テレワークといえば政府主導の働き方改革でも盛んに取り上げられているが、話題の中心は通勤混雑の緩和だったり、東京オリンピックに向けた都心の渋滞緩和だったりする。サテライトオフィスやワーケーションなど「自由な場所で」と言いつつ、「都心のオフィスに出社しない働き方」という暗黙の背景が透けて見える。では逆に、都心から離れた場所で働く人々にとってテレワークとはどのようなものなのか。そもそも本来テレワークで実現できることとは何なのか。東京から約300キロ離れた静岡県浜松市で開催された「テレワークデイズ浜松2019」の冒頭を飾ったパネルディスカッションのレポートを通じて考えてみたい。
各分野のプロがテレワークの可能性について語り合った
パネルディスカッションのテーマは、「テレワークから始まる近未来 ワークスタイル×MaaS×地域活性を語る!」というもの。ファシリテーターとしてディスカッションをリードしたのは、あまねキャリア工房の代表、沢渡 あまねさん。「職場の問題地図」や「仕事ごっこ」などの著書を通して現代の働き方について提言し続けている、いわば働き方改革のプロだ。もっとも、沢渡さん自身は「働き方改革」という言葉は好きではないとのこと。政府が主導する働き方改革が在宅ワークやテレワークなど、働く場所にあまりにもフォーカスしており、本質的ではないと考えているからだという。「どこで」働くかよりも、「どのように」働くかを重視したいという姿勢が随所に伺える。
そんな沢渡さんと並んだのは、MaaS(Mobility as a Service)の専門家であるローランド・ベルガーの貝瀬 斉さん、セキュリティの専門家としてラックの原子 拓さん、そして地元のヤマハから音の専門家である平野 尚志さんだ。
パネルでのキーメッセージは2つ。「テレワークは出社できない人の単なる非常手段ではない」と「新たな価値を生み出すテレワークを立体的に話そう」だ。沢渡さんは、まずテレワークを2ステップに分けて語り始める。現行の業務をテレワークでもできるようにし、テレワークをきっかけに業務のスリム化や不要な業務を廃止する。そして、業務のスリム化により生まれた余剰リソースを使って新たな付加価値を創造する。これがファーストステップのいわば「テレワーク1.0」だ。現在の働き方の延長線上にあり、自社だけで取り組める課題だ。そこからさらに飛躍するために、沢渡さんは「テレワーク2.0」を提唱する。
「働き方改革の本質は、自分たちの『勝ちパターン』を実現することにあります。問題は、勝ちパターンは不変ではないということ。一度見つけた勝ちパターンを死守していると、時代や環境の変化に伴って、悪気なく『負けパターン』に陥ります。そうならないための手法が、テレワーク2.0です」(沢渡さん)
新しいことにチャレンジするためにはリスクを負わなければならない。しかし今の時代、ITを取り入れるのは当たり前になっており、古い手法で戦い続ければビジネスのスピードで競合他社に負けてしまう。チャレンジしないこともまた、リスクとなるのだ。
さらに、テレワーク1.0のように自社だけで課題を抱え込んでいてはダメだと沢渡さんは言う。例として引いたのはトヨタとスズキの資本提携だ。あれだけの規模の企業で多くの優秀な人材を抱えていても、自社だけで勝ちパターンを実現しにくい時代になっていることの表れだと、沢渡さんは分析する。これは企業単位ではなく、地方都市単独で、もしくは東京単独で課題解決をすることが難しいことを示しているという。今や、自社オフィスにいても答は見つからない時代なのだ。「オフィスを飛び出し、広くコラボレーションすることでイノベーションを起こす」。これがテレワーク2.0の本質だ。そして、そこに潜む課題をワークスタイル、MaaS、地域活性の掛け合わせで解決しようというのがパネルディスカッションの趣旨だと語った。
ツールはすでに整っているが、リスクを担保する仕組みまで視野に入れて活用を
