↑↑2006年、WWDC06にて撮影。壇上に立つスティーブ・ジョブズCEO(当時)。 |
アップルファンから、「iPhone5がつまらない」、「iOS 6の地図機能には幻滅した」という話を耳にすることが多い。
うーん、そうかも知れない。
iPhone 5は2年ぶりのデザインリニューアルなのに、見たこともないような新機能を備えていない。事前のリーク情報でみた情報そのままだった、と言われれば、その通り。iOS6の地図については、ベータ版の段階から「本当にきちんとした出来になるのか」と心配されていたが、やはり、多くの人にとって満足にはほど遠い出来になってしまった。
でも、だ。
「彼がいれば、iPhone5はもっと面白くなった」、「彼だったら、iOS6の地図をあんな状態で世に出すことはなかった」、「彼なら、地図の出来が悪くても謝ったりはしなかった」と言うのは、違うと思うのだ。
スティーブ・ジョブズはすごい人だった。iPhoneが出来たのは、確かに彼のこだわりがあったがゆえだろう。しかし、「スティーブは間違わなかった」「スティーブは必ず成し遂げた」「スティーブは間違いを認めなかった」と思い込むことは、むしろ彼の本質をゆがめる。
アップル、そしてスティーブ・ジョブズはたくさんの失敗とともにある。その多くはすぐに忘れられてしまい、輝かしい成功ばかりが記憶される。音楽プレイヤーでも、その周辺機器でも、そしてネットサービスでも、アップルが思ったようにことが進まなかったことは数多い。ここ数年だけでも、広告サービスの『iAd』に、音楽SNSの『Ping』(2012年9月末で終了済み)、ここ数世代のiPod nanoなどは成功とは言えない。
ネットサービスに関して言うならば、2000年に『iTools』として提供が開始されて以降、『.Mac』→『MobileMe』→『iCloud』と世代を重ねてはいるものの、動作速度や安定性の面で、Googleやマイクロソフトに比べ見劣りするのは間違いない。電子書籍ストアであるiBook Storeだって、アメリカではAmazonにやられっぱなしで、大きな成功を収めることができていない。余談だが、日本ではAmazonやiBook Storeを過大評価する向きが多い。確かにすごいサービスなのだが、弱みだって失敗だってある。特にiBookStoreは、AmazonのKindleに比べれば革新性は小さい。
アップルにもスティーブ・ジョブズにも苦手なことはあった。見誤りもあった。失敗するし、色々と毀誉褒貶もあるけれどすごい人。そんな“完璧でない人”だからこそ、スティーブ・ジョブズという人は非凡な人だったと感じる。
それは、今回についても同じだ。
iOS6の地図の現状に関して、ティム・クックCEO自身が謝罪コメントを出した。ユーザーに大きな影響を与える事項については、トップが可能な限り素早く状況説明を行う。これが、スティーブ・ジョブズ晩年のスタイルであり、後継者であるティム・クックもそれに倣っている。
なぜなのか?
それはティム・クックが、スティーブ・ジョブズから受け継いだ“顧客と向き合うことが第一”という姿勢を貫こうとしているからだ。
ダメな地図サービスを出してしまったことは、顧客優先主義から離れている。それは責められてしかるべきだ。他方で、では“今後なにをするのか”、“今顧客になにをすべきか”の姿勢を示すことで、信頼を得る努力を見せ、顧客の心が離れることをできる限り防ぐことが、アップルがまずすべきこと、とされているのだろう。
スティーブ・ジョブズが、近年体調不良であったことはよく知られている。彼はそのことを意識していたのだろう。この数年、現在のエクゼクティブ・メンバーとともに、今後アップルを運営するためにどうするべきか、という施策をディスカッションする時間を長くとっていた、と言われる。アップルの現在の強みは、少品種の数千万台規模の量産を軸にした高品質なモノ作りだが、それもジョブズとエクゼクティブメンバーのディスカッションの中から、“持続的に良い製品を提供するにはどうすべきか”という命題を解決する方法として生み出されたものだ。
いかにアップルの強みが長く続けられるのか。晩年のジョブズが考えたのは、おそらくそれだったのだろう。そしてその方策は、現在大きく実を結んでいる。
■「いきなり製品の質が悪くなる、と考えるのはむしろ無理がある。」
↑WWDC06にてOSX Leopardのデモンストレーションをみせるスティーブ・ジョブズCEO(当時)。 |
ジョブズがいなくなって、いきなり製品の質が悪くなる、と考えるのはむしろ無理がある。製品は彼一人でできるものではなく、チームのものだ。チームが同じである以上、製品作りの方針はそうそう変わらない。もちろん、数年をかけて変質していくだろうが、変化があったとすれば、それはすでに数年前から始まっていたはずだ。
iPhone5に驚きはなかった、という人はいても、iPhone 5は出来が悪い、という人はほとんどいない。技術的な洗練度を考えると、iPhone5はとても良く出来ており、やはり、現状もっとも良くできたスマートフォンの一つであることに間違いはない。大量に生産しており、それだけに周辺機器でも莫大なビジネスが生まれている。
そうなると、今までのように情報を守るのは難しくなっていく。情報のリークが増えてくるのも無理はない。他方、iPhone5を目的に、販売店にできた行列の長さや予約の数では、これまでよりずっと多い実績を示している。iPhoneが好きでたまらない人だけでなく、「そろそろスマートフォンにしないといけない」と思っている人をも引きつけたのが、成功の理由だろう。
そういう意味では、ジョブズが敷いてくれたレールは、ここまでほぼ巧く行き、iPhone全盛の時代を作ることができた。この数年、ジョブズと彼のチームがやろうとしていたことは、ハードの面ではおおむね完成した、といっていいだろう。
だからこそ、そろそろ、スティーブ・ジョブズに「さよなら」を言って、ゆっくり眠らせてあげる時期が来た。成功も失敗もジョブズのせいだと思うのではなく、「新しいアップルのメンバー」の責任とする時代だ。
その最初の試練が『地図』であり、それをアップルがどう乗り越えていくかが、これからのアップルの行き先を決める、といえるだろう。
実は、ちょっと気になっていることがある。
それはiPhone5ではなく『iPod touch』だ。
発売はまだだが、iPhone 5と同時に発表された第5世代iPod touchは、久々のフルモデルチェンジとなった。ディスプレイの品質はiPhone 5と同じになり、デザインも大幅に変わって、iPhone5以上に大きな変化がもたらされた。カメラの機能も大幅に向上している。ハンズオンイベントで短時間触ってみたが、その感触は良好だ。
第五世代iPod touchには、iPhone5にないものがある。それが『iPod touch loop』と呼ばれるストラップだ。なぜこの製品にだけストラップが付いたのか? あるアップル関係者に尋ねると、こういう答えが返ってきた。
「カメラを強化したからね。iPod touchは、特に十代に人気がある。彼らにとっては最初に触れるアップル製品なんだ。しかも現在、それは『初めて使うカメラ』にもなっている。だからしっかり、カメラとして使えるようにしたい。カメラならストラップはいるよね」
むむむ。なるほど。
iPod touchは“廉価版”じゃなく、“マイ・ファースト・アップル”なのだ。今回のリニューアルでここに力を入れたのも、これからアップル製品を使い始める人々に、良いアップルファンになってもらいたいからなのだろう。
その成果はもちろん、“次”に出てくるすごい製品で効いてくる。第5世代iPod touchはそのために力を貯める製品なのかも知れない。
スティーブなきアップルの本質は、このあたりから計れてくるのではないだろうか。第5世代iPod touchの出来の良さからすると、そんなに悲観するものでもない、と期待したくなるのだけれど……。
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります