MacPeopleは、1月29日発売の3月号(関連サイト:Amazon)で通巻300号を迎えることができました。この300号では通巻300号記念特別号として、創刊号から最新号までの表紙や基調講演、People Watchingのアーカイブ、人気連載の特選集などを収録しています。320ページの特大ページで、そのまま立てられる分厚さです!!
また、300号に併せてNewsstandでの定期購読タイプの電子配信(関連サイト:App Store)もスタートしています。本文部分をタップすると、テキストのみが拡大表示されるインターフェースを採用していますので、iPadはもちろんiPhoneでもスムーズに読み進められます。試し読みも可能ですので、ぜひダウンロードしてチェックしてください。バックナンバーが気になるという方に向けて、単品販売も可能になっています。
なおMacPeopleでは、創刊当時から現在までのAppleを振り返る、記念企画を実施中。第3回はこちらです→G4 Cubeから花柄・団子型iMac、初代iPodまで――Appleの第2黄金期
■真の力を発揮しはじめたOS X
吉田 えー、予定を変更しまして、300号記念企画の4回目からは本誌編集人である倉西部長との対談に切り替えます。出せと言われましたので。4回目の内容は通巻151~200号です。期間でいうと'02年9月~'05年8月ですね。
倉西 この時期の話は難しいなぁ。
吉田 (出せといっておきながら)、どうしてですか?
倉西 OS Xがプリインストールされたのは、確か'01年だったよね。でも、10.0とかまったく使えなかったじゃん。10.1でだいぶマシになったけど。
吉田 その前の'00年10月にPublic Betaも登場しましたよね。確か新宿の高島屋でも売ってました。そこで売る意味がよくわからなかったんですが。あとメニューバーの中央にアップルマークがあって、これどうすんだと。
倉西 ああ、あれね。パブリックベータとはいえ、がっかりしたなぁ。
吉田 そうですね。当時は、共有キャッシュを活用して起動を短縮したり、GPUで描画を高速化するといった技術は使われていませんでしたからね。
倉西 当時は俺、ゲーム雑誌をやってたし、まあ周りにはマックユーザーはいないわけ。仕事ではVAIOを使ってて、自宅はマックという環境。でも、自宅でOS Xはあんまり使わなかった。OS Xのシステムを起動して、そのあと数本のアプリを立ち上げて楽しんだあと、OS 9で再起動していたな。そのころは、一時期マックから遠のいたんだよね。
でも、'02年の7月に出たiCalで俺は完全にマックに戻る気になったね。こんな、素晴らしいスケジュール管理アプリがあるのかと。起動は遅かったけど。
吉田 当時のスケジュール管理といえば、Palm Desktopとかでしたもんね。
倉西 当時はまだ、iSyncでPalmデバイスやノキアの携帯と同期できるだけだったけど、そのあとクラウド同期ができるようになったじゃん。でも、アップルのクラウドサービスはいまひとつ信用できないよね。いまのiCloudでもそうだけど、確実に同期されているか常に不安。
吉田 アップルはクラウドストレージの会社を買収しちゃえばいいと思うんですよね。iCloudもバックボーンには、マイクロソフトのWindows Azureとか、アマゾンのAWS(Amazon Web Services)を使っていると言われてますし、決して脆弱なわけじゃないですからね。
倉西 人によって異なるみたいだけど、俺の場合はiCloudになった今でもカレンダー(旧・iCal)の同期がうまくいかないんだよね。「リマインダー」とかはサクサク同期するのに。互換性を重視して新旧のAPIが入り乱れているのかなぁと。
吉田 なんで、クラウドだけは鬼門みたいになってるんでしょうね。
倉西 無料のiToolsが.Macで有料になってからiCloudまで、俺はベータテスターのつもりでアップルに会費を上納してる感じだけど、ジョブズがあれだけ重要視していたサービスだから、よくなっていくことを期待したいね。
iCalを特集した'02年10-15号。iCalのアイコンはiPhoneのカレンダーにも引き継がれている。 |
吉田 OS Xの話に戻りますが、通巻150号が出た'02年9月だとOS X 10.2(Jaguar)になってますね。