テレワークに限らず、新たなテクノロジーを業務に取り入れる際に注意を欠かせないのがセキュリティだ。その観点からは、ラックの原子さんがヒントをくれた。
「通信インフラ、情報通信機器、遠隔会議システムなど、テレワーク1.0を支えるインフラは整っています。離れて働くリスクに関しては、クラウドを使うことである程度確保できます。というのも、クラウドサービスを使えば、クラウド事業者がある程度のリスクを担保してくれるんですよね」(原子さん)
そう切り出したのち、安全なテレワークのための注意点として、「データの持ち運び方、テレワークをする場所や機器、ツールに気をつけて欲しい」と述べた。たとえばネットワーク1つとっても、無線LANスポットの詐称は珍しくない。通信キャリアの名前がついているW-Fiスポットでも安心して接続できる訳ではないのだ。
東京でテレワークが進んでいるのはなぜかという沢渡さんの問いに対し原子さんは、「“痛勤”とも揶揄される通勤地獄と、ラグビーワールドカップや来年に控えるオリンピックへの対策が進んでいるからでしょう」と答えた。
その一方で、都心以外でもテレワークを実施することで効果を挙げている企業もある。その一例が、沢渡さんが紹介したWORK SMILE LABOだ。小規模な事務機器販売企業だが、テレワークを採用し、大きく飛躍した。「東京と違って自由なワークスタイルで働ける会社は地方都市ではまだレアなので、それだけで個性として十分通用する」と沢渡さんは言う。こうした効果について原子さんは「都会と地方都市がつながることができるIT業界ならではの現象」と指摘した。
「IT業界では東京と地方都市のつながりが大きい。AWSの勉強会であるJAWS-UGをはじめ、いろいろな勉強会が全国で行なわれています。東京に出張したついでに勉強会に立ち寄ったり、逆にそこで出会った人が地方の勉強会に来てくれたりします」(原子さん)
「技術を軸に会話をするので、地域の壁を越えてつながり、学びが地域活性につながります。浜松にいながらにして先端技術を学べ、同時に自分の地域のファンを作ることもできます」(沢渡さん)
“いい音”がオフィスにもたらす効果を追及し「働き方音改革」を進めるヤマハ
地元とはいえ、音のプロフェッショナルであるヤマハの平野さんが参加しているのは、どういうことか。その理由は、実はイベント開始前から明らかにされていた。沢渡さんは自身の趣味であるダム巡りをしつつ、この日の午前中もダム際でテレワークをしていた。テレワーク先と会場をビデオ会議で結んだときに使っていたのが、ヤマハのスピーカーフォンYVC-200なのだ。
「ヤマハは楽器から始まり、オーディオ機器など多くの音響製品を開発してきました。その多くはAVアンプなど個人の生活を変える製品です。では、この技術でオフィスを変えるにはどうすればいいのか。その答のひとつが、ビデオ会議で使うスピーカーフォンです」(平野さん)
ヤマハが目指す良い音とは、「表現者の気持ちがそのまま相手に伝わるサウンド」だと平野さんは言う。音楽再生機器であれば、演奏者や歌手が表現したかった音を忠実に再現する。ビデオ会議であれば、隣にいるかのように自然に会話ができるようにする。その点、YVC-200はコンパクトなエントリーモデルでありながら、環境に合わせて自動調整されるエコーキャンセリング機能など、ストレスなく会話できる機能を備えている。実際の愛用者である沢渡さんも絶賛だ。
「私は愛車にYVC-200を積んでいます。ダム際に停めた車内でも、ダム際のベンチでも、YVC-200は自然でクリアな音で会話が出来るのでストレスがありません。マイクに気を遣うということは、相手に届ける声に気を遣うということでもあり、ビデオ会議をする相手のストレスも減らせます。実際、YVC-200に変えてから音がクリアで聞きやすくなったと、取引先の方から言われました」(沢渡さん)
一方で、音質以外の課題もある。沢渡さんのように自動車で移動する人は個室を簡単に手に入れられるが、電車で移動し、カフェでテレワークをするような人がセキュアなビデオ会議環境を得るのは難しい。ビジネス会話ではいい音を聞かせることも重要だが、聞かせないことも同じくらい重要視される。
