“祝! MSX誕生31周年(笑)”というわけで行ってきました、浜松に。もちろん“餃子”と“うなぎパイ”を食べに、ではなく“ヤマハ”にインタビューしてくるためですよ。そんでもってMSX誕生と発展の立役者、ヤマハのLSI開発部隊だった方々3人に、MSXにとって最も重要なる部品のひとつ“VDP”の開発について当時の開発秘話を聞いてきました。やっぱり誕生日(6月16日説、連載一回目参照)には誕生秘話が良く似合う!?
※以下の6人でお話ししていますが、MSXアソシエーションサイドとヤマハサイドでまとめています。
MSXA=MSXアソシエーションサイド3人
ヤマハ=ヤマハの技術担当者、元技術担当者、3名
↑ヤマハでMSXに携わった技術者の方々。 左から伊藤周平様(現在:半導体事業部開発部部長)、森本実様(現在:ヤマハミュージックエンターテインメントホールディングスシステム技術部部長)、山岡成光様(ノーラン株式会社代表取締役) |
MSXA 「あの時MSXに触れなければ今の自分は無い」。そういう方も少なくないかと思います。いわば我らの「育ての父」とも言える皆さんへの、インタビューの機会を作って頂けるということでヤマハ様に感謝いたします。ということで、まずはじめに、MSX用LSI開発のキッカケを教えて頂ければと思います。
ヤマハ ヤマハはMSXよりも前から自社の電子楽器用のLSIの開発を始めていまして、私はGS1(※1)の開発時期に入社しました。その後にヤマハのオリジナルパソコンYIS(※2)のメインCPUのデザインをやっていて、それの次のデザインを始めるかという時に、MSXの展開が始まり、ほぼ同時に次のMSX用(=MSX2の事)の画像LSIを作るぞということでV9938の開発が始まりました。
なぜ私が画像LSIの担当になったかは当時はまだ若かったのでちょっとわからないです。当時のヤマハ半導体の開発は豊岡で行なわれていて、私も会議などに呼ばれたりしました。その会議にはアスキーの西さん、山下さんなどの方々が居ました。
※1 1980年発売の電子ピアノ『GS1』(関連サイト)。電子楽器の可能性を世に知らしめた名器。価格は260万円也!
※2 YISシリーズの上位機種PU-I-20にはメインCPUの他にZ8001というザイログ社の16ビットCPUをグラフィック専用に搭載していた。この時代では最高峰レベルの512×384ドット、256色中8色の表示が可能で時代を越えた高性能機だった。このメインCPU+ビデオ用CPUを付ける構成は、後のMSX2以降の仕様に通じる思想だ。でも値段はシステム合計で128万円もした。MSXには受け継がれなかった思想だ。
MSXA ということは、MSX1発売当初の段階で既に次世代MSXであるMSX2の開発に入っていたということですか。ちなみにMSX2用のVDPである『V9938』の仕様はどのように決められていったのでしょうか。
ヤマハ アスキーからは技術的な仕様書というよりは、もっと日本語的な要求を受けて、それに対して「ここまでは出来るよ」と回答していくといったような形で仕様を詰めていきました。
MSXA アスキー、というか西さんからの要求はどんな感じだったのですか。
ヤマハ 西さんは、「自然画を出したい」という要求でしたね。他には描画コマンド(VDPコマンド)が欲しいとか、表示モード(“スクリーン1”とか“スクリーン7”とかいうアレです)を増やして欲しいとかがありました。
ヤマハ 山下さんからは特にビットマップについては要求を受けていました。TMS9918のビットマップはちょっと特殊だったからでしょう。あと、ビル・ゲイツからも要求がありましたよ。
MSXA え!? ビル・ゲイツも来たんですか? MSX規格の会議に?
ヤマハ ええ。仕様要求で覚えているのは、横80文字の表示機能と、ブリンク(点滅)機能。あと盛んにコストのことを強く気にしていました(笑)。
ヤマハ ビル・ゲイツは西さんと3回ぐらい豊岡にジェットヘリで来られましたね。ジェットヘリでお客さんが来るなんて初めてだったので、どうすればいいんだと大変でした。当時の工場の敷地は広かったので、白線で○にHを書いて即席で着陸目標マークにしましたね(笑)。警察とか消防署とかに事前に許可がいるのかしらとかよく分からなくて大騒ぎでした。
ヤマハ これはビル・ゲイツと西さんが来られた時の写真です。V9938の開発中で、後ろのブレットボードでテレビに256色モード(スクリーン8か?)の画像を出していますね。
↑1984年当時のヤマハ技術者とビル・ゲイツと西さん(若っ!)。後のヤマハの社長になられた石村さん(この時点では電子機器事業部長としてこのプロジェクトの責任者も担っていた。)も写っているとか。 |
MSXA いやぁ~、すげぇ~、ジェットヘリとか、ビルがMSX2に積極的に口出ししていたこととか、どこから突っ込んでいいかわからないショックを受けています……。はあぁ~(深呼吸)、頭を冷やしまして、スーパーインポーズの機能もアスキー側からの要求でしたか?