倉西 OS Xが真価を発揮しだしたのはこのころから。'02年8月にOS X 10.2がリリースされて、'03年1月にSafariのベータ版が登場。同年6月に正式版(Ver.1.0)となって環境が激変した。これで、ようやくOS Xを使う気になったんだよ。とにかくSafariは速くて感動したね。
吉田 それまではOS Xのデフォルトブラウザーは、Internet Explorerでしたからね。'97年のマイクロソフトとの提携にもびっくりしましたけど、そのマイクロソフトを袖にしてSafariを出したのはさらにびっくりしました。
OS X 10.2 Jaguarの特集は'03年6-1号に掲載。Jaguarに掛けて、同名の高級車をイメージカットに採用した。。 |
吉田 さて、'03年といえば、12インチと17インチのPowerBook G4が出たころですね。このときは、ボディーの素材はチタンではなくてアルミニウムに変わってます。
倉西 当時はゲーム会社さんに取材にいくと、知り合いのゲームクリエーターさんが12インチを使っていたね。「パームレスト熱くないですか?」と言ったら「倉西さん、そういうんじゃないんですよ、マックは」とか言われたなぁ。みなさん、意地でマックを使っていた感じ。
吉田 前の座談会でも言いましたが、小さいノートの完成度はあと一歩でしたよね。一方、17インチは衝撃でした。ウィンドウズノートにはすでにありましたが、最初はこんなデカイノート誰が使うのか思いました。
倉西 需要あったよね。プロカメラマンとかに。あの液晶サイズのオールインワンは魅力だった。あと、17インチといえば、キーボードが光るギミックね。
吉田 いまではノートの標準機能になってますが、あのころは17インチの特権感がハンパなかったですね。ところで当時、倉西さんはどのマシンを使っていたんですか?
倉西 iBookだな。
吉田 当時ってすでに編集長されてましたよね。PowerBookじゃなくて?
倉西 うん、iBook。俺、そのころはずっとiBookだった。iBookってG3からG4になっても、形状が一緒だがら素人から見ると見分けつかないじゃん。だから、勝手に買い換えても怒られなかったから。iBook G4に乗り換えたときはさすがにバレると思ったけど大丈夫だった。あと、ゲーム会社さんに取材にいってiBookをおもむろに開くと女子にモテた。
吉田 まあ、スジは通ってますね……。
17インチモデルもラインアップした『PowerBook G4』。'03年のMacworld Expo/SFで発表された。 |
倉西 あと時期は前後するけれど、VAIOの次に編集部で使っていたマシンはPower Mac G4だったね。当時は会社では、よほど特別な理由がなければマックは使えないんだけど、「俺マックユーザーだから」と押し通して買ったんだ。ちょうどそのころ、一緒に仕事をしているマックユーザーの女性がいて、その子のぶんも一緒に。っで、俺がPower Mac G4、彼女があの巨大なPower Mac G5。
吉田 Power Mac G4は、最終モデル(FireWire 800)でOS 9起動ができなくなったんですが、業務ユーザーのサポートのために異例ながらOS 9ブート可能なモデル(Mirrored Drive Doors 2003)があとで出ましたもんね、ちょうどそのころですね。
倉西 そのあと、「なんで私がG5なんですか!!」と言われたな。ほら、G5って発熱量すごいじゃん。使っていると、ファンもうるさいし周囲の温度も上がるでしょ。
吉田 Power Mac G5は最後のほうは水冷モデルも出ましたよね。もともと、ブレードサーバーとかで使うパワフルなCPUなんで、発熱量の凄さは仕方ないといえば仕方ないですけどね。個人的にはG5の変わりゆく内部の放熱システムにはすごく興味がありました。
G4をさらに上回る巨体の『Power Mac G5』。フロントパネルがメッシュになっているのが特徴。 |
倉西 G5といえば、あとはiMacにしか搭載されなかったね。俺は、iMac G4のデザインが今でも好きだ。
吉田 最新のiMacでも素材やデザインは変わってますが、このiMac G5のコンセプトは踏襲してますよね。これはこれで完成形だと思います。現状の画面サイズだとiMac G4のデザインはムリがあるし。
あと、iMac G5は一部のモデルがすごく画期的でした。在宅自己交換修理サービスで、ハードディスク/光学式ドライブ/メモリー/ミッドパネル/電源ユニット/インバーター/ディスプレイベゼル/背面カバー/内蔵バッテリー/ファンカバー――を取り替えられましたから。分解してみると見事にコンポーネント化されていて感動しましたよ。
