2011年10月5日。スティーブ・ジョブズが56歳でこの世を去りました。Appleのこれからのプロダクトには、ジョブズ指揮下で動いていたものがまだ多数あります。あれから、2年。当時のアスキーの各編集長たちが語った生前のジョブズを、三回忌に振り返ります。
ジャケットをノールックでコロ付きチェアーに…… あまりにカッコよかった。魔法にかかった瞬間だった
福岡俊弘(週刊アスキー総編集長) 2011年10月寄稿
COMDEX(コムデックス)は、そのころ、ヨーロッパのCeBITを除けば、世界最大のコンピューター見本市だった。ビル・ゲイツがその基調講演を行ない、ウィンドウズ3.1が初めて披露されたその年のショウに、当時、スティーブ・ジョブズが率いていたNeXT社もブースを構えていた。が、肝心の製品はどこにも展示されていない。仕方がないので、カウンターに置かれていたNeXTのロゴの入った紙ナプキンを、ごっそり持ち帰った(これを読者プレゼントにしたことは、今だから告白する)。
ショウの2日目か3日目に彼のプレゼンテーションがあった。NeXTステーションだったかNeXT OSの話だったか記憶は定かでないのだが、彼がステージに登壇したときの客席からの拍手の大きさに度肝を抜かれたことははっきりと覚えている。
ただの社長なのになぜ? その理由はわずか10分でわかることになる。
軽いジョークで会場の笑いを誘う。発表する製品の概要についてひと通りしゃべり終えたところで、「じゃあ、そろそろデモを見せようか」と、ジャケットを脱いだ。そのジャケットをノールックで、ステージ中央に置かれていたコロ付きチェアーに放り投げる。ジャケットは見事に椅子の背に掛かって、そのままツーと椅子が横にすべる。約50センチ。鮮烈だった。
あまりにカッコよかった。魔法にかかった瞬間。
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ジョブズはパーソナルコンピュータそのものだ!
遠藤諭(アスキー総合研究所所長) 2011年10月寄稿
私にとって、スティーブ・ジョブズは、確実に目に見える製品を届けてくる素晴らしきコンピュータ業界の貴重な登場人物の1人なのだ。だから、ニュースなどで「カリスマ」とか「天才」とか「神」などという短い言葉でくくられるのがいやだったのだ。
ジョブズは魔法使いでも、奇跡を起こす神の申し子でも、レオナルド・ダ・ヴィンチのような天才発明家でもない。これを読んでいるほとんどの人と同じように、さまざまな課題に取り組みながら仕事をしてきたのだといってよい。好きなことを見つけて、そこに情熱を注ぎ込むことができれば、やり方によって誰でもなれる可能性があるのが、ジョブズという存在なのだ。そのことが素晴らしいし、彼がわたしたちを心の底辺からワクワクさせてくれる本当の理由なのだ。
つまり、最初に述べたパーソナルコンピュータと同じスペクトルの光を放っているのが、スティーブ・ジョブズという存在だということだ。
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ジョブズのいない1年
吉田博英(MacPeople編集長) 2012年10月寄稿
スティーブ・ジョブズがこの世を去ってはや1年になるが、正直なところ不在という実感があまりない。もともと遠い存在だったが、米国や日本での基調講演では何度となく同じ会場にはいたし、2000年前後のWWDCではフラッシュがまぶしいと指さしながら注意されたこともあるが、自分でも意外なほどジョブズの不在を強く実感できていない。
もちろんアップルのスペシャルイベントでは、ティム・クック現CEOが基調講演を務め、重要な製品についてはフィル・シラーやスコット・フォーストールなどの上級副社長が披露するという、ジョブズ存命時とは異なる演出で進行する。しかし、個人的にはあまり違和感を覚えず、ワクワクした気持ちで臨めるのだ。死後にリリースされた、第3世代のiPadやIvy Bridge搭載のMacBookシリーズは従来と同じデザインだし、Mountain LionもiOSとの融合をさらに推し進めたLionの強化版のため、新生アップルのプロダクトという気がしなかったのも関係しているかもしれない。
しかし、iPhone 5のときもジョブズ不在を強く意識することはなかった。ジョブズは向こう数年の製品計画に携わっていたと言われるので、ジョブズの考えはiPhone 5に取り入れられていはずだ。とはいえ、企業のトップが数年先の計画に関与するのは一般社会でも珍しい話ではないし、アップルほどの大企業なら、5年はもちろん10年先の具体的な製品計画を考えていてもおかしくない。しかも実際に世に製品を送り出すときは、市場の動向やトレンド、最新技術などをがっちりと掴んだ仕上げ作業が必要だ。この作業は、この世にいないジョブズではなく、間違いなく現経営陣の仕事だっただろう。そう考えるとiPhone 5は、iPhone 4Sのデザインを踏襲しつつも、背面をツートンにして液晶も縦長に変更するなど大胆なモデルチェンジが実施された、ポストジョブズ、新生アップルのプロダクトと言っても差し支えない。
実際にiPhone 5を手にしてみてジョブズを意識することはないのだが、画面の大型化を縦方向だけに限定しつつもiPhone 4Sよりも薄く軽くした点や、好評だった従来のマップアプリと決別して新しいアプリに置き換える点など、従来同様あっと驚くポイントが多数見受けられる。つまり、アップルという会社のプロダクトであることは、iPhone 5でもものすごく実感できるのだ。これは、アップルの経営陣がジョブズと同じ目線でプロダクトを生み出せているからで、ジョブズ存命中のアップルらしさが失われていない。
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“アナザー・ワールド”を一目見たいという切なる願望
角川歴彦(KADOKAWA取締役会長)
(編注:WWDC2011の基調講演)晴れの舞台に立ったスティーブ・ジョブズは、痩せ衰え、降壇しようとして足元がふらついたという。会場にいた人は皆誰もが痛ましい気持ちになったことだろう。膵臓ガンに侵されていた軀は「ひどい時には体をふたつ折りにして」耐えねばならなかったほどの「体中が殴られているよう」な痛みだった。そんな病をおしてまで「発表は自分がするのだ」と駆り立てる思いはどこから来るのだろう。次なる成功への渇望か、一度はアップルを去ることになった深い挫折感からか。
どちらも違うと私は思う。栄光の甘い果実は十分すぎるほど味わった。私たちは今、インターネットの黎明期に立ち会っている。インターネットの革新はまだ始まったばかりだ。彼をつき動かすのは、そのウェブの進化する渦中にいたい、身を置きたい。人類がまだ経験していない世界に……。変化の行きつく先にあるワールド・ワイド・ウェブ(WWW)が実現する“アナザー・ワールド”を一目見たいという切なる願望であろう。もしかすると自分が未だ見ぬ世界の主役になれるかもしれないという強烈な自尊心もあるだろう。
※この文章は「グーグル、アップルに負けない著作権法」(角川EPUB選書・10月10日発売)からの引用です。
「グーグル、アップルに負けない著作権法」
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