ヤマハ これも西さんからの要求でしたね。西さんはビデオ系の強化をやりたがっていたんです。当時のパソコンでこれだけの色数を出せるというのは私が知っている限り初めてだったのではないかと思います。「V9958では、V9938でできなかったことを実現しよう!」ということで、更なる多色に挑戦していきました。
MSXA V9958のYJK自然画モードですね。ただ当時、MSXユーザーの中にはゲームを作りたかった人も多く、MSX2からMSX2+への進化においてスプライトの機能拡張がほとんど行なわれなかったため、プログラミング上の工夫に悩んでいました。スプライトはせめて1ドットに1パレット置けたら良いのに……とか、よく考えてました。
ヤマハ スプライト機能などゲーム向けの機能強化は、アスキー側としてあまり注目していなかったのではと想像しています。山下さんはじめ、そちらには全くと言っていいほど興味は無かったように思います。
MSXA 西さんは自然画や動画、果ては後のハイビジョン、という定義はまだだったと思いますが、とにかく高精細な画像や動画を後々MSXチップで表示させようと壮大な構想を考えていたようです(連載第7回『MSXは楽器だ! ヤマハの野望・全国版&後半は怒涛の展開へ!!』参照)。でもゲーム少年たちはゲーム用の機能の強化を夢見ていたんですよ。
ヤマハ なるほど。あ、そういえば、V9938では、スプライトを重ねることで色数を増やせましたよね。
MSXA ええ。でもそうすると、今度は一画面に表示させるスプライトの数が減ってしまうという問題がでてきまして。そこで、走査線割り込みによるスプライト表示枚数を増やすテクニックが開発されたりしました。無い機能はプログラムテクでカバーするということで。
ヤマハ 当時のLSIはまだまだ集積度の高いものでもありませんでしたし、それでもコストを下げるためには1チップに入れなくてはいけないという課題もあったので、機能制限はかなりありましたね。その分、ここからはソフトウエア担当、ここからはハードウエア担当というようなせめぎ合いの工夫が色々あったのではと思います。
MSXA 1チップに詰め込むにあたって、苦労されたのはどのような点がありましたか。
ヤマハ 苦労はたくさんあるんだけど、発熱の問題が特に大きくて、ギリギリのチップサイズでパッケージもプラスチックにして対処していました。
MSXA ああ~、当時のMSX2をバラすと必ずV9938の上に鉄板が付いていたんですね。それをノイズ対策かなと思っていたのですが、これは発熱対策の放熱板だったんですね。
ヤマハ あとメモリインターフェースは苦労しました。ビデオRAMのアクセスのタイミングがとてもシビアで、とてもシビアで、当時のDRAMメーカーさんにも多大な協力を頂いてちゃんと動くようにしました。それでも3回くらい作りなおしたかも知れません。
↑テクニカルデータブックを眺める3人。 |
MSXA V9938はTMS9918をベースに作られていますが、TIからの協力などはあったのでしょうか。
ヤマハ そういったものはありませんでした。TMS9918自体も当時でも世に出てから十分時間の経っていたLSIだったので、ソフトウエアや公開されている資料などで互換品を作れました。いわゆる“目コピ”ですね(笑)。
MSXA 確かに東芝のMSX-ENGINEを開発された方もTMS9918については、目コピで作っていたと言っていました。そういう規模のLSIだったということなんでしょうね。互換性という観点からV9938のパレットの初期値はどのように決まったのでしょうか。もうちょっと調整すればTMS9918により近い色が作れたと思うのですが。
ヤマハ え? なんか違っています? ヤマハ側では特に色が違っているという話はありませんでしたね。特にTMS9918はアナログ出力しか無かったので、外部の回路とかテレビとかで簡単に色みも変わってしまいますから。そういうこと言われているんですか?
