過機能など、モバイル・ウォレット特有のサービスは将来的な対応となる。 |
オンライン商店によっては、あらかじめカード情報など個人情報を登録しておくことで次回以降の決済では入力を省略できるケースもあるが、決済情報を相手に渡すということは信頼できない相手や情報漏洩時のダメージが大きい。
MasterPassでは事業者に個人情報は渡らないため、その信頼をMasterCard側に預けるというのがサービスの特徴といえる。似たような仕組みはPayPalでも提供されているが、そのMasterCard版といっていいだろう。
↑ユーシーカード 事業開発部長の中野征治氏。 |
興味深いのは、MasterPassはMasterCardのサービスにもかかわらず、VISAなどのライバル会社のクレジットカードを決済手段として登録できる点だ。
実際の決済の場面では、カードの処理は選択したクレジットカードのブランドと直接やり取りが行なわれるため、MasterPassはやり取りの仲介のみで決済そのものにはタッチしない。そのため、中間マージンのようなものも発生しない。クレジットカード番号などの個人情報はMasterPassのサイト側に登録されているため、スマートフォンそのものには記録されておらず、端末盗難時のリスクヘッジにもなる。
サービスが発表されてから1年間ほどは、ウェブサービスでの決済代行としての役割を提供するのみだったMasterPassだが、ここにきてようやく実店舗での決済を可能にする機能も実装し始めたようだ。
決済手段はNFCを使った非接触決済と、QRコードを使った決済の2種類が検討されており、現在は後者のQRコードを使った仕組みの実装が進んでいる。
実店舗のレジで決済手段としてMasterPassのQRコードを利用する旨を伝えると、タブレットなどの端末の画面にQRコードが表示され、これを自身がもつスマートフォンのMasterPassアプリでスキャンすることでサーバに決済情報が転送され、照会の後に決済が完了するというものだ。
↑クレジットカード等を使った決済ネットワークの事情は最近になり変化が進んでいる。PayPalといった決済代行業者がユーザーと小売店の中間で存在感を増してきたことで、加盟店ネットワークを構成するUCカードは、何らかの付加価値をもったサービスの差別化を打ち出す必要が出てきた。 |
NFCを使った非接触決済はおもに『PayPass』のような仕組みを想定していると思われるが、この機能の実装はまだ少し先の話となりそうだ。少なくともiPhoneはNFC非対応のため、対応端末が限られるという問題もある。
■日本ではUCカードとの提携でサービスイン
さて、こうしたMasterPassが、1年半の期間を経てようやく日本でのサービスインが正式発表された。現在なお開発中であり、実際のサービスインは今年2014年末から来年2015年初頭になるとみられるが、最初のパートナーとしてUCカードからMasterPassに対応したモバイル・ウォレット・アプリがリリースされることになる。
具体的な実装形態は現時点で不明だが、UCカード側では自社ブランドを前面に出すことは否定しており、単体のアプリで『UCカード』とは別の名称、あるいは今回デモで紹介された「Salon de Wallet(サロン・ド・ワレット)」という美容サロン向けのサービスアプリのように、提携パートナーのアプリに機能を実装する形で提供が行われる可能性が高い。
アプリだけでなく、オンライン決済で「Buy with MasterPass」によるMasterPassでの簡易決済が可能なサイトの拡大やQRコードを使った決済手段の実店舗への展開も順次進んでいくだろう。
クレジットカードのブランドとして著名なUCカードだが、同社はクレジットカードの発行や処理を行なう会社ではなく、小売店舗の加盟店ネットワークを構成してクレジットカードの決済情報を収集する、いわゆる「アクワイアラ(Acquirer)」とよばれる業種に属する。
アクワイアラがモバイル・ウォレット分野に進出してきた経緯について、UCカード事業開発部長の中野征治氏は「ウォレット事業者が、将来的に既存事業者の脅威になりうる」ことを指摘する。
“ウォレット事業者”とは「クレジットカードなどの顧客の決済情報を保持して決済代行を行う事業者」のことで、わかりやすくいえばPayPalのような決済代行大手のほか、自身でサービスを抱え込むAmazon.com、Apple、Googleといった企業が代表格だ。
最近ではSquareをはじめとする、どちらかといえば従来のアクワイアラに近い新規事業者が自らモバイルアプリをリリースして業界に食い込みつつあり、決済ネットワークを構成する既存事業者の存在感が薄まりつつある。