「防音性の高い場所でなくてもセキュアな会話ができるよう、マイクやスピーカーが届く範囲をコントロールするなど、スピーカーフォンとしてのセキュリティについても考えていかなければいけないと思います」(平野さん)
効率化だけでは経済はシュリンク!? 豊かさや移動総量を増やすことを考えるべき
セキュリティ面以外にも、自動車などのモビリティには多くの可能性が秘められている。自動運転など技術が進化すれば、パーソナルな空間ごと移動しつつ作業ができるようになる可能性もある。そうした可能性を掘り下げて語ったのが、ローランド・ベルガーの貝瀬さんだ。貝瀬さんはテレワークやモビリティの可能性について語る前に、創造生産性について「顧客への提供価値/投入した時間や工数」と解説した。
「私たちは創造生産性を、このような図式で考えています。これを前提にMaaSやテレワークによって効率化を突き詰めていくとどうなるかというと、さまざまなコストが減少するのでGDPが縮小します。そうならないためには、便利さを追求するだけではなく、それにより生まれた余剰原資で豊かさを得なければなりません」(貝瀬さん)
より良い手段を追及するだけではなく、それを使って何を実現するのかという目的を拡大していかなければ、生み出されるものの総量がシュリンクしてしまう。テレワークを導入するかどうか、活動範囲を広げるかどうかという話と並行して、「それにより何を生み出したいのか」を考える必要があると貝瀬さんは言うのだ。目的が明確化すれば、効率化のモチベーションも高まる。こうした議論の中で移動にフォーカスすると、MaaSなどで移動のハードルを下げるだけではなく、移動の総量を増やすことが必要と言い換えることができる。
「いまは自動運転など手段だけが大きく取り上げられていますが、動きやすくなる、動きたくなる、この2つをセットでアプローチすべきです。そのために『みんなでうごこう!』という社内のバーチャルカンパニーを立ち上げ、各地域がすでに持っている特性や文化、資産などと、人や企業が持つソーシャルパワーを結びつけていこうとしています」(貝瀬さん)
テレワークの文脈からは、面と向かってのミーティングを禁止してみたこともあるという。月曜日にアイディアを思いついて、それについてチームで話し合いたいと思って会議を設定すると、全員が揃う時間が金曜日だったりする。動きのいい企業ほど、起こりがちなことではないだろうか。
「アイディアを思いついてから会議までの数日で熱量が下がってしまいます。そうならないように、オンラインで気軽にやりとりできるようにしたり、1ヵ所に揃うことができなくてもビデオ会議で盛り上がったり、そういうことが大切です。ピーンと浮かんだことをポーンと発信するとパーンと返ってくる、みたいなリズム感、スピード感を得られるんですよ」(貝瀬さん)
こうした各人の議論を受け、沢渡さんは健全な組織のバリューサイクルを図として示しつつ、次のように語った。
「対外的な施策としては、ファンを創出してエンゲージメントを高めていくこと。並行して社内では本来価値の創出、育成と学習、業務改善を進めてコアサイクルを回すこと。これら2つのサイクルをうまく回すための時間やつながり、きっかけを作るための手段のひとつが、働き方改革です」(沢渡さん)
地域特性として、静岡には「やらまいか」精神があるので、新しい取り組みに向けて一歩踏み出すハードルは低いはずだと沢渡さんは言う。「やらまいか」とは、当地の方言で「やろうじゃないか」という意味で、新しいことに臆さず挑戦する気質を表している。そういった気質を活かしつつ、情報、ソース、ココロの「3つのオープン」によってコラボレーション、イノベーションを加速させて欲しいと沢渡さんは締めくくった。
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります