新しい年が始まった。今年はどんなサービスが生まれるのか、トレンドを予想するのは難しい。ここはひとつ、アイディアに自信ありのベンチャー企業の動きを参考にしたい。2012年秋にアイルランド・ダブリンで開かれたベンチャーイベント『Web Summit 2012』で最終選考に残ったベンチャーを中心に、いくつか紹介しよう。
アプリで楽しく学習
ギターを途中で挫折したというあなた、恥じることはない。楽器を始めた人のなんと8割以上が、ある程度のレベルに達する前にギブアップしているのだそうだ。ギター学習iPadアプリ『WildChords』なら、今度は大丈夫(だろう)。必要なのはiPadとギターだけ。いつでも、どこでも学習できる。
WildChordsはフィンランド発のベンチャーOvelinが開発したアプリだ。フィンランドといえば、あの『Angry Birds』のRovioの出身地でもある。2011年11月にApp Storeで公開後、WildChordsのダウンロード数は1年で10万回に達した。欧州連合(EU)の2011年度Best European Learning Game、英紙Sunday TimesのWorlds Best Apps 2012など数々の賞を受賞している。
WildChordsの特徴はゲームの要素を取り入れた(正しいコードを弾くことで動物を飼いならす)点。iPadのマイクであなたの演奏が正しいかどうかをチェックし、習熟度に応じてレベルが上がっていく。「(ギター習得前に挫折した)ギタードロップアウト」という創業者のひとり、Christoph Thür氏がデモがわりに見せてくれたコード演奏を見る限り、成果も期待できそうだ。
今後は他言語対応、対応プラットフォームの拡大、ギター以外の楽器への拡大することも考えているのだそうだ。「音楽という文化的貢献はもちろん、楽器の弾き方を教えてくれる製品に人々は投資するはず」とビジネスへの期待も満々。OvelinはWildChordsのほか、ソーシャルの要素を入れた『Guitarbots』、チューニング用アプリ『Guitartuna』も展開している。
Ovelin(関連サイト)
http://ovelin.com/
↑ダブリンで毎年開かれる欧州最大のベンチャーイベント、Web Summit。Spark of Geniusとして最優秀ベンチャーを選出する。
↑Ovelinの共同創業者、Christoph Thur氏。
↑これならコードもばっちり? 『WildChords』。
ついにモノのインターネット時代が到来
次にまじめなベンチャーを先に紹介しておこう。モノのインターネット時代の到来を“フィジカルグラフ(physical graph)”というキャッチーな言葉で表現し、クラウドファウンディングのKickstarter(ネット上にプロジェクトを紹介し、支援したいという人(群衆=crowd)から資金調達するサービス)で120億ドルを調達したSmartThingsだ。Web Summitでは、1000以上の応募の中から最優秀ベンチャー(Spark of Genius)に選ばれた“本命”。
スマートフォンをリモコンにし、テレビ、電気、空調からドア、ペットフードの食器まで、さまざまな日常のオブジェクトをコントロールするというもの。SmartThings Kitsを使って、センサー、モニターなどを取り付け、インターネットに接続した専用のハブとスマートフォンアプリ『SmartApps』で管理する。現在、セキュリティーに特化した『ホームセキュリティー』、ペットを含め家族の誰が外出か在宅中かをチェックできる『ファミリーライフ』など、DIYタイプのパッケージを開発中で、一般ユーザーにわかりやすい形で提供する。「ハコをあけて1分で、遠隔操作できるようになる」と共同創業者兼CEOのAlex Hawkinson氏はアピールする。
