テンキー入力に慣れてしまって、母音を上下左右に振り分けた“フリック入力”はまだちょっと……という方いませんか? 僕はそうです。どうせこれからフリック入力を覚えるなら、もっと楽しく学びたい。そんな人にオススメしたいのがAndroidアプリ“スマート点字”です。
このスマート点字を取材するにあたり、お邪魔したのは『第32回出版UD研究会』。この日のテーマは『視覚障害者も使えるスマートフォン・読書端末をめざして』でした。発案者である長谷川貞夫さんとアプリ開発者である武藤繁夫さんにお話をうかがってきました。
長谷川貞夫さん |
社会福祉法人桜雲会・体表点字研究プロジェクト代表、日本Androidの会福祉部。元・盲学校の教師。 |
武藤繁夫さん |
“スマート点字”の開発者。セパン24時間耐久レースでも使われたGPSでラップタイムを刻む“Laproid”も開発。 |
スマート点字は、スマホで点字を入力するアプリ。点字は横2点、縦3点の合計6点で1文字を構成しています。これを説明しやすくするために、2点ずつ、上段、中段、下段と3段に分けて考えます。たとえば“あ行”なら、
“あ”は上段左の1点、
●〇
〇〇
〇〇
“い”は上段左と中段左の2点、
●〇
●〇
〇〇
“う”は上段の2点、
●●
〇〇
〇〇
“え”は上段2点と中段左の1点、
●●
●〇
〇〇
“お”は上段右1点と中段左1点、
〇●
●〇
〇〇
と書きます。ここまで下段2点と中段の右1点はまったく使われてません。これはどういうことかというと、実は“か行”以降の子音で使うために空けているのです。では、か行はどうなっているか。
“か”は
●〇
〇〇
〇▲
“き”は
●〇
●〇
〇▲
“く”は
●●
〇〇
〇▲
“け”は
●●
●〇
〇▲
“こ”は
〇●
●〇
〇▲
という感じで、母音とは別に下段右の▲が“か行”であることを表わす子音部になっています。このような感じで“ら行”まで中段右1点と下段2点の組み合わせを変えて規則的に並んでいます。例外は“わ行”と“ん”。
“わ”なら下段左1点のみ。
〇〇
〇〇
●〇
“ゐ”なら中段の左と下段の左1点ずつ、
〇〇
●〇
●〇
“ゑ”なら中段2点と下段左1点、
〇〇
●●
●〇
“を”なら中段右1点と下段左1点、
〇〇
〇●
●〇
“ん”なら中段右1点と下段2点、
〇〇
〇●
●●
となります。ほかにも促音(小さい“っ”)や長音(音引き“ー”)や句読点などの例外もありますが、上・中・下段2点ずつの6点点字は、基本的には頭に母音と子音の形さえ浮かべば、誰でもすぐに入力できるような構造になっています。暗号みたいで男の子心をくすぐられませんか? ちなみに、“め”は、
●●
●●
●●
と、6点すべてを使います。これは漢字の“目”からきているとのことで、日本語用の点字をつくった人がこの6点を基準に50音を割り振っていったといわれています。洒落てますよね? と長谷川さんは語りました。こういうお話、グッときます。
そもそも6点点字の起こりは1825年、フランスのルイ・ブライユさんという人が、軍人が使う12点式の夜間命令用暗号を改良して、アルファベット用の6点点字を開発したのが始まりです。あながち、暗号に似ているという解釈も間違いではないということですね。
話を本題、スマート点字に戻しましょう。このスマート点字もやはり考え方は上・中・下段に分けて入力を行ないます。上段から順にフリックとタップで点のあるなしを入力してやるわけです。たとえば、“あ”を入力する場合は上段左1点のみなので、左にフリックして中段と下段はタップで流します。
●〇(左にフリック)
〇〇(タップで次の段へ)
〇〇(タップで次の文字へ)
“い”なら上段と中段の左1点ずつなので、まずは上段で左にフリック、中段でも左にフリック、下段ではタップ。
●〇(左にフリック)
●〇(左にフリック)
〇〇(タップで次の文字へ)
続いて“う”は上段2点。上段で下にフリックします。
●●(下にフリック)
〇〇(タップで次の段へ)
〇〇(タップで次の文字へ)
ちなみに右の1点だけ入力したい場合は、右フリックをします。このように左フリック、右フリック、下フリック、タップだけで2点のあるなしを入力できる仕組みです。
実用的でおもしろかったのは、3回タップすると点がどこにもない状態、マス空け(全角アキ)となり、縦に指をごしごしすると最後に入力した1文字を消す、バックスペースになるところ。
上・中・下段で都合3回のフリック操作で1文字を入力するのは普通のフリック入力よりも操作回数が多いのですが、フリック入力画面は広く、テンキー表示のように指先をボタンに合わせる必要がないため、慣れればポケットのなかでも入力できるようになるのが良い点です。
稚拙な想像で申し訳ないのですが、たとえば銀行強盗に襲われたとき、ポケットのなかで強盗に悟られずに中の様子をツイートやメールで外部に発信することができるってことですよ。たまらず長谷川さんにこんな使い方はどうですか? と聞いたら、「ああ~、いいですねぇ」と笑顔で感心してくださり、なんだか先生に褒められた学生さんのような気分になりました。(なにかほかの良い例がなかったのかオレ!)
長谷川さんいわく、視覚障害者は常にタッチパネルと戦ってきたとのこと。大きなところでは鉄道券売機のタッチパネル化(のちにテンキーも採用)、金融機関のATM(テンキー付きハンドセットで対応)、そして今年のスマホブーム。
しかし、このアプリがあればスマホのようにタッチパネル機が大半を占めても、点字さえ覚えれば入力が簡単にできるようになります。入力後は、合成音声による読み上げも行なってくれます。つまり、視覚障害をもっていても自由にスマホが選べるということです。
長谷川さんは週刊アスキーの強烈なファンで、毎週欠かさず介助の方に端から端まで読み聞かせてもらってるとのこと。77歳で全盲と、ご高齢で視覚障害を持ちながら『Galaxy S II LTE』にしようか『GALAXY NEXUS』にどちらにしようか? などスマホマニア、ジャイアン鈴木ばりの悩み方をしてるのかなと考えたら胸が熱くなりました。
長谷川さんと武藤さんの目指すゴールは、視覚障害者だけに便利なアプリではないといいます。
発案者の武藤さんはいままではひとりでつくってきたが、さらなる改良と普及のためには時間もお金も人手も必要という思いを吐露。ゆえにスマート点字は視覚障害者のためだけではなく、もっと広い層にも使ってもらい、さまざまな人が利益や利便性を得られるようなサイクルにしなくてはいけないとおっしゃってました。
研究会の後半、長谷川さんは武藤さんに、「この調子でぜひiOS版やWindows Phone版も」とおっしゃったところ、武藤さんが、「僕ひとりでは大変ですよ~」と苦笑いし、会場でどっと笑いが起きるという場面も。いや、実際ひとりでつくるのは想像できないぐらい大変なはず。
しかし、来場者からは、普及のために各国版を出しみるのはどうですか? という提案が飛び出したところ、実はもう英語版はつくってしまったと披露。たとえば“f”と“r”と続くと“Friend”という意味になる“縮字”もきっちりプログラミングされており、武藤さんのものづくりへの情熱を垣間見えました。
というわけで、スマート点字、興味がある方は無料なので、ぜひAndroidマーケットからダウンロードして試してみてください。
●関連サイト
長谷川貞夫さんのブログ
スマート点字
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