『初音ミク 4周年記念 未来の音楽夜話』
第一夜 2007年の夏:グラウンドゼロを振り返る
初音ミクが発売されて、ちょうど4周年が過ぎました。それを記念してツイッターで作られた「#初音ミクに出会ったきっかけ」というタグが、感動的すぎて、昨日は本当に感慨深かったです。ツイートの数だけ、ミクとのステキな出会いが綴られていて、ツイートした誰もに、その人だけのミク以前/以後があると思うと……(´;ω;`)ぶわっ
初音ミクと出会い、音楽とのつき合い方、音楽の作り方、さらには、生き方を変えた人もいると思います。また、筆者、鮎川ぱては、ミクの登場は、音楽自体の可能性を大きく押し広げるものだと考え、その動向を追っている音楽ライター/編集者です。
今夜から5年目に突入した、ミクから始まったムーヴメントが私たちにくれたもの、ミクが音楽にくれたもの。それらを、丁寧に考えていこうというのがこの連載です。どうぞよろしくお願いいたします!
まず、第1回目の今夜は、2007年の夏の終わりーー世界が彼女に出会ったころのことをレポートしたいと思います。子どもができて、嬉しくてたまらなくて、ビデオカメラを買って、なんでもかんでも撮っちゃう。そんな、世界中の親御さんたちがすることと同じことが、実際にニコニコ動画で起こりました。その記録を、動画で振り返っていきましょう。
歌声の音声合成が、初音ミクが、生まれてきたときの喜びを、きっと追体験できるはずです……。
(c)Crypton Future Media,Inc. |
“奇跡のボーカロイド”初音ミクリリース☆
人の歌声をシミュレートする音声合成技術。それ自体は初音ミクより以前からありました(ボカロファンならよくご存知の、MEIKO、KAITOをはじめ、ドイツ製の『CANTOR』など)。しかし、それらの知名度は一般に高いとは言えませんでした。2007年の夏、ニコニコ動画が、ジワジワとネット民の間で話題の種になり、ブレイクの兆しをみせる最中に、初音ミクは世に解き放たれました。最初、DTMユーザーからの注目が多かった彼女は、ほどなく動画共有サイトを通して、新しいものへの感度が高いネットカルチャーファンに紹介されていきます。
まず、初音ミクで、注目されたのは機械的だけれども可愛らしい独特の歌声でした。「なんか、バーチャルアイドルって触れ込みで、歌うソフトが出たらしいぞ」。そんな噂を聞いた、多くのDTMユーザーたちは、その真偽を確かめるべく、クリプトン・フューチャー・メディアのサイトにある下記のデモソングに辿り着くことになります。
初音ミク公式デモソング『星のかけら』
↑DTMライターとしても活躍する平沢栄治氏による、初音ミクのデモソングにして、初音ミクが歌った最初の1曲。なにか、こう、遠くを見つめているような、祈っているような初音ミクのバラードは「なんでも歌わせることのできるソフト」としての自由さより、“人ならざるもの=初音ミク”の儚げな存在感を、想わせてくれる…。
「まるで人間のように歌っているかどうか」はともかく、日本語の発音がハッキリ聞き取れる歌声と、可愛らしい声は、一部のDTMユーザーに衝撃を与えるには十分でした。
こうなってくると、気になるのは、VOCALOID 2エンジンの技術的水準です。「もしかして、歌手(声優)の声をがっつり再現しているのではなかろうか?」、「んじゃ、やりようによっては釘宮理恵の声や、美空ひばりの声も再現できんじゃない?」など、さまざまな憶測が飛び交うのも無理ないでしょう。
このような理由から、技術水準の検証動画には、多くの新しもの好きが注目しました。「この新技術、なんぼのもんじゃい」ってやつですね。
まずは、初音ミクに声を提供した声優、藤田咲さんのキャラクターソングに白羽の矢が当たりました。『水平線の彼方で』という楽曲で、本人の歌唱とVOCALOID 2の合成音声を比較した動画が話題になります。
藤田咲(初音ミクの中の人)&VOCALOID『初音ミク』 比較
↑“混ぜるな自然”タグが、ほとんどすべてを物語っています。声質の違いは明らかなものの、音楽ソフトとしての完成度の高さを感じさせるこの比較は、ミクのポテンシャルを示すとともに、多くの人を興奮させます。(声優ファンは、声優的な表現のトレースではないのが分かり安心した方も多かったかも知れませんね)
次は、VOCALOID 1エンジンによるボーカロイド『MEIKO』との比較動画(ちなみにMEIKOは、ミク以前のニコニコ動画では、知る人ぞ知る実力派バーチャルシンガーでした)。タイトルの通り、この時点ですでに“姉妹”設定などが妄想されている、という意味でも感慨深いですね……。
姉妹で仲良く『創聖のアクエリオン』 feat.初音ミク&MEIKO (○×) Rev.2
↑MEIKOの歌声と楽曲の相性はばっちり。「MEIKO姉さんの歌唱力、スゲー」と、先輩の実力を見せつけるとともに、「ミクの声が、やっぱり可愛い~」という認識を広げることにもなりました。ちなみに時折、幻聴のように聞こえてくる、僧侶の歌声は、当時のニコニコ動画で流行っていたホーミーの音声合成ソフトによるもの。
3つ目は、PS2の歌唱合成ゲーム『くまうた』を用いる有名師匠(ボカロで言うところのP)、サブ北島氏によるこちら。動画内で音声が比較されているわけではありませんが、単なる音楽ソフトに留まらない存在としての可能性の大きさに、最初期に畏怖していたのはこのクマさんでした。動物的カン、というやつでしょうか。
くまうた(31) 『我は萌えに屈せず』 唄:白熊カオス
↑音声合成ならではの低音ロボボイスと、シロクマという非人間キャラ設定による“白熊カオス”の歌声。そして”演歌×ネット用語”の織りなす哀愁たっぷりの詩の世界……。ミク誕生以前に、こういった音声合成の可能性を再発見していた、初期ニコ厨さんたちの”センスの良さ/嗅覚の鋭さ”が、初音ミクのブレイクに寄与していたのは間違いないと思います。
同曲の歌詞にはこうあります。〈娘よよく聞け そこは私が/四年も前に 通った道だ〉クマの4年目にして、ミク登場からわずか4日目の嫉妬。ちなみにこの動画シリーズは、ニコニコ最初期における良心としてファンに愛されていました。そうして、初音ミクはシロクマ(過去の歌声合成)に見送られながら、大いなる音楽的可能性の道を爆進していきます……。
来ない?来た?騒動はなつかしのゲーム音楽に乗って
ミクの登場は、ニコニコ動画をはじめさまざまなニュースサイトで報じられ、当初予想された以上の注目が集まったためでしょうか。クリプトン社が、初回1000本制作した(たったの!)という製品在庫はあっという間に売り切れゴメンとなり、“初音ミク入手困難”の状態は2ヶ月近く続くことになります。
当然、欲しいけれど手に入らない人も続出。Amazonで事前予約したにもかかわらず、なかなかミクが届かない人も出てしまいました。その代表が、ワンカップP氏でしょう。
初音ミクが来ないのでスネています
↑MEIKOの声質とゲーム音楽らしい自由なメロディがベストマッチ!これ以上の説明はいらないでしょう。電子音楽はいつの世も最高ですね!!
ミク発売日の2007年8月31日は金曜日。動画コメントの通り「週末のラッシュに乗り損ねた」ワンカップPが、MEIKOを使ってその心中を表現。この動画は、ボカロ動画制作者を“○○P”と呼ぶ慣習の起源とも言われています。最初に○○Pと言われたのがワンカップPというわけです。この動画の“全てはここから始まった”タグの説得力は、ちょっとほかの比じゃないですね……。
それにしても、ずいぶん届かなかったみたいで…。お次は、MEIKOの酒好き神話の起源です。
初音ミクがやってこない愛のテーマ
↑懐かしのMDXのサウンド(!)と、伸びやかなMEIKOの声が、非常に心地良く響く癒し系ソング。…と、思いきや、突然カットインする音声合成のニュース(笑)。この後も、ワンカップPのユーモアと、哀愁深いサウンドは多くの人(とくに叔父様方)を虜にし、いまなお根強い人気を誇ります。
そしてついに! 9月11日は、ワンカップPの“百年の孤独”が最初に終わりを告げた日となりました。や、“孤独”ではないですね。「一連のもののおかげでかなりメイコ上手になった」とはワンカップPによる動画コメ。視聴前に、ハンカチのご用意を。
初音ミクがやってこない迷宮組曲
↑ハドソンの名作ゲーム『迷宮組曲』のメロディを高らかに歌い上げるMEIKOに、導かれるように歌いだす(やっと届いた)初音ミク。そして一連の騒動のオチは「頭悪い歌を歌っていこう~♪」というワPの宣言で集結する…。
これらへのアンサー動画も大流行。『グラディウス』の万能感溢れるサウンドに乗せて「ワンカップなんていらない」と歌うミクの歌声は、ワンカップPをどれほど逆撫でしたでしょうか。
初音ミクが届いたのでうかれているみたいです
↑シューティングゲームの傑作『グラディウス』にノって歌う自由奔放なミクの歌声。細かい小技(効果音を擬音で再現)も効いていて、「初音ミクおもろいな~」と皆を感心させたことは想像に難くありません。
運命とはかくも残酷なり。前日に予約しながら当日朝にミクが届いた前日予約Pのご機嫌なゲームサウンド+初音ミクの陽気な歌声。
初音ミクが来たのでスネていません
↑バルーンファイトを歌わせるのはイイ、グッジョブ。ただ、初音ミクを買ってきて「卑猥な言葉ばかり歌わせていたよ~」とか、皆が、やっていても言わなかったのに、この人は言ってしまったわけで…。未来永劫につきまとうであろう美少女型アンドロイド(ソフトウェア)の悲しきサーガ、ここにあり。
この動画を巡って、後日、ファンはふたつのサプライズを受け取ることになります。前日予約Pの正体がOtomania氏だったなんて。そして、あの『Ievan Polkka』アップのたった18時間前に、余裕ぶっこいてこんな動画アップしてたなんて!
歌っちゃうんだからね、センスいいものならなんでも!
ただ歌うのではなく、なにを、どう歌うか。”皆にとって好ましいミク”を演出するセンス競争は、誕生と同時に始まっていました。上記は、ニコニコ動画の替え歌カルチャーをしっかり引き継いでいることがわかりますが、以下の動画も、“ミクが歌う”からこその魅力でいっぱいです。これら、日常的なメロディを初音ミクに歌わせてみた実験的かつ秀逸な作品は、どれもミク発売から10日以内に公開されています。
初音ミクがJRの発車音楽を歌ってみました
↑よく知っているメロディを、(人間ではない)ミクが歌うからこそ感じる、気恥ずかしさや、心地良い違和感。その新しい発見が同居した、ある種の現代音楽的な逸品!
初音ミクがヨ○バシカメラの歌を歌いました
↑ネット民が大好きな、PCや電子機器。その象徴ともいえる大手家電量販店の超有名テーマソングを、あっけらかんと歌いあげる初音ミクに、親近感を抱いたギークが続出したとかしないとか。初音ミクのコミカルなメロディへの適応能力を示し、のちのオリジナル楽曲の可能性への、初期における布石とも思えるカバー曲。
と、まあ、ここまでは、リリースから数日間のうちに起こった出来事。初音ミクと遭遇したクリエイターたちの記録です。
この辺りの動向を振り返ると、ちょっと、いきなりかしこまった言い方になっちゃうかもですが……“歌う”という行為を、人類は、ずいぶんと長いあいだ“私有”してきたことについて考えさせられます。
“歌う”ことがこうして人間以外にも解放されたとき、ひとつには、物理的な意味で、人間には到達できない機械ならではの歌唱(たとえば『初音ミクの暴走』の高速歌唱など)のような表現が新たに開けました。
もう一方には、“ボカロが歌う”ということの意味合いを直感的にとらえた作家たちのユーモラスなセンスの輝きがありました。上記カバー曲の時点で、作家(作品)とファン(コメント)の間で検証され、確立された”楽しみ方”は、その後の初音ミクの可能性の広がりをすでに約束していたように思うんですね。
いま振り返ると、このころの動向に、重要性と敬意、じんわりとした感動を感じざる終えません。
次の夜は、ミクに”ネギ”という象徴をぶち込んだ伝説のカバー曲、『Ievan Polkka』を特集するところからスタートです。お楽しみに!!
筆者:鮎川ぱて(あゆかわ・ぱて)
音楽ライター/フリー編集者/底辺ボカロP。ひと言で言うと、『ポップ・ザ・初音ミク☆』(8月5日、宝島社より発売)の中の人。ボカロカルチャーがいかに次世代の作家たちを育てるかに注目中。ミク廃兼レン廃。
ツイッター:@ayupate
ムック+CD『ポップ・ザ・初音ミク☆』(宝島社)8月5日発売
「ボカロ入門編かつマニア御用達」というクオリティを実現した濃度で大評判! CDには、「消失」「ぽっぴっぽー」「メランコリック」ほか超人気ボカロオリジナル8曲+B’z、浜崎あゆみ、相対性理論などのボカロ・カヴァーを6曲、全14曲収録。ムックには、あの小室哲哉と4人の若手人気P座談会、総力レヴュー&データベースなど。ボカロてんこもりの1冊です!
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