■日本から破壊的イノベーションを起こす必要性とは?
セッション1では破壊的イノベーションとは何か、というテーマについて海外の事例を中心にIT企業家が自らの体験やサービスを元に語った。“破壊的”という表現に違和感が投げかけられる一幕もあったが、失敗を怖れずにイノベーションに取り組むことの大切さが説かれたという点では登壇者たちの見解は一致していたと言えるだろう。
ただ、“失敗を怖れるな”という呼びかけには多分に精神論の匂いを感じ取る読者も少なくないはずだ。2つめのセッションでは、なぜイノベーションに取り組むべきなのか、その必然性について日本側からの参加者によって紐解く内容となった。
■日本が強かったころのイノベーションはいま通用しない
ここまで定義が曖昧なまま議論が進んだ感のある“イノベーション”という言葉について解説を加えたのは、MIT Media Lab所長の伊藤穰一氏だ。日本が強かった時代は“インターネット以前”だったとした上で、そのスピードは緩やかで中央管理型の一定のルールと秩序のもとで競争が行なわれていたと振り返った。ところが、“インターネット以後”は分散型であり、調整や許可を取らずに激しく変化していくスタイルにイノベーションは取って変わったとする。
前者は大規模なインフラ投資によって成否が分かれるが、後者はそうではないと伊藤氏。ネットワークとコンピューティングのコストが低下したことによって、イノベーション自体のコストも下がったというわけだ。そこでイノベーションを主導するのは巨大なインフラではなく個々のエンジニアだ。
こういった環境においては投資が回収できないリスクよりも、機会損失のリスクの方が大きくなるという。「やはりAgility(俊敏さ)が重要になる」と伊藤氏は指摘した上で、この変化はソフトウェアからハードウェア、そしてバイオの領域にまで拡がっていっており、“計画”に縛られない事業展開、そしてそれに対応出来る人材育成の重要性を説いた。
■LINEには事業計画が存在しない
続いて分社化まもないLINE株式会社の森川亮社長がLINEとイノベーションとの関係について語った。まずLINEの特徴として、PCではなくスマホセントリックであること、コミュニケーションのオープン化という潮流の敢えて逆を行くクローズ+プライベートな仕様を重視したこと、そしてインフォメーションよりもエモーションを優先して設計したこと、それらが評価され世界で1億4000万人に利用され現在も急速に成長していることを紹介した。
この成功の理由として森川氏が挙げるのが“計画を立てないこと”だ。日本人は計画を立てるのが好きで、変更することを嫌い、変更に多大な説明コストを支払う――それはバカバカしいという。「敢えて戦略を発表することもしません」と氏。そのことによって、組織に“何かしないと生き残れない”という緊張感と新しいものが生まれるというメリットがあるという。
■イノベーションは楽天で学んだ
楽天出身者でもあるGREEの田中良和社長は、楽天入社前、三木谷社長に「どうして銀行を辞めてベンチャーをつくったのか」尋ねたというエピソードを紹介。三木谷氏の答えは「変化が必要な日本には新産業が求められている。そのためには実例が必要なんだ」というものだったという。当時はよくその意味が理解出来なかったという田中氏だが、その後のGREEを創業、経営をつうじて今はとても共感していると話した。
■エンジニアは世界を変えることができる
Rubyアソシエーション理事長のまつもとゆきひろ氏は、「自分は起業家でもなければ経営者でもなくアウェーな感じがする」としながらも、エンジニアとしてRubyをひとりで生み出し、インターネットによるその拡がりによってある種世界が変わっていく様子を目の当たりにした体験から、伊藤氏も述べたネット時代のイノベーションとそのスピードを実感したと話す。「そういう時代にあって、『政府の支援が――』と言っている場合なんだろうか」とも。
エンジニアがその技術によって世界を変えることができる現在、大切なのは彼らの邪魔をせず、その地位を向上することだというのが氏の主張だ。「経営者はエンジニアにはなれないが、その逆は(田中氏のように)可能」とまつもと氏は指摘し、コードが書けることが理想、そうでなくともエンジニアリングの本質を理解し、エンジニアの地位向上がはかられることが重要だと説いた。
■日本が得意とするイノベーションの形
新経済連盟の理事も務めるGMOインターネットの熊谷正寿代表取締役会長兼社長は、「破壊的なイノベーションを多く生み出せてはいない日本だが、持続的なイノベーションは得意であるはず」という。国内で一定の市場があることも、そこに留まっている一因だとした上で、自らもグローバルな成長を目指したいとする。
■パネルディスカッション――「そもそも破壊的イノベーションって必要?」
続いて行なわれたパネルディスカッションでは、イノベーションの本質について熱い議論が交された。
まず、伊藤氏からは「日本の教育はクリエイティビティーを如何に殺すかに力点が置かれている」と指摘があり、「自分がラッキーだったのは日本の教育を受けなかったこと」とした。以前の環境であればいわゆる“お利口さん”が量産されても良かったが、今はイノベーションのための“原資”が足りないのだと主張する。
モデレーターの日本経済新聞社論説委員の関口和一氏から、「ソニー出身者として現状をどうみる」と問われた森川氏は、「勝つためのモデルが変わった。システムの中でそれをうまく回す人材ではなく、システムを新たに創り出す人材が求められている」と答えた。
熊谷氏は、このパネル登壇者がみな技術出身であることを挙げた上で、「教育課程で英語だけでなく技術を教える。国籍を問わず優秀なエンジニアを確保する制度」が重要だと話す。
それを受けて伊藤氏は、「そのとおりだが、海外の動きに比べると圧倒的に遅い」と応じる。「日本の良さ、かっこよさをよほどプロモーションしないと人材の確保は難しいのでは」と警鐘を鳴らす。
ここで敢えてちゃぶ台を返したのがまつもと氏だ。「日本から破壊的イノベーションを起こす必要って本当にあるのか」と氏は問いかける。“日本から”でないとダメなのか、北米発のサービスが十二分に有用であり、日本人が海外企業のために日本にいながらにして働ける環境が整いつつあるなか、日本発にこだわる理由とはなんだろう、という訳だ。さらに「破壊的イノベーションって、痛みを伴うけれど本当に良いんですか? ここにいるみなさんの会社がなくなるかもしれないですよ!?」と会場に語りかけ、会場からは思わず笑いが漏れた。イノベーションの“怖さ”を甘くみているのではというのは、かなり本質的な問いかけだったと言えるだろう。
また“エンジニアの数が足りない”という論調に対して、「重要なのは質ではないのか?」とし、日米を比較しても個々のエンジニアの質に変わりはさほどないが、圧倒的に異なるのは待遇だとまつもと氏(会場からは大きな拍手)。
これに応じる形になったのが熊谷氏だ。氏は、海外に比べて高い法人税率の存在を挙げ、エンジニア待遇も含め、日本でイノベーションが起こりにくくなっている要因だと主張した。
田中氏は「GREEの社員の約4割が外国籍になっている中、たしかに『日本から、日本のために』というスローガンは通用しづらくなっている」と吐露。日本、企業、(国籍も多様な)個人それぞれのアイデンティティーが成立するような枠組みを考えるべく、日々悩んでいると語った。それに対し「たしかにグローバリゼーションと簡単に言うけれど、実際痛みを伴う、楽天やGREEのようにそれに取り組む企業から成功事例が出てくることが大切」と伊藤氏。
森川氏は「LINEでは、イノベーションを実現しようとして事業を進めているわけではなく、ユーザーが求めるものをどれだけ早く、高品質に実現するかを追及している、その結果としてイノベーションが起こっている」とし、「空気を読むのではなく、そういった本質を追究することが大切だ」と話した。
締めくくりの議論で、GREEの田中氏が「いまの若い世代にとって、バブルのような成長していた日本というのはもう江戸時代のような歴史上の出来事になっている。そこに根本的な問題があり、(自らが楽天で経験したように)成長することのおもしろさ、それが実際に起こるという実感がない」と述べたのも印象的だった。冒頭伊藤氏も挙げた教育の問題、そこから生まれる“枠組みに従わなければならない”という思い込みを打破するマインドセットの重要性では登壇者の意見は一致していた。
午前のセッションはこれで終了となったが、昼食を挟んでサミットは19時過ぎまで続き“破壊的イノベーション”について多彩な顔ぶれによる意見が交される場となった。1999年のビットバレー構想から10年以上が経ち、その間日本経済は長く停滞を続けてきた。このサミットを単なるイベントに終わらせず政策へのフィードバックを果たし、ITを活かして再び日本を成長軌道に乗せることができるのか――新経連の実力が問われるのはこれからだと言えるだろう。
■関連サイト
新経済サミット2013
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