「単なる決済の中抜きだけではなく、より付加価値のある提案を行なっていきたい」というように、モバイル・ウォレットを起点とした顧客へのクーポン情報提供や、顧客とのマッチングといった加盟店への付帯サービスなど、より高度な「裏方」として機能するのがUCカードの狙いだ。
店舗施策のひとつとして、SuicaなどのFeliCa系電子マネー決済も可能なタブレット付きの決済端末ソリューションの提供など、QRコードによる店舗決済を意識したサービスも紹介している。
また、MasterCardのQRコード決済のメリットについて、各種電子マネーに対応した専用POSを開発するよりも導入コストやiPhone対応の面で有利だとUCカードでは説明している。
実際のアプリを使った決済の様子は、C-SAMでビジネスデベロップメント ディレクターを担当する山下昌宏氏によって紹介された。
↑シーサム・ジャパン ビジネスデベロップメント ディレクターの山下昌宏氏。 |
↑Salon de Wallet(サロン・ド・ワレット)というハイパーソフト社の開発した美容サロン向けのサービスアプリ。従来までは会員向け情報配信と会員カードの保持がその中心的な機能だったが、今回のMasterPass正式発表によりUCカードのウォレットアプリと連携し、購入商品のオンラインチェックアウトや店舗でのQRコードによる決済が可能になった。 |
国内ではMasterPass対応第1号となったSalon de Walletアプリでは、「Buy with MasterPass」によるオンラインでのチェックアウト機能と、店舗でのQRコード決済の両方に対応しており、それぞれPINコードを入力してアプリのロックを解除し、後はカードを選択して決済ボタンを押すだけで処理が完了したりと、非常にシンプルに仕上がっている。
↑まだ開発中のため暫定的な仕組みとなっているが、Salon de WalletとUCカードウォレット(仮称)の2つのアプリが連携して決済機能を実現する。 |
↑Salon de Walletのメイン画面。アプリ起動の際には4桁のPINコードを入力してロックを解除する。 |
↑Salon de Walletのアプリ内でお勧めされる商品をオンライン購入も可能。商品をカートに入れて決済画面へ行くと、通常の決済以外に「Buy with MasterPass」のバナーが表示されており、これをタップすることでMasterPassでの決済が可能になる。 |
↑「Buy with MasterPass」のバナーをタップするとUCカードウォレットのアプリが起動し、やはりロック解除のためのPINコード入力を求められる。あらかじめMasterPassのサービスに登録しておいたクレジットカード(決済情報)を選択すると決済が完了する。 |
↑QRコードを使って実店舗での決済も可能。Salon de Walletアプリのメインメニューから「Buy with MasterPass」を選び、カード選択後に「QRコードスキャンで決済」をタップするとカメラが起動する。その旨を店舗に伝えると、店舗に設置された決済端末(この場合はタブレット)にQRコードが出現し、これをカメラで読み込むことで決済が完了する。 |
これだけだとユーザーのメリットは少ないようにも思えるが、今後順次対応店舗が拡大していくことで、MasterPassの利便性が高まってくるだろう。当面のライバルは前述のようなPayPalなどの事業者になると思われるが、最終的には対応店舗数による部分が大きい。その意味で、既存の加盟店ネットワークをもつUCカードとの提携が重要なポイントになるだろう。
「なぜおサイフケータイ(FeliCa)やNFCの非接触決済(PayPass/payWave)に対応しないの?」という意見もあるが、日本でスマートフォンの半数近いシェアをもつiPhoneがNFC対応していない以上、QRコードは現実的な選択肢だと筆者は考える。
また、NFCによるモバイル決済に対応するということは、同機能をサポートするAndroidであっても検証の手間が増えるわけで、QRコードよりも実装が難しく展開に時間もかかる。実装方式も携帯キャリアの協力が必要な「SIMカード」方式と、最近Googleが発表してMasterCardもすぐに賛同を表明したセキュアエレメントを使わない「HCE(Host Card Emulation)」方式など、どれを使ってサービスインしていくかという問題もある。
その意味で、今回の仕組みはこぢんまりとしているものの、MasterCardとしては「現在の最良解」を選んだのではないかと筆者は考えている。
(7月7日22:00更新)記事中の一部画像を修正しました。
●関連サイト
・MasterCard(ニュースリリース)
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