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東京カレー日記ii by 遠藤諭

ジョナサン・アイブ様、そんな殺生な! というあなたのための5年後のコンピュータ論

2012年05月24日 19時00分更新

そんな殺生な!
ジョナサン・アイブ様、そんな殺生な! というあなたのための5年後のコンピュータ論

 アップルのデザイナーであるジョナサン・アイブが英国の新聞『The Daily Telegraph』紙のインタビューに答えていた。iPadをはじめとする画期的な製品のデザインに関わってきたアップルのキーマンが、そのデザイン思想などについて語っていたのだが、ユーザーとして気になるのは次のフレーズだろう。

「いま取り組んでいる製品は、最も重要な、我々の過去最高の仕事になるよ。もちろん、その内容について言えないけどね」

 アップルの「過去最高」の製品って、一体なんなのだろうか? いつも最高の製品を作っているという話だとしても、ひょっとしたら、iPhone 5のことじゃないかもしれない。世の中は「iPhone 5の発売時期はいつ?」とか、「画面サイズは3.85インチだって?」とか、「リキッドメタルを本体に使うんですか?」とか、iPhone 5の噂ばかりじゃないですか(この私も含めて)。彼らは、いまそんな次元のものじゃないものを開発しているんだと、ジョナサン・アイブは言いたくてウズウズしていたのかもしれない。

 それは何か? 私は、ズバリ『Siri』の延長上にある人工知能っぽいものではないかと予測したい。なぜそんなふうに思うのかというと、それは、ここ2、3日のデジタル関連のニュースをミキサーに投げ込んで“ゴゴゴゴッ”とやってみるだけでも見えてくる。ということで、材料としては次のようなものだ。

1.IBMがSiriを自社のネットワークから遮断(The Next Web=2012年5月23日)
2.GoogleのCEOラリー・ペイジがARメガネを装着してイベントに登壇(WIRED=2012年5月22日)
3.MicrosoftのKinectが人の表情の読み取り機能を強化(PC Advisor=2012年5月22日)
4.FacebookのCEOザッカバーグが結婚、会社も株式公開(多くのメディア=2012年5月20日前後)

 1個目のIBMの話は、Siriを使うと情報がアップルのサーバーに保存されるのが好ましくないというお話である。10年ほど前、米国家安全保証局(NSA)が、同施設内にファービーの持ち込みを禁止した話を連想させる。ファービーは、ご存知のとおり人間と会話して成長していくオモチャだが、人間が喋った内容を覚えていることはなかった。それに対して、Siriは、「サービス向上のために」、なんらかの情報をサーバーに記憶しておくことはありそうだ。

 2個目のARメガネというのは、“Project Glass”というAR(拡張現実)用のメガネで、スマートフォンやPCの画面のかわりに、必要な情報が視界に表示されるしくみである。まさに、電脳コイルの世界をめざしているといってもよい。ラリー・ペイジは、英国で行われた“Google Zeitgeist”という 重要なパートナー企業の経営者だけを集めたイベントでそれを付けて登場したらしい。

 3つ目は、ご存知マイクロソフトのゲーム機『Xbox 360』やPCなどでも使えるようになってきているジェスチャーによるコントローラ『Kinect』(キネクト)のお話だ。開発キットがバージョンアップして、人が喜んでいるのか、悲しんでいるのか、ゲーム機の電源を切りたいと思っているのかなんてのを読み取れるんですかね(ホント?)。

 4個目は、いまさら説明はいらないかもしれない。いまや9億人という会員数を抱えるFacebookのCEOマーク・ザッカーバーグが大学時代からつきあってきたアジア系の女性と結婚、会社も調達価格160億ドル以上という過去最大級の株式公開をはたした。しかし、ニュースで伝えられているように、その後、株価は急落。上場3日現在のいまも続落している。

