初音ミクの誕生からはや4年。登場当初の熱狂的なブームこそ落ち着いた印象だが、現在でもネット上で“天使のミクさん”と呼ばれ、ボーカロイドとしてだけでなく、ゲームやライブ、米国でのトヨタCMへの出演など活動の場は広がり続け、ますますその存在感は増している。
10月22日と23日の2日間に渡って町田市立国際版画美術館で行なわれた「『初音ミク』現象に見るソーシャル・メディアの未来」というイベントでは、こうした初音ミクを巡る状況についてパネルディスカッションを開催。初日の22日は、初音ミクの開発者であるクリプトンの佐々木渉氏、マンガ研究者として知られる伊藤剛氏、そして週刊アスキー総編集長の福岡俊弘の3名が「創造的空間としてのソーシャル・メディア」と題してトークを展開した。
■ツールとしての初音ミク
ディスカッションでは、初音ミクのさまざまな側面に言及がなされたが、まず指摘されたのは最初期からの初音ミクの立ち上がりについて。
現在のボカロシーンではオリジナル曲が中心になっており、初音ミク登場から1ヵ月を待たず『恋スルVOC@LOID』といった100万再生動画がニコニコ動画にアップされているように、早い段階からオリジナル楽曲カルチャーが芽生えている。しかし、一方で特に最初期は既存楽曲を歌わせる動画がコミュニティーを賑わせた時期でもあった。
「初音ミク(はちゅねみく)=ネギ」という図式を確立した「VOCALOID2 初音ミクに『Ievan Polkka』を歌わせてみた」は2007年9月4日に登場。 |
こうした最初期の初音ミク動画は、いずれも既存の楽曲をベースにしたもの。しかし、一方で初音ミクに歌わせることで「新しいジャンルになっている」と福岡は指摘。ユーザーが「初音ミクをとおして(既存の楽曲を)再編集している」という側面が浮き彫りにされた。
こうした楽曲やイメージが単なる“二次創作”ではなく、初音ミクというイメージに回収され、すべてが“正しい初音ミク”になっていく。これが初音ミクの本質ではないかと福岡は語る。 |
■“中の人”不在で形成された“初音ミク”
一方で、“天使のミクさん”という呼称が示すように、初音ミクはソフト名であると同時に、現在ではキャラクター名としても機能しており、ある種の“人格のようなもの”がユーザーによって共有されている。
しかし、キャラクターとしての初音ミクにはそもそも年齢や身長、体重といったわずかな公式設定しか存在していなかった。現在共有されている初音ミクのイメージの多くは、ニコニコ動画のようなソーシャルメディア、ユーザーコミュニティーによって形成されたものだ。
こうしたユーザーによるキャラクター形成が“義経伝説”と類似していると福岡は指摘。「源義経が史実に出てくるのは30歳ごろから。わずかな情報からいろいろな人がイマジネーションをかき立てて、(牛若丸のエピソードなどの)義経像を作り上げていった。ユーザーによる再編集でキャラクターがひとり歩きしていくのは『初音ミク』に似ている」(福岡)。
これに対し伊藤氏は、「キャラクターというのは通常、物語テキストから生まれるが、初音ミクではコミュニティーの人々が『こうしたほうがおもしろくない?』という感じで積み上げられていった」という特殊性を指摘。さらにはそうしたユーザー設定が物語的な想像力に反映されるという、通常とは逆のパターンが初音ミク現象では起こっていることを語った。
マンガ評論家の伊藤剛氏 |
こうしたキャラクターの立ち上がりが成功した背景を、伊藤氏は千葉県のマスコットキャラ『チーバくん』のような“ゆるキャラ”と比較しながら検証。
ゆるキャラは一般的に公式のキャラクター設定があり、Twitterなどのソーシャルメディアでつぶやきを行なうことも多い。チーバくんも当初、Twitterでユーザーにリプライを返すなど積極的に発言を行なっていた。そのなかでキャラクターの設定部分に関わる発言もなされたのだが、チーバくんの場合、そうした発言が公式設定に反映されることはなかった。
伊藤氏は、これを「チーバくんには(ファン)コミュニティーがなかったためである」と分析。ユーザーコミュニティーの存在が初音ミクがキャラクターとして成長するバックボーンになっていたことを指摘した。
また、チーバくんがその後“中の人”がいなくなり、単なるBotになっていったように、ゆるキャラは最終的に単なる広報ツールになっていくことも多い。これに対し、初音ミクは声と図像(姿)をもちながら、一貫して“中の人”が存在しないまま成長を続けている。こうした条件が初音ミクというキャラクターの成長に関わっているのではないかと述べている。
■平面化するコンテンツとソーシャルメディアの未来
ソーシャルメディアを通じて成長を続けてきた“初音ミク”は、今後どうなっていくのか。これについて開発者として関わり続けてきた佐々木氏は、現在のネットコミュニティーの状況を分析しながら語ってくれた。
初音ミクの生みの親として知られる佐々木渉氏 |
佐々木氏はこの4年間で初音ミクの意味が変わってきたことを指摘する。登場当初はオリジナル楽曲もあったが、冒頭で福岡が挙げたような実験的な作品がムーブメントの中心を担ってきた。しかし、やがて「ボカロ自体のインパクト、新鮮さが消費され、この1~2年はオリジナル楽曲を中心とした自己表現のツールという側面が強くなっている」と佐々木氏は語る。
こうした中で、初音ミクのイメージやキャラクター性も変化している。「(過去の「初音ミク」作品を)掘り下げて調べることもできるが、情報は拡散されており、盛り上がるスピードも速いが、沈静化するスピードも速いというタイプのコンテンツもある」(佐々木氏)というように、“弱音ハク”のような派生キャラクター文化など、ムーブメントの一翼を担いながら、現在ではすでに沈静化しているものもボカロの文化にはある。佐々木氏は「“初音ミク”も(単に)コンテンツが追加されて形状が変わっていくというよりは、過去のものが忘れられ抜け落ちていきながら、イメージを変えていくのではないか」と語る。
一方で“初音ミク”現象を支えてきたソーシャルメディアにおける時間軸のあり方にも言及。「1年前の動画も2年前の動画も累計再生数という形で並べられるようになっている。『○○年に何回(再生)』というより、『累計で何回』という形にインターネットをはじめ、世の中全体がシフトしているのではないか」と歴史が平面化していく傾向にあることを語った。
そうした中では、コンテンツは“イス取りゲーム”化しているのではないかと佐々木氏は続ける。「同じ技法だと(過去の作品と)『似ている』と指摘されてしまう。常に新しいものが求められる状況になり、(コンテンツが)先鋭化しているのではないか」というのが佐々木氏の現在のインプレッションだ。
佐々木氏はこうした側面を「システムがそういうふうになっているので、なかなかどうにもならない」としつつ、「今後は作家さん単位で累計が見えたりなど、視覚的に見えるようになってくるのでは。現在は過渡期ではないかと思っている」として、ソーシャルメディアにおける初音ミク現象の展望を語った。
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