グラフというからには、プラットフォームもオープンにし、ハードウェアメーカー、開発者が参加できるようにする――ここが戦略の重要な柱となる。だが、モノのインターネットはずっと以前から言われたことだ。SmartThingsの設立者たちも数年前から取り組んできたという。「タイミングはいま」とHawkinson氏、その理由として「帯域、コントローラーとして操作性に優れたスマートフォン、ハードウェアの進化――3つが揃ってきた」と説明する。すでに800近くのハードウェアメーカーや開発者がコミュニティーに登録しているという。「今後5~10年でフィジカルグラフが大切になる」と予言した。
SmartThings(関連サイト)
http://smartthings.com/
↑SmartThingsの共同創業者Alex Hawkinson氏。
↑簡単に設定できる目的別のソリューションとして展開する。
↑アプリで遠隔操作、iOSとAndroidに対応。
遠隔操作できるバイブレーター
最優秀賞はSmartThingsに譲ったものの、最終選考に残った4社の中で笑いという点でダントツだったのが、シンガポールのベンチャーVibeaseだ。Vibは“バイブレーター”の略で、Easeは“楽にする”を組み合わせた(と思われる)。――社名から想像した読者もいるかもしれないが、その通り、バイブレーター。とはいっても、Web Summitなので単にバイブレーターというのではなく仕掛けがあり、Bluetoothを組み込んでいる。
ここは創業者のDema Tio氏の話をそのまま引用しよう。製品開発に至った動機は、自身の経験からとのこと。Tio氏が米ボストンに留学中、彼女はシンガポールに残り遠距離恋愛に。そのとき、Skypeではもの足りないと思ったことがきっかけとTio氏。「Vibeaseなら遠距離恋愛中のカップルがもっと親密にやりとりできる」と胸を張るTio氏(アイディアを実際に試す時間はなかったと思われるが、そのときシンガポールに残っていた遠距離恋愛の相手とは、その後めでたく結婚されたそう)。要は、チャットやおしゃべり以上のコミュニケーションが必要になったら、バイブレーターの遠隔操作で親密度アップ、ということのようだ。
だが、Vibeaseのメインフォーカスは、「カップルのためのプライベートなソーシャルネットワーク」というアプリやサービス側にある。バイブレーターの動作のカスタマイズも可能とのこと。さまざまなカスタマイズを集めた、マーケットプレイス的なアイディアも考えられそうだ。
ビジネスチャンスは大きいと主張するTio氏(下3番目の写真、Marcket Sizeを参照のこと、翻訳の必要はありませんね)、「性的関係がないことが、カップルや夫婦が分かれる理由。セックスは人間の基本的なニーズであり、われわれはこの問題を解決する」と。なぜバイブレーターか?――再びTio氏の言葉を借りると、「バイブレーターは1880年に医師が開発したオルガズムを得るための医療器具。カップルのうち、性的関係を通じてオルガズムが得られる女性は47%しかいない! バイブレーターを利用する女性の9割がオルガズムを体験している」だそう。
Vibeaseは現在、事前予約受付中で、2013年2月に出荷を開始したいとのこと。「セックスをクリーンにしたいんだ。男性のようにオルガズムを体験できる女性が増えると、世界はもっと良くなると信じている」――キメの言葉です。
Vibease(関連サイト)
http://www.vibease.com
↑Vibeaseの創業者、Dema Tio氏。
↑これが『Vibease』。
↑市場規模はこんなに大きい!
かっこ良いECサイトを立ち上げたい個人事業者、必見!
次は再び北欧へ。スウェーデンのベンチャーTictailは、ECサイトを簡単に立ち上げられるサービスを提供する。同じくスウェーデンのIKEAと同じ、ブルーと黄色を配したロゴが特徴だ。「次世代のWebショップを立ち上げられる」と共同創業者兼CEOのCarl Waldekranz氏。
ドラッグ&ドロップで容易に洗練された外観を持つECサイトを立ち上げられるだけではなく、ソーシャル要素が組み込まれているので、TwitterやFacebookなどを利用したマーケティングを展開できる。数週間ツイートの更新がないときなどは、Tictailがリマインドしてくれるので、技術は苦手というショップオーナーも心強い。受注管理やセキュリティー管理などの基本的な機能を備え、ロイヤリティープログラム展開の支援もある。
立ち上げは2012年春、わずか6ヵ月でアクティブなストアは2000店以上生まれたという。雑誌Wiredより、“EコマースのTumblr”として欧州ベンチャー100社に選ばれている。
Tictail(関連サイト)
http://www.tictail.com/
↑Tictailの共同創業者、Carl Waldekranz氏、母親もTictailでオンラインストアを運営しているとか。
↑Tictailはかっこいいオンラインサイトの立ち上げからソーシャル、広告(Adwords)、受注管理を支援する。
旅行とソーシャルがアツい
以上4つはベンチャーコンテストの最終選考に残った4社だが、このほかにも会期中に複数のベンチャーがプレゼンを行なった。
創業者のネームバリューが大きいのがGogobotだ。MySpaceで国際展開担当トップを務めたTravis Katz氏が2010年に立ち上げた旅行サイトで、すでに大手ベンチャーキャピタルの支援も得ている。ソーシャルを取り入れた旅行サイトで、旅行の計画、予約、体験の共有などの機能がある。たとえば旅行計画ではコミュニティーからオススメの観光スポット、ホテル、レストランなどのアドバイスを得られる。
Webサイトのほか、iOSやAndroidアプリも展開しており、位置情報を利用して自分の現在の場所を知らせたり、Instagramとの連携機能により、旅行先で撮影した写真をポストカード風にアップロードできる。ユーザー数はこの一年四半期に倍増ペースで増えており、2012年6月末で250万人に達した。ホテル予約サイトなどとの提携も進んでいるというから、2013年にはGogobotの社名を聞く機会が増えるかもしれない。
旅行関連では、英エジンバラ発のSkyscannerのCEO、Gareth Williams氏も登場した。要は旅行代理店や航空会社を巡回して航空券の価格を比較してくれるサービスで、日本語化されているので知っている読者もいることだろう。2002年創業で、ベンチャーとはいえすでに10年の経験を持つ。2500万を超える月間のユニークビジターがあるという。
売上げは300万ポンドに達しており、主力の航空券事業のほかレンタカーやホテルにもサービスを拡大、レンタカーは全売上げの15%を占めるに至っているという。Skyscannerが現在最も力を入れているのが、トラフィックの3割に達しつつあるというモバイルだ。モバイルでは友人との共有やレコメンデーションがより頻繁に起こっており、成長の可能性は大きいとみる。
Gogobot(関連サイト)
http://www.gogobot.com/
Skyscanner(関連サイト)
http://www.skyscanner.com/
↑元MySpaceのTravis Katz氏。
↑年間でユーザーは800%増加したという『Gogobot』。
↑SkyscannerのCEO、Gareth Williams氏。「投資は人に」――大きな課題は優秀な人材確保と語る。
↑10年生き残るベンチャーは一桁といわれるが、ここにきてSkyscannerは急成長中だ。
再生か、終焉か? デジタル出版を支援するFlipboard
最後に複数の起業経験を持ち、元AppleのEvan Doll氏と共に2010年にFlipboardを立ち上げたMike McCue氏に登場願おう。ニュースサイトやソーシャルサービスをアグリゲーションするiPadアプリとしてスタート、デジタル時代の出版を模索して立ち上げたと説明する。著名なベンチャーキャピタルの支援を受けており、iPhoneやAndroidにも対応し、日本語を含め国際化も急ピッチで進めている。
2012年もNewsWeek、ドイツのFinancial Times Deutschlandなど歴史ある雑誌や新聞が、紙ベースの出版を止めてデジタルに移行すると発表した。これをMcCue氏は、出版業界の終焉ではなく“再生”という。「ジャーナリズムと出版がデジタルベースに移行している。まだ早期段階だが、すばらしい将来が待っている」とMcCue氏。
ではどうやって収益を得るのか――手段のひとつが広告だが、McCue氏は課題として、紙ベースの雑誌と比べるとWebの広告は品質や高級感に劣る点を挙げる。Flipboardは広告代理店などと協業し、デジタル出版に適した広告を考えているという。その一例として、ジーンズのLevi'sと、視覚的に美しく、インタラクティブ性も取り入れたWeb広告を展開したと紹介した。このようにWebでのマネタイズを模索、促進してデジタル出版産業を立ち上げていくとMcCue氏は使命を語った。
Flipboard(関連サイト)
http://flipboard.com
↑ソーシャルマガジンを標榜する『Flipboard』。
↑Flipboardの共同創業者、Mike McCue氏。
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