『iMac G5』。G4からの変更点として脚部の関節部がなくなり、自重で沈み込むことがなくなった。 |
倉西 あと、あのころだと「Microsoft Office 2004」だな。これでようやく仕事でも問題なくマックを使えるようになった。ウィンドウズのOfficeで作成したマクロ付き書類もいちおう開けたし。
吉田 '04年の11月ですよね、Office 2004が出たのは。当時のOS Xは、OS X 10.4 Tigerになってました。
倉西 Tigerといえば、Exposéだね。あのインパクトは凄かった。当時確か、会社の会議で横に座っていた取締役に「いまのなに?」って聞かれて「マックはこうやって複数のウィンドウを瞬時に切り替えられるんですよ」と自慢した覚えがあるよ。
吉田 ウィンドウズユーザーにOS Xの特徴をアピールするには格好の機能でしたもんね。
『Microsoft Office 2004』。Macworld Expo/SFで発表されたときはブース内に若き日のビル・ゲイツの写真も展示されていた。 |
■iPod、iPod miniが激売れ
吉田 さて、4回目の座談会はこれで終わりです。5、6回目とも倉西編集人との対談が続きますので、お楽しみに。
倉西 ちょっと待て。
吉田 はい。
倉西 君は重要な話を忘れている。このときはマックよりもiPodだろう。Wikipediaによると、iPodは初代モデルを発売して約1年半後の'03年の6月末に累計100万台、'04年の10~12月期に累計1000万台、通巻200号が出る'05年8月あたりには累計2800万台も売り上げているんだよな。その2年後の'07年4~6月期で累計1億台を突破している。ウォークマンが13年半もかかった累計1億台を、半分以下の5年半で売ったんだよ。こういうのは見逃しちゃいけない。
吉田 iPodもそうですけど、iPod miniが超絶人気でしたよね。このときのストレージは1インチのハードディスクでしたけど、後継のiPod nanoでフラッシュメモリーを搭載して使い勝手がさらに向上しました。いまではもう、ハードディスクには戻れないです。
『iPod mini』の登場を伝える'04年2-1号。OS Xは10.3(Panther)に進化している。 |
倉西 iPod classicも次期モデルでSSD搭載だろうな。そうなれば音楽好きのユーザーは絶対買うよね。あと忘れてはならないのが、初代iPod touchがリリースされたのは'07年9月ってこと。累計1億台というのは、このtouchなしで達成した数字なんだよ。いまではiPodの売上台数の過半数がtouchということを考えると凄い。
吉田 Wikipediaによると、'12年7~9月期の累計で3億5600万台ですもんね。5年半かかった累計1億台突破からさらに5年で累計3億台突破。このあとのtouchの売れ行きがいかに凄いかもわかります。
倉西 このころまでだけど、shuffle以外はモデルチェンジするたびに全部買ってた気がする。初代は、FireWire 400ポートを搭載していて、なんかカッコよかった。ほとんどハードディスクとして使ってたけどね。初代が出たころのiPodはまだマイナーだったけど、編集部にいたマック好きの同僚と一緒にアップルストアで注文したんだ。実物を手にしたときは「まだみんな知らないが、こんな素晴らしいデバイスを持っている俺たちは凄いね」とお互い褒め称えたね。
5色のカラーバリエーションを揃えた『iPod mini』。いま思えば液晶はまだモノクロだった。 |
吉田 アップルファンの典型的な展開ですね。そういう意味では、私は結構残念ですね。とにかく購入後に仕事で毎日触りまくったので、人より感動が醒めるのが早かったです。そうなると分解したくなって、結局元に戻せなくなるという……。
倉西 だめじゃん!!
吉田 はい。では。本当に4回目の座談会を終了させていただきます。次回もお楽しみに!!
【MacPeople 300号記念特大号はAmazonでも取扱中!】
【MacPeopleデジタル版をNewsstandでも配信中!】
●関連サイト
マックピープル公式サイト(MacPeople Web)
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります