米マイクロソフトCEOのスティーブ・バルマー氏が引退を表明後、次期CEOとして様々な人物の名前が挙がってきましたが、いよいよその候補が絞られつつあるとの報道が続いています。
Bloombergによる11月28日付けの報道(関連記事)では、元ノキアCEOでマイクロソフトに戻ったステファン・エロップ氏は、候補に残ってはいるもののCEOの可能性は低くなり、フォードCEOのアラン・ムラーリー氏と、マイクロソフト クラウド&エンタープライズ部門を率いるサトヤ・ナデラ氏に絞り込んだとしています。
↑マイクロソフトのクラウド部門の顔となった、サトヤ・ナデラ氏。インド出身だが明瞭な発音の英語で、プレゼンテーションもそつがない。(写真はWorldwide Partner Conference 2013のもの) |
ナデラ氏はマイクロソフトのクラウド製品を担当する重役として、基調講演などですでにおなじみの存在。個人的には、バルマー氏より11歳も年上のムラーリー氏よりは、まだ40代と若いナデラ氏に期待したいところです。
さて、一連のCEO候補に関する報道の真偽はさておき、ここで注目したいのは元ノキアCEO、エロップ氏が構想しているといわれる、「OfficeをiOSやAndroidにも積極的に展開する」という戦略です。
■Officeは“マルチプラットフォーム”に展開中
この戦略はエロップ氏が直接語ったものではないため、本当に同氏がそういった主張をしているのかどうかは不明です。しかしOfficeをマルチプラットフォームに展開するという戦略は、非常に興味深いところです。
↑元ノキアCEOのステファン・エロップ氏。米マイクロソフト次期CEO候補のひとりといわれる。(写真はMobile World Congress 2013のもの) |
Officeの歴史に詳しい人であれば、「Officeは当初からマルチプラットフォームだったはず」と思われるかもしれません。たしかにMicrosoft Officeの最初のバージョンはMacintosh用にリリースされました。その後、最新の『Office for Mac 2011』に至るまでしっかりとMacはサポートされています。
↑『Excel for Mac 2011』の画面。Excelも最初のバージョンはMacintosh用だった。 |
一方、モバイル市場でシェアの高いiOSやAndroidにおけるOfficeのサポートは限定的です。最近ではOffice 365の利用者向けに、基本的な機能を搭載したiPhone用アプリ(リンク)やAndroid用アプリ(リンク)が提供されたものの、ビジネス利用も多いiPad用は後回しとなっています。スティーブ・バルマー氏は、iPad用Officeアプリについて開発を進めていると明言してはいるものの、リリースはWindowsストアアプリ版の後になるのではないかという見方が有力です。
いずれにしても、Officeはたしかに“マルチプラットフォーム”に展開しているものの、その展開先や時期は戦略的に決定されている印象を受けます。裏返せば、これまでマイクロソフトは世界最大級のキラーアプリであるOfficeを活用することで、プラットフォームの盛衰をコントロールできる立場にありました。たとえばiPad用Officeの提供を意図的に遅らせることで、Windowsタブレットが普及する時間を稼ぐことができます。
しかしモバイルデバイス市場の急激な拡大に対して、Windowsが出遅れたことで、iOSやAndroidを使って仕事をするユーザーが増えており、キラーアプリとしてのOfficeの存在すら脅かしつつあるのが現状です。
■“プランB”としてのOfficeのiOS/Android展開
マイクロソフトはモバイル市場への進出に力を入れているものの、スマートフォン市場は言うに及ばず、タブレット市場においてもWindowsがどれくらい成功するかは未知数です。最悪の場合、これらのモバイル市場はiOSとAndroidによって大半が占められ、Windowsはごくわずかなシェアにとどまる可能性があります。
これはモバイル市場において、Officeの影響力が著しく弱まることを意味しています。今後のPC市場の低迷を考えれば、マイクロソフトの屋台骨であるWindowsとOfficeが両方とも危機に瀕することになりかねません。この最悪のシナリオを回避するために、エロップ氏が考えているとされる戦略は、OfficeをiOSやAndroidにも積極的に展開していくというもの。たとえば、Windowsストアアプリ版に先んじて、iPad版のOfficeを公開するというのはどうでしょう。
すぐに考えられる副作用として、ビジネスユーザーがiPadでのOffice利用に満足してしまい、Windowsタブレットの魅力や優位性が半減する可能性がありますが、これは、いわば“プランB”なのです。もしモバイル市場にOfficeを普及させることさえできれば、Windowsプラットフォームのスマートフォンやタブレットを売り込んでいくための足がかりにもなってくれるはず、といった考え方です。
↑Windows、Macユーザーどちらも必要とするOfficeを積極的に展開することで、最適化されたWindowsタブレットが再注目されるだろうという戦略。 |
■Bay Trailタブレットで反撃なるか
もしエロップ氏が本当にこのようなプランを持っているのだとすれば、他のCEO候補に対する差別化として、あるいは同氏らしい物の見方として、注目に値するところです。というのも、ノキアのCEOに就任する以前のエロップ氏は、米マイクロソフトにおいてOfficeを扱うビジネス部門を率いており、Officeの強みは知り尽くしています。さらにノキア時代にはSymbianからWindows Phoneへの大胆な移行を試みたものの、後発のWindows Phoneがスマートフォン市場でシェアを獲得することがいかに難しいか、エロップ氏は身をもって体験しています。
ただ、マイクロソフトはこうした“プランB”を採用するほど困窮しているわけではありません。今後もWindows PC市場には、第4世代Coreや最新の“Bay Trail”を搭載したデバイスが続々と登場します。特にBay Trailとともに、タブレット市場で人気の高い小型タブレットに参入したことは期待が持てます。デスクトップアプリが動くことで”潰しが効く”こと、フル機能のOfficeを搭載しつつ価格は4万円~5万円程度と手頃なことから、ほかのタブレットに対する高い競争力を感じます。
↑4万円台前半でフル機能のOfficeを搭載するBay Trailタブレット『Dell Venue 8 Pro』。 |
その一方で、Windowsタブレットの成功の鍵とみられていたWindowsストアアプリはまだ不十分で、他のプラットフォームに追いついていない印象を受けます。また、小型Windowsタブレットの本格普及は、ディスプレーが高解像度化する2014年以降の次世代モデルを待つ必要があるのではないか、と筆者は感じています。タブレット市場でWindowsが確固たる地位を築けるか、もう少し待ってみたいところです。
山口健太さんのオフィシャルサイト
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