 ここに入れなかったニュースとしては、「故スティーブ・ジョブズ氏の夢は“乗用車”をデザインすることだった」なんて話もあった(The Fast Company=2012年5月16日)。しかし、たぶんアップルの「過去最高」の製品はクルマではないと思うのだ(まったくありえないわけではないが)。上記のニュースを“ゴゴゴゴッ”とミキサーにかけた結果は、やはりSiriをさらに進化させた、あなたのために、賢く、献身的に、そしてよきパートナーとして一緒に過ごしてくれるエージェントだと思うのだ(またはその価値を最大化させる新しいデバイスである可能性が高い)。

 iPhone、iPadというものが出来て、電子デバイスが“紙”を凌駕するようになってきた。要するに、アップルも、グーグルも、マイクロソフトも、「スマートフォンとかタブレットの答えは出たから次だよ」と言い出しているのではないかということだ。先週、NTTドコモの2012年夏の新製品・新サービス発表会の公式動画に出させてもらったのだが、その場で驚いたのは19機種のほとんどすべて『らくらくホン』までがスマートフォンなのだ。これって、コモディティもはなはだしいってものだろう。

 話はもう「タッチインターフェイス」や「ネットとコンピュータの融合」や「クラウドコンピューティング」や「ソーシャルメディア」じゃない(もちろん関係はしているしその上で動くのかもしれないが)。それらにとってかわるのは、「エージェント」や「音声認識」や「表情の認識」、「ジェスチャー」、「ウェアラブル」、それから「AR」というあたりにある。

 Facebookの株価急落は、投資家たちも「そろそろ次の夢を追いたいよね」と感じはじめているのかもしれない(他人の人生最高にハッピーな日にケチをつけるつもりはないのだが)。エージェントの時代になると、いよいよドットコムから卒業して、実世界との関係も深くなるというのもある。

ジョナサン・アイブ様、そんな殺生な! というあなたのための5年後のコンピュータ論

 「アップルはそんなことは考えていない」という意見が本当は正しいのかもしれない。アップルの特許出願や買収企業にとくにこの傾向の企業が多いというのでもなさそうだ。J・Pモルガンのアナリストは、一般に2013年に登場するといわれてるアップルのTVの発売は2014年になると見ているそうだ(ZDnet=2012年5月3日)。テレビなんかよりも、アップルがいま急いでいるのは、iPhoneをサイフやお金と機能させる“iPay”だという。それから、アップル自身が通信事業者になる“iCarrier”である。

 米国の通信業界アナリストによれば、アップルはiPhoneという端末を売っただけでなくユーザーとつながっている。これはもはや通信事業者と同じようなものだというのだ(2億5000万人のクレジットカード番号を持っている)。アップルが、通信事業者になると何がよいのか? 実は、私もアップルがそんな役割まで果たすようになるんじゃないかと去年の9月に書いていた(東京カレー日記 2011年9月28日「iPhone5とCommunicator」)。iPhoneを買ったらそのままユーザーはローミングを意識することなく世界中で使えてしまう。

 こうなると、結局、iPhone 5が飛躍的に進化して「過去最高」の仕上がりになるという現実的な話になってしまってつまらない。個人的には、断固、Siriのようなエージェントなのだ。彼女(フランスと英国だけは男性なので彼)が、本当に生き物のように進化していくような自律して活動するエージェントになったら凄いと思う。もはや、自分の分身で“iYou”とでもいうべきものになるのかもしれない。

 そうしたエージェントとのやりとりのために、音声認識や表情の認識や、ARメガネというのは必要なのだ。それは、ちょっとした霊界通信(バーチャル世界とのインターフェイス)のような感じのものになってくるはずだ。たぶん、iPhone 5というものが「重要で過去最高の製品」だとしても(あるいは違っても)、アップルTVがその次に出たとしても、その先にあるのは、コンピュータ業界共通の暗黙の目標である(危険な目標という意見もある)そんな世界に続いている。

【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
アスキー総合研究所所長。同研究所の「メディア&コンテンツサーベイ」の2012年版の販売を開始。その調査結果をもとに書いた「戦後最大のメディアの椅子取りゲームが始まっている」が業界で話題になっている。2012年4月よりTOKYO MXの「チェックタイム」(朝7:00~8:00)で「東京ITニュース」のコメンテータをつとめている。
■関連サイト
・Twitter:@hortense667
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