週刊アスキーの連載ページ『ネット早耳かわら版』に掲載している“ニコニコ動画 今昔物語”クロス連載。1回目ゲストの川上会長から心機一転、2回目はニコニコ生放送のユーザー配信者(生主)で、ニコ動の公式番組の司会などで活躍する“百花繚乱”さんをお迎えしました。
“niconico”がおもしろいのは、世に埋もれた数々の才能を発掘してきたこと。最初はユーザーの間だけで評価されていた人物が、“おもしろい”の声が集まったことで企業などが注目して、さらに大舞台に駆け上がる──。誰かが仕掛けるのではなく、みんなの“いいね”で才能が世の中に広まっていくという構図が6年間ででき上がってきました。
百花繚乱さんもそのひとり。ニコ動との出会いは高校時代で、当時は、文字を並べて絵を描く“コメントアート職人”として遊んでいたそうです。卒業後、地元の広島でマジシャンの見習いをしていたときに、ニコニコ生放送がユーザーに解放されて、「トークの練習にもなるし、手品などの新しいことも試せそうなので」という理由で配信を始めたそうです。
彼の番組は、女装と女声を武器にした“女装配信”で知られます。女装したきっかけは、マジシャン見習いとして営業周りをするときにキャラクターがほしいなと思って先輩に相談したところ、「お前顔立ちが女っぽいから、女装してオカマのマジシャン『オカマジシャン』をやれば?」とアドバイスされたから。「おもしろい!」と採用して、ニコ生で練習がてらに女装することにして、生放送を始めたそうです。当時は顔出しがめずらしく、さらに女性(と思われるサムネイル)だったため、生放送は大受けして固定ファンを増やしていきました。
その後、“ニコ生☆生うたオーディション”や“ニコニコ大会議2009-2010 全国ツアー in 広島”といったニコ動の公式生放送に出演してチャンスをつかみ、'10年より“ニコラジ”のアシスタントなど公式番組に出演するようになります。3年間の出演数は、累計で何と400本超え! 1日に生放送を4本撮りするようなハードな日もあったそうです。そこで腕を磨いて、'11年からはテレビ東京とニコ動で放送しているテレビ番組『ドリームクリエイター』の司会も務めるようになりました。
↑今年4月のニコニコ超会議にて開かれた“ニコニコ超パーティー”の2日目では、ゲストMCにロンドンブーツ1号2号の田村淳を迎えて、2人でイベントを進行した。
↑7月から7会場回った“ニコニコ町会議”では、5会場にMCとして参加。さらに“ニコニコフード”のブースにて、たこ焼きを焼いて無料で振る舞っていた。
この4年で、ネットの激流を出世魚のごとく身を変化してのし上ってきた百花繚乱さん。ほかにもユーザー生放送で有名になった人はいますが、ニコ生の初期から知っていて、運営とユーザーの両方の生放送を知っている人間というとかなり限られます。そんな撩乱さんが語るニコ生の魅力や歴史を、次週から掘り下げていきましょう。
■関連サイト
週刊アスキーチャンネル(ニコニコチャンネル)
■週刊アスキー 連載ページ『ネット早耳かわら版』
リニューアルしてパワーアップしたネット情報満載の連載ページ。SNSを使いこなすテクニックやウェブアプリやサービスの紹介、ソーシャルメディアの話題など、盛りだくさんの4ページでお届けしている。
■著者紹介-広田稔
ウェブサイト“ASCII.jp”でMacやネットサービスなどのネタを担当。初期からニコニコ動画を取材し、2007年には笛のお兄さんの「Fooさん」を取材(関連サイト)していたりして、有り体にいえば“ニコ厨”(ニコ動好きな人)、好きが高じて『ニコニコ動画めもりある ~ニコニコ大会議編~』という書籍を執筆。
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