MSXA いえ、MSXPLAYerとか1チップMSXとかの開発で、「正しい色ってどの機種をどのモニターに映したときだろうか」という話があって、ずっと気になってるんです。ディープなマニアはけっこう気にしていますよ。ちなみに、V9938がMSX以外に使われた例とかはご存じですか。
ヤマハ ビデオタイトラーは有名ですね。あとはグラフィックコンピューター、あと、編み機とか。
MSXA 編み機って、横に長いアレですか? テレビに何を映すんでしょうか。
ヤマハ 編み模様がドットなので、それをテレビに表示するために使われていたようですね。
MSXA ああ、あったかも。記憶のかなたにかすかによぎりますね。ちなみにMSX系チップ開発の技術やノウハウって、他のパソコンやゲーム機などに応用されていたりするのですか?
ヤマハ このV9938の開発がヤマハでの画像LSIの一番最初の開発でした。この後ヤマハでは画像LSIを色々開発していきました。家庭用ゲーム機のGDCや、ビデオテックス向け専用画像LSI、遊技機向けや車載向けのGDCなどにつながっています。
※GDC Graphics Display Controllerのこと。MSXのVDPと似たような意味です。
MSXA やはり……。さてMSX史の謎を巡る旅はいよいよ佳境に入るわけですが、MSX2+用のVDPであるV9958の次に登場すると言われていた『V9978』はどのような仕様として開発が始められていたのでしょうか?
ヤマハ ……すみません、そういう品番のモノがあったのは記憶にあるのですが、その内容までは残念ながら覚えていません。
MSXA えーーーっ!(ガクッ)
ヤマハ ただV9978とV9990のそれぞれに“大きな青いファイル”があったことは覚えています。
MSXA それで、そ、そ、そのファイルは何処へ?
ヤマハ MSX3用の新規のLSIということで開発は行なっていたのですが、何かしらの理由で途中で中止になってしまいました。で、その後はどこへいってしまったのかまったく思い出せません。
MSXA ううう。そ、それは残念です。中止なった理由なども大変興味ありますもので。で、では次の機会などまでにその辺を是非調べて頂ければ幸いかと思いますので、その際は、よろしくお願いいたします(ショックでロレツが回っていない)。
※後日確認して頂いた結果、ファイルは流石に処分されていたとのこと。残念!
ヤマハ あと、その後継とある意味言えるかも知れませんが、現在ヤマハで展開している、GP-2、VC1シリーズといった画像LSIはスプライト機能を持っていて、高性能なCPUでなくても高品質なアニメーションが扱えるので、車載向けや、パチンコなどのアミューズメント機器(関連サイト)などによく採用されていますね。
MSXA そういえば、このインタビューの直前に、ニンテンドー3DSにIP供給しているDMPさんとの業務提携のニュースがありましたね。ヤマハの名前をゲーム機に近いところでお聞きするのは久々でしたのでだいぶ興奮しました(笑)。
ヤマハ あと、こんなものもあるんですよ。これはV9938の開発が終わった時にアスキーから関係者に配られたものです。中にはLSIの本体が入っているんですよ。
↑V9938のシリコンダイが入っている。V9938のヤマハの社内コード2302も合わせて書かれている。 |
MSXA うわ、これは貴重なアイテムですね。これ昔、西さんに見せてもらったことあります。マイクロソフトのロゴも入っていますね。
ヤマハ このプロジェクト(V9938の開発)が終わった時に西さんが大型バスをチャーターして、この浜松まで来て、浜松グランドホテルでプロジェクトの打ち上げをやったんです。で、その後浜松に泊まらずにそのまま帰っちゃたりしたんですよ(笑)。
MSXA ひとしきり騒いだら、さっさと去っていくという。竜巻みたいな人たちですね。
ヤマハ LSI開発って開発が終わると、それでもう終わっちゃんですよ。こういうプロジェクトが終わった後、作ったLSIを使用した製品を見ないまま、すぐに次のプロジェクトが始まってしまうんですね。開発したLSIをもっといじって遊んでいたいと思っても、次の仕事が入ってきちゃうんですよ。
MSXA 味わう暇も無いということなんですね。V9958やその後に続くLSIもそうやって途切れること無く、すぐに次の開発が始まっていったんですね。LSIは直接市場のお客さんが目にする商品ではないため、あまり表舞台には出てこない、しかし、とても大切な“電気製品”の土台です。そういった誇りある日本製品の重要な部品作りをひたすらずっと続けてこられた“中の人”から、貴重なお話が聞けて大変にありがたく思います。本日はどうもありがとうございました。
と、いうことで今回は一旦ここまでとさせて頂きます。実はヤマハにはもうひとつのLSI開発の流れ、そう“音源チップ”もありますが、これはまたの機会に改めて取材をお願いしてみようかと思います。
そんな音源チップ取材へのリクエスト等含め、ご意見ご感想をお待ちしております。
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