UEIが開発中の手書き専用タブレット”enchantMOON”を見るため、CES2013に出展中のブースを訪れた。UEIブースはサテライト会場であるThe Venetian内のSANDS Expoの一角にある。
いわゆるナショナルメーカーなどが出展するラスベガス・コンベンションセンターから徒歩20分ほどの距離があり、この会場とコンベンションセンターとは、常時巡回するシャトルバスで結ばれている。大規模ブースの出展はないが、LEGO Mindstormや、スタートアップによるiPhoneのセンサー系の新デバイスなど、ガジェット好きの心をくすぐられるようなデバイスが多数ひしめきあう場所でもある。
気になる実機は、エンジニアリングサンプルに近い試作機で、外観のフィニッシュや機能の実装もまだ一部のみと荒削りな部分は多々あるものの、こだわりの“描き味”と手書きUIの操作イメージはわかった。
●enchantMOONの描き味の秘密
最初に断っておくと、enchantMOONは、仕様的には最近のスマートフォンやタブレットに比べるとロースペックだ。液晶は1024×768ドットのXGA、CPUはARM系のCortex-A8 1GHz(シングルコア)+MARI400(GPU)、メモリーは1GB。メモリー以外は初代iPadに近い、といえば良く聞こえてしまうが、端的にいえば3年前のスマートフォンのスペックだ。
にもかかわらず、手書きの描き味はすこぶる良かった。走り書きをするようなスピードでも描画の遅れがほぼなく、追従性が良い。さらに描画の線がなかなか美しい。
一方で、実装途中のノート一覧の遷移などは、まさに開発中という感触の、タイムラグが感じられる動きだ。遷移のタイムラグは大幅に改善の余地があるが、一方の手書きの感触の良さは、なんというかスペックから想像される印象の2段階上をいく軽快さがある。
疑問に思ってUEIの清水CEOに聞いてみると、描き味の良さはAndroidのカスタムOSへの実装方法のためだという。その場で図に書いて示してくれたところによるとこうだ。
通常のAndroidは、ハードウェアからアプリまで、多数のレイヤーがあり、これが実行速度を遅くする原因になっている(左の写真)。
そこで独自の手書き実装(社内では、機能の実装担当の名前をとってKD=近藤ドライバと読んでいるらしい)をし、手書き部分に関しては、ほぼハードウェアを直接叩くような、マシン語レベルで最適化されたコードになっているそうだ(右の写真)。
一方の曲線の描画の美しさについては、実は何の処理もやっていないという。
手書きアプリなどで線がカクつくのは、本来、連続的な描画が行われる筈の線描の一部が”認識落ち”してしまうからで、それを見た目上発生させないよう、ベジェ曲線処理などをすることがある。KDを使う描画ではそれが感じられるレベルでは発生せず、さらにCPUスペックからするとむしろベジェ処理は身重になる。そういう制約もあって素のままだと語る。
「人間の慣性の線描がどれだけ美しいかってことですよね」(清水氏)というのは、目から鱗だ。
こうした独自実装は、図ではKDの左脇にあるEAGLEというバーチャルマシン部分にも行われていて、スプライト処理を要するものの場合だと通常のAndroid比で約10倍の速さで実行できるという。最終的には、先の遷移UIなどについても同様の高速化処理をして実装していくとのことだった。
このあたりの実装についての設計思想や顛末は清水氏のブログ記事にも詳しく書かれている(関連リンク)。
●ハイパーリンクでノートをつなぎ、自分でアプリが書けるノートってどういうもの?
それ以外の機能ついては試作機では未実装な点が多いが、記事中の動画でも見られる操作と清水氏による説明から想像すると、
1)ノートにメモをとるように、文字やイラストなどを線描する
2)描いたオブジェクトを円で囲むと、スタンプ化され、別のノートなどにリンク処理できる
3)画面上に円を描いて、その中にコマンドを記述する
例)invertと書くと画面が白黒反転、mapと書くと地図が立ち上がる、など
4)写真やウェブページも、同様に円で囲うとその部分がノートに取り込める
といったものになるようだ。 ノート上のすべての表示物が、手描き・画像にかかわらずスタンプとして扱え、それらをリンク処理したり、ボタンとして使って裏側でアプリや処理を関連付けて走らせる、といったことを想定している。
いわゆるタップするようなボタンや、ファイルの概念、細かな設定画面といったものは何もない。すべて手描き入力が基本だ。ブースで配布していたリーフレットには”No UI”と表現していたがまさにそんな感じで、むしろUIをつくるのは自分だったり、アプリを書く誰かだったり、ということになる。
完成版では、MOONblock(すでに発表している開発環境『前田ブロック』のMOON版)によるプログラムの記述もでき、自分で開発して機能を追加したり、ほかのユーザーが開発したアプリやゲームを、enchantMOON上の専用ストアアプリからダウンロードするということができる。この辺のコミュニティのノウハウは、すでに9leap.netなどで実績があるから、イメージしやすい。
発売は意外と早く、春にはなんとかセールを開始し、市場の反響を計りたいという。販路は北米ではクラウドファンディングのKickstarter、日本ではAmazonなどの直販系で行う方針。価格詳細は検討中とのことだが、いわゆるタブレットの価格を考えると5万円以下では出したいところだろう。
enchantMOONが気になっているガジェット好きの読者に言っておくと、製品としては、万人向けを想定したものではないかもしれない。だから、いわゆる大手メーカーに望むような手厚いサポートを期待するのは、ちょっと難しいだろう。
一方で、Kicksterterでモノを買うような、完成していく過程も含めて楽しめる人にはアリなデバイスだ。3年前に話題になったUstreamカメラ『CerevoCam』などと同じ匂い、といえばいいだろうか。
今後も新展開があれば積極的に週アスPLUSで掲載していくのでお楽しみに。
●関連リンク
enchantMOON公